その日の放課後、一緒に帰ろうとクラスまで迎えに来てくれた中谷と押上に、今日だけは別行動で、一人で寮へ帰ると告げた。
「でも、宝田くん……」
中谷は心配してくれたし、押上も憮然とした顔を向けてきたが、俺が「自分でちゃんと話をしてわかってもらう」と説明すると、渋々ながら承知してくれる。
「面構えが変わったな」
滅多にない押上からの褒め言葉を貰って、また一つ勇気が持てた。
「がんばってー」
手を振って去っていく中谷と、その隣に寄り添う押上を見送り、俺は悠臣の姿を探す。昨日でいったんバイトはケリがついたと言っていたのに、もう教室に残っていなかった。
(仕方ない)
本当は、今日は帰りが遅くなるかもと、ひとこと言っておきたかったのだが、あいつにも何か用があったらしい。
(帰ったら、もう終わったこととして、先輩の話も出来るかもしれない)
それを小さな励ましにしながら、俺は学校を出た。
少し歩くと、すぐに先輩の姿を見つけた。
今日の駒沢先輩は、歩道に植えられた大きな樹の陰で、幹に背中を預けながら文庫本を読んでいる。
理知的で、大人で、優しくて——そういう姿に憧れていたこともあったと、少し気持ちに余裕が出来たからだろうか、どこか懐かしく思いながら、静かに歩み寄った。
「先輩」
俺が来ていることにはとっくに気づいていただろうに、敢えてこちらを見ないようにしているようだった先輩の、眼鏡の奥の瞳が、嬉しそうに輝く。
「皆実ちゃんから俺に声をかけてくるなんて珍しいね」
「ちょっとお話したいことがあって……」
緊張で心臓が口から飛び出しそうになりながら告げると、先輩が俺の手を掴んだ。
手を引いて歩きながら、先輩が少し弾んだ声で話す。
「じゃあ、ちょっと移動しよう……実はずっと、皆実ちゃんを連れて行きたかった場所があるんだ」
「…………」
バイクで移動するのはあまりよくないかとも一瞬思ったが、これでおそらく最初で最後だし、俺自身は絶対に今日で終わりにするつもりだったので、先輩の誘いに乗ることにした。
「はい」
近くに停めてあったバイクのところまで行くと、先輩はヘルメットを俺に手渡した。
「はい、これ、皆実ちゃん用のヘルメット」
俺が先輩のバイクの後ろに乗る可能性なんて、昨夜までは完璧に0だったのに、ここまで用意しているのかと思うと、やっぱり背筋が冷える。
無言のままヘルメットを受け取り、教えられたようにしてバイクの後ろに跨らせてもらうと、先輩はバイクを走らせ始めた。
郊外へ向かっているように感じた。
(やっぱりすごく速いな)
風を切って走る感覚が好きな俺は、そんな場合じゃないというのに、少し心躍らせてしまう。
自分の足で走るよりも、全力の自転車よりも、段違いの速度を体感できるなんてそうそうあることじゃない。
「皆実ちゃん、きっとバイクに乗せたら喜ぶと思ったんだよね……だから免許取った」
先輩の声が、何に邪魔されることもなくはっきりと聞こえる。
どうやらこのヘルメットには、被ったままで会話できるような機能がついているらしい。
(便利だな)
そんなことを考えている俺に、先輩は巧みにバイクを操縦しながら、話しかけてくる。
「陸上部、わりとすぐに辞めちゃったけど、走るのは好きなんだろうなと思ってたから、この間の体育祭で、また走っているところが見られて嬉しかった」
「…………」
ずいぶん一方的で、重すぎるのは事実だが、駒沢先輩が昔から俺のことをよく見ていて、かなりの理解者であることは確かだ。
陸上についても、そう。
俺は本当に走ることが好きだし、中学の部活も、出来ることなら続けたかった。
そうできない環境を作った原因も、駒沢先輩ではあるのだけれど——。
「高校では陸上部?」
「いえ、部に入ってはいないです」
「そうか」
自然と会話が出来ている今の状態ならば、先輩に俺の気持ちを正直に話すという今日の目的も、果たせそうな気がしていた。
「でも、宝田くん……」
中谷は心配してくれたし、押上も憮然とした顔を向けてきたが、俺が「自分でちゃんと話をしてわかってもらう」と説明すると、渋々ながら承知してくれる。
「面構えが変わったな」
滅多にない押上からの褒め言葉を貰って、また一つ勇気が持てた。
「がんばってー」
手を振って去っていく中谷と、その隣に寄り添う押上を見送り、俺は悠臣の姿を探す。昨日でいったんバイトはケリがついたと言っていたのに、もう教室に残っていなかった。
(仕方ない)
本当は、今日は帰りが遅くなるかもと、ひとこと言っておきたかったのだが、あいつにも何か用があったらしい。
(帰ったら、もう終わったこととして、先輩の話も出来るかもしれない)
それを小さな励ましにしながら、俺は学校を出た。
少し歩くと、すぐに先輩の姿を見つけた。
今日の駒沢先輩は、歩道に植えられた大きな樹の陰で、幹に背中を預けながら文庫本を読んでいる。
理知的で、大人で、優しくて——そういう姿に憧れていたこともあったと、少し気持ちに余裕が出来たからだろうか、どこか懐かしく思いながら、静かに歩み寄った。
「先輩」
俺が来ていることにはとっくに気づいていただろうに、敢えてこちらを見ないようにしているようだった先輩の、眼鏡の奥の瞳が、嬉しそうに輝く。
「皆実ちゃんから俺に声をかけてくるなんて珍しいね」
「ちょっとお話したいことがあって……」
緊張で心臓が口から飛び出しそうになりながら告げると、先輩が俺の手を掴んだ。
手を引いて歩きながら、先輩が少し弾んだ声で話す。
「じゃあ、ちょっと移動しよう……実はずっと、皆実ちゃんを連れて行きたかった場所があるんだ」
「…………」
バイクで移動するのはあまりよくないかとも一瞬思ったが、これでおそらく最初で最後だし、俺自身は絶対に今日で終わりにするつもりだったので、先輩の誘いに乗ることにした。
「はい」
近くに停めてあったバイクのところまで行くと、先輩はヘルメットを俺に手渡した。
「はい、これ、皆実ちゃん用のヘルメット」
俺が先輩のバイクの後ろに乗る可能性なんて、昨夜までは完璧に0だったのに、ここまで用意しているのかと思うと、やっぱり背筋が冷える。
無言のままヘルメットを受け取り、教えられたようにしてバイクの後ろに跨らせてもらうと、先輩はバイクを走らせ始めた。
郊外へ向かっているように感じた。
(やっぱりすごく速いな)
風を切って走る感覚が好きな俺は、そんな場合じゃないというのに、少し心躍らせてしまう。
自分の足で走るよりも、全力の自転車よりも、段違いの速度を体感できるなんてそうそうあることじゃない。
「皆実ちゃん、きっとバイクに乗せたら喜ぶと思ったんだよね……だから免許取った」
先輩の声が、何に邪魔されることもなくはっきりと聞こえる。
どうやらこのヘルメットには、被ったままで会話できるような機能がついているらしい。
(便利だな)
そんなことを考えている俺に、先輩は巧みにバイクを操縦しながら、話しかけてくる。
「陸上部、わりとすぐに辞めちゃったけど、走るのは好きなんだろうなと思ってたから、この間の体育祭で、また走っているところが見られて嬉しかった」
「…………」
ずいぶん一方的で、重すぎるのは事実だが、駒沢先輩が昔から俺のことをよく見ていて、かなりの理解者であることは確かだ。
陸上についても、そう。
俺は本当に走ることが好きだし、中学の部活も、出来ることなら続けたかった。
そうできない環境を作った原因も、駒沢先輩ではあるのだけれど——。
「高校では陸上部?」
「いえ、部に入ってはいないです」
「そうか」
自然と会話が出来ている今の状態ならば、先輩に俺の気持ちを正直に話すという今日の目的も、果たせそうな気がしていた。



