好きって言ったらキスしてくれる?

 服や日用品をロッカーと引き出しにしまい、学用品を机に並べ、今夜からすぐに寝られるようにベッドを整えて——大方の片付けが終わったころ、ちょうど入寮オリエンテーションの時間になった。
 今年『楓寮』に入寮することになった新入生30名ほどを、一階にある食堂に集めて、オリエンテーションは行われる。

 全寮制の『宝翔学園』には、『楓寮』を含めて三つの寮があるが、学校行事はほぼ、クラス対抗ではなく寮対抗で行われる。
 そういう意味で明日の入学式やクラス分けより、この寮での顔合わせの方が、いっそ重要だった。

(あたり前だけど、知ってるやつは全くいないな……)

 食堂に集まった面子(めんつ)を見渡して、俺はそれを再確認する。
 中学までの人間関係と立ち位置をリセットし、高校では新しい自分に生まれ変わるために、誰も行かないような遠くの学校まであえて来たのだから、それは当然なのだが、ほっとすると同時に、少し寂しい気もする。

(ここで三年間……俺、うまくやれるかな?)

 隣に寄り添うように悠臣がいてくれるのが、頼もしかった。

「よう」
「おう」

 食堂に入ってくる奴に次々と手を挙(あ)げて挨拶しているところを見ると、悠臣はどうやら既に寮のみんなと顔を会わせていたのか、もともと知り合いなのからしい。
「同部屋の宝田」と、俺のことも軽く紹介してくれるので、初対面の奴と会釈(えしゃく)しあって、どんどん『知らない奴』から『同じ寮の仲間』へ進化していくのがありがたい。

(交友関係ハンパないな……)

 頭一つ分以上上にある、綺麗な横顔をチラッと盗み見た。
 悠臣は反対隣の奴と何か冗談を言いあって、大きな口を開けて笑っている。

(どんな表情でも絵になるんだから、イケメンってすげえ)

 そんなことを考えながらぽかんと見ているうちに、視線に気がついた。
 部屋の反対側から、俺と同じように悠臣を見ている誰かがいる気配がする。

(あっちにいるのは……上級生?)

 このオリエンテーションを開催してくれた、寮の役員をしている上級生たちが、並んでいるはずの場所だ。
 そう思って目を向けた先、俺を寮の玄関で出迎えてくれた寮長の隣に、特徴的なピンクがかった髪色をした小柄な人がいた。

(ああっ!)

 思わず大きな声を上げそうになったのを、必死に呑み込んだのは、それが悠臣と前庭でキスしていた相手だとすぐにわかったから。
 ふわふわのピンクっぽい髪が可愛いうしろ姿だなと見たんだから、間違いない。

 その人がじっとこちらを見ていると気がついて、俺は反射的に悠臣から距離を取ろうとした。
 折しも、少し離れた場所にいるらしい知り合いに、俺を「同室」だと紹介しようとして、悠臣は俺の肩を掴んでいる。

(これって、見ようによったら肩を抱いてるようにも見えるんじゃ?)

 俺は焦って、悠臣の手を払い除けようとする。
 それなのに、それほど強く掴まれている感覚はないにも関わらず、全く離せない。

「おい……おい……」

 小声で呼びかけても、まだ会が始まらないのをいいことに、みんな雑談に夢中になっているので、騒がしくて気づいてもらえない。
 その間にも、部屋の向こうにいた小柄な先輩が、こちらへ歩み寄ってくる気配がして、俺は気が気じゃない。

「おい! 悠臣!」

 腕を掴んで大声で呼びかけると、ようやく悠臣がこちらへ顔を向けた。

「なに?」

 その時にはもう遅かった。
 俺と同じくらいの身長のピンク髪の先輩は、俺たちのすぐ目の前に立っている。

(ひえええっ)

 思わず目を瞑った時、可愛らしい顔にピッタリな、可愛い声が響いた。

「キタ、見て見て……試し刷り、もう出来たんだよ」
「早いですね、さすが奏(かなで)先輩」

(………………)

 どうやら今すぐ修羅場にはなりそうにない雰囲気を感じて、俺は恐る恐る目を開けた。