「濱屋寮長と奏先輩って、一年前に奏先輩が入学した時、同室だったんだって……」
「へえ」
「何も問題なければ、寮の部屋割りは卒業まで変わらないのに、何があったんだろうね」
「さあ」
「奏先輩に訊いても、笑ってごまかされたんだよな」
「そうか」
食堂でのミーティングが終わり、自室へ帰ってから、悠臣は何事もなかったかのようにぽつぽつと俺に話しかける。
俺はその全てに生返事をしながら、自分のテリトリーを掃除する悠臣をぼんやりと見ていた。
「そこ、掃除機かけるから足上げて」
「おお」
ベッドの上で膝を抱える格好になった俺を、悠臣は笑う。
「暇なら、ヒヤシンスの球根の向き変えてよ」
「……わかった」
俺はベッドを降りて、掃き出し窓の横にある出窓へ向かう。
そこには、プリンの空容器で水栽培している、花の球根が並んでいる。
もうかなり芽が伸びていて、光が均等に当たるように、時々こうして窓に接する面を変える。
そうするとより丈夫に育つのだと——悠臣がどこからか仕入れて来た情報だ。
「もうずいぶん大きくなったよね」
「そうだな」
掃除がひと段落したらしい悠臣が、俺の隣に立って、空カップの向きを変えるのを手伝う。
出窓二つぶんびっしりと並んでいるので、数はかなり多い。
「部屋のこと……勝手に決めてゴメン」
「————!」
急に謝られて、危うくその時手にしていたカップを落としそうになった。
慌てて窓辺に並べ直してから、俺は悠臣には顔を向けないで答える。
「別に……お前が謝ることじゃないだろ」
「うん」
心臓が口から飛び出してしまいそうに、ドキドキしていた。
「濱屋先輩が、返事はすぐじゃなくっていいって言ったのに、俺、焦っちゃって、みんな引いてたかな……」
「驚いてはいたな」
「だよね」
「ああ」
当然だ。いつもみんなの平和が最優先みたいな悠臣が、自分の希望をきっぱりと言い切ったのだから。
「でも、これだけは譲れないと思って……」
言葉を重ねられるたびに、俺が抱いているのほどではないにしても、悠臣も俺を特別に思っているんだという気持ちが大きくなり、地面に足が付かないような感覚になる。
ふわふわとした気持ちで、「俺もお前と同じ部屋がいいと思っている」と口にしてしまいそうになった時、慎重に空カップを動かす悠臣の横顔を見て、ふとある可能性が脳裏に閃いた。
(あ……)
このカップは悠臣が、バイト相手の人からお礼として貰ったプリンが入っていたものだ。
女の人の付き添い兼護衛のボランティアを、悠臣がバイトと呼んでいるのを知っているのは俺だけ。
(…………)
頭から冷水を浴びせられたような気がした。
(そうか……そうなのかもしれない……)
バイトで点呼ギリギリに寮へ帰ってくることも多々あるから、事情を既に打ち明けている俺との同室は、悠臣にとって譲れないものなのかもしれない。
——ただ、それだけなのかもしれない。
「…………」
単純に、悠臣のことが好きで、ずっと同じ部屋がいいと思っている俺とは、かなり気持ちに差があるように感じて、唇を噛みしめた。
「宝田もそうだろ」
悠臣がふっと笑って、俺の眼鏡を取る。
「おいっ!」
慌てて取り返そうとするも、俺の手の届かない高さに掲げられてしまい、それを見上げた視線の先で、長い前髪越しに、自分を見下ろす悠臣と目が合う。
極力他人に顔を見られたくない俺は、それを知っている悠臣と同室なのが、都合がいいのは確かだ。
そう確認されているとわかる。
「そうだな」
悠臣に見えはしないだろうが、眦に力を込めてキッと睨み返すと、悠臣が俺の手に眼鏡を返してくれた。
「これからもよろしく」
「ああ」
互いに利害関係が一致していると確認し、これからもこの関係性を続けて行こうと確かめ合う。
それは確かに、平穏な高校生活を望んでいた俺にとって、この上ない好条件だったし、最も喜ぶべきことだったはずなのに、気持ちは落ち込むばかりだった。
やたらと胸が苦しくて、悠臣と一緒にいるのに、今すぐこの部屋から逃げ出してしまいたいと思うほど、辛かった。
「へえ」
「何も問題なければ、寮の部屋割りは卒業まで変わらないのに、何があったんだろうね」
「さあ」
「奏先輩に訊いても、笑ってごまかされたんだよな」
「そうか」
食堂でのミーティングが終わり、自室へ帰ってから、悠臣は何事もなかったかのようにぽつぽつと俺に話しかける。
俺はその全てに生返事をしながら、自分のテリトリーを掃除する悠臣をぼんやりと見ていた。
「そこ、掃除機かけるから足上げて」
「おお」
ベッドの上で膝を抱える格好になった俺を、悠臣は笑う。
「暇なら、ヒヤシンスの球根の向き変えてよ」
「……わかった」
俺はベッドを降りて、掃き出し窓の横にある出窓へ向かう。
そこには、プリンの空容器で水栽培している、花の球根が並んでいる。
もうかなり芽が伸びていて、光が均等に当たるように、時々こうして窓に接する面を変える。
そうするとより丈夫に育つのだと——悠臣がどこからか仕入れて来た情報だ。
「もうずいぶん大きくなったよね」
「そうだな」
掃除がひと段落したらしい悠臣が、俺の隣に立って、空カップの向きを変えるのを手伝う。
出窓二つぶんびっしりと並んでいるので、数はかなり多い。
「部屋のこと……勝手に決めてゴメン」
「————!」
急に謝られて、危うくその時手にしていたカップを落としそうになった。
慌てて窓辺に並べ直してから、俺は悠臣には顔を向けないで答える。
「別に……お前が謝ることじゃないだろ」
「うん」
心臓が口から飛び出してしまいそうに、ドキドキしていた。
「濱屋先輩が、返事はすぐじゃなくっていいって言ったのに、俺、焦っちゃって、みんな引いてたかな……」
「驚いてはいたな」
「だよね」
「ああ」
当然だ。いつもみんなの平和が最優先みたいな悠臣が、自分の希望をきっぱりと言い切ったのだから。
「でも、これだけは譲れないと思って……」
言葉を重ねられるたびに、俺が抱いているのほどではないにしても、悠臣も俺を特別に思っているんだという気持ちが大きくなり、地面に足が付かないような感覚になる。
ふわふわとした気持ちで、「俺もお前と同じ部屋がいいと思っている」と口にしてしまいそうになった時、慎重に空カップを動かす悠臣の横顔を見て、ふとある可能性が脳裏に閃いた。
(あ……)
このカップは悠臣が、バイト相手の人からお礼として貰ったプリンが入っていたものだ。
女の人の付き添い兼護衛のボランティアを、悠臣がバイトと呼んでいるのを知っているのは俺だけ。
(…………)
頭から冷水を浴びせられたような気がした。
(そうか……そうなのかもしれない……)
バイトで点呼ギリギリに寮へ帰ってくることも多々あるから、事情を既に打ち明けている俺との同室は、悠臣にとって譲れないものなのかもしれない。
——ただ、それだけなのかもしれない。
「…………」
単純に、悠臣のことが好きで、ずっと同じ部屋がいいと思っている俺とは、かなり気持ちに差があるように感じて、唇を噛みしめた。
「宝田もそうだろ」
悠臣がふっと笑って、俺の眼鏡を取る。
「おいっ!」
慌てて取り返そうとするも、俺の手の届かない高さに掲げられてしまい、それを見上げた視線の先で、長い前髪越しに、自分を見下ろす悠臣と目が合う。
極力他人に顔を見られたくない俺は、それを知っている悠臣と同室なのが、都合がいいのは確かだ。
そう確認されているとわかる。
「そうだな」
悠臣に見えはしないだろうが、眦に力を込めてキッと睨み返すと、悠臣が俺の手に眼鏡を返してくれた。
「これからもよろしく」
「ああ」
互いに利害関係が一致していると確認し、これからもこの関係性を続けて行こうと確かめ合う。
それは確かに、平穏な高校生活を望んでいた俺にとって、この上ない好条件だったし、最も喜ぶべきことだったはずなのに、気持ちは落ち込むばかりだった。
やたらと胸が苦しくて、悠臣と一緒にいるのに、今すぐこの部屋から逃げ出してしまいたいと思うほど、辛かった。



