好きって言ったらキスしてくれる?

 体育祭から数日。
 俺は楓寮の食堂で、テーブルに突っ伏している。
 隣に座るのは中谷。その隣には当然のように押上。向かいに座る前田が、呆れたように言う。

「宝田、体育祭終わってから気が抜け過ぎだって……ずっと伸びてるじゃん」
「うるせ」

 実際にそうなのだが、俺は体育祭で燃え尽きたわけでも、疲れをひきずっているわけでもない。
 やむにやまれぬ事情で、精神的に疲れている。

 体育祭の結果は、楓寮は総合二位だった。
 応援合戦は首位。その他競技も柊寮とは大きく点差を付け、健闘したものの、やはり運動部揃いの椛寮には及ばず。
 それが悔しくないと言ったら噓になるが、出場種目にも、応援にも、俺自身は持てる力を全部出しきったので、満足はしている。
 ただ——。

 体育祭から妙に気まずくて、今日もなんとなく離れた席を選んでしまった悠臣の姿を遠くに見る。
 悠臣の方は特に変わった様子もなく、他の奴らと楽しそうに談笑している。
 それは、部屋で二人きりになった時もそう。悠臣はこれまでどおりなのに、俺だけ変に意識して、普通に出来なくて、必要最小限の会話しかしていない。

(あーあ)

 自分の気持ちなんて——俺は悠臣が好きだなんて、気がつかなければよかったと、ずっと後悔している。

「早く頭切り替えろよ」
「わーかってるよ」

 頭を叩こうとする前田の手をバシッと払い除けた時、食堂に濱屋先輩の声が響いた。

「それじゃ、これからミーティングを行う」

 隣に座る中谷が、ビクッと肩を震わせた。

「まず、先日の体育祭についてだが……」

 寮長の濱屋先輩が、みんなに労いの言葉をかけるのを聞きながら、俺は中谷と押上の様子を気にする。
 今日の集まりのメインは、二人の部屋替えについてだ。体育祭が終わってからと、引き延ばしにされていた日が、ついに来てしまった。
 二人とも覚悟は決まっているらしく、神妙な顔をしているが、自分のこととして当てはめてみると、俺は嫌な気持ちしかしない。

(悠臣と部屋別になるの……嫌だな)

 そんなことをぼんやりと実感していたので、俺は話がどういうふうに進んでいたのか、ほぼ聞いていなかった。

「僕、同じ部屋になるなら……宝田くんがいいです」

 消え入りそうなほど小さな声で、中谷が俺の名を呼ぶ声を聞いて、はっと我に返る。

「どうかな?」

 懇願するように中谷に見つめられて、食堂に集まった全員の視線が自分に集まっていることに気がついた。

「————!」

(そうだ! 中谷と押上の部屋替えの話だ!)

 友だちにとってとても大切なミーティングの最中だというのに、ぼーっと違うことを考えていた自分を猛省する。
 それから慌てて、中谷の発言の内容を吟味した。

(えーっと、同じ部屋なら俺がいいって……え?)

 それはつまり、俺と悠臣も部屋替えということだ。
 頭の中でぼんやりと、それは嫌だなと考えていたことが、突然自分の問題として目の前に突きつけられて、俺はどうしようもなく動揺した。

「え? え?」
「突然、ごめん」

 中谷はすまなそうに頭を下げるし、濱屋先輩も困ったように眉毛を下げている。

「宝田、答えは今すぐ出さなくてもいいから……よく考えてからで」
「…………はい」

 とりあえず頭は下げたものの、俺はすぐに考えを廻らせずにはいられなかった。

(中谷が押上と別の部屋になって、他の誰かと暮らすとなったら、そりゃ俺がいいよな……)

 中谷と仲良くしている自覚はある。話も合う。気の弱い中谷が、他の奴には気後れすることも知っているので、どう考えても俺と同室がベストだ。

(でも……)

 それが最善だとわかっていても、今すぐ決断できないのは、自分自身の気持ちは、それが嫌だと思っているからだ。

(悠臣と別の部屋になる……)

 遠くに座る姿を、チラリと見てみた。真剣な顔で濱屋先輩の話を聞いている。

(こういう時、悠臣だったら、すぐに笑ってOKするんだろうな……)

 場の雰囲気を壊すことなく、問題がうまくまとまるように、いつだって自分から役目を引き受けてしまう悠臣のことだ。きっと二つ返事で了解するはず。
 その悠臣の同室として、恥じないよう、俺もそれに倣わなければと思った。
 気持ちを伝えるつもりなどないけれど、そうでなければ、悠臣を好きでいる資格もない。

(俺……)

 手を挙げて発言しようかとしかけた時、悠臣と目が合った。

(————!)

 茶色い目と、久しぶりに正面から見つめ合って、俺が怯んだ隙に、悠臣がさっと席を立つ。

「すみません、俺、宝田と同室じゃなくなるのは嫌です」
「——————!」

 普段の悠臣らしくない発言に、食堂が一瞬シーンと静まり返ったが、濱屋先輩がすぐに取り成すように答える。

「そうか。無理にというわけじゃないから……」
「中谷、ゴメン」

 悠臣に頭を下げられて、中谷がおろおろと首を横に振る。

「う、ううん! 僕こそごめんなさい!」

 いつまでも頭を上げない悠臣と、それにうろたえる中谷を見かねたように、濱屋先輩の隣にいた奏先輩が口を開いた。

「入学して二カ月が経って、みんな同室との生活にも慣れてきたところだろうしね……とりあえず、これまで二人で使っていた部屋を押上が一人で使って、中谷は空き部屋に移るってことでどうかな? 来年新入生が入ってきたら、その中から同室相手を決めて……」
「そうだな、学年を越えての部屋割りも無しじゃないし……」
「先輩と僕も最初はそうだったじゃない」

 濱屋先輩と奏先輩が何かを話しているが、俺はまったく頭に入ってこない。

(悠臣?)

 らしくもなく、悠臣が我を通したことに——それも俺との同室は譲りたくないと主張したことに——どうしようもなく動揺している。

 苦しくなるほどに心臓の音を大きくしながら、じっと見つめ続ける俺の視線に応えるように、悠臣が頭を上げた。まっすぐに俺を見て、困ったように笑った。

「…………っ」

 俺は鼻の奥がツンと痛くなって、気を張っていないと、堪えきれずにこみ上げてきた涙が零れてしまいそうだった。