好きって言ったらキスしてくれる?

 一組九人で順位を争う借り物競争は、三学年入り混じっての競技で、各クラス一名の代表が、同じ題目の物を体育祭の会場から捜し出して、手にしてゴールする順位を競う種目だ。
 単なる足の早さよりも面白さを求められていて、おかげで課題が変な題目しかない。

「大根ってなんだ!? 調理してあるヤツでいいのか?」
「85点の答案用紙なんて、体育祭に持って来てる奴がいるかよ!!」

 最初から阿鼻叫喚の題目が続いていたが、自分の番になり、発表された課題を聞いて、思わず大きな声が出た。

『王子様』

「はあああああああっ!!???」

 俺の怒りの叫びで、笑いが起こっているので、競技としては成功なのかもしれない。
 しかしとんでもない題目を出された方としては、いったいどうやってゴールをしたらいいのだか、頭の痛い問題だ。

「王子様……」

 可愛らしく首を傾げていた中谷が、はっと瞳を輝かせて、楓寮の応援席へ走っていく。

「押上くんっ!」

 呼ばれた押上は、「バカ! 何言ってるんだ!」と顔を真っ赤にして怒っているが、周りの連中に押し出されて、しぶしぶ中谷の前に立つ。
 二人は手を握り合って、押したり引いたり、しばらく問答をしていたが、押上が中谷に負けたらしく、手を繋いだままゴールへ向かい始めた。

(なるほど……中谷にとっては押上が王子様ってことか……)

 堂々とお互いを好きな宣言をした二人の姿を、思い出す。
 妙に胸がざわついた。

 その違和感を無視しながら、他へ目を向けてみれば、西洋史のダンディな五十嵐先生の手を引いて、走っている三年生もいる。

(あれはたぶん……『王子様』じゃなくて『オジサマ』やんけ! っていうつっこみ待ちだな……)

 面白さでの加点を狙った作戦だろう。ゴールも出来ないよりはよっぽどいい。

(どうする?)

 もはや大喜利を考える勢いで、頭を捻る俺の耳に、ざわっとざわめきが聞こえた。
 顔を上げてみれば、ちょうど、次に行われる仮装リレーの出場者たちが入場門のところに集まり始めたところで、そこへ向かって借り物競争の競技者たちが、一斉に走り始めた。

「キタ! ちょっと俺と来い!」
「いや、俺だ、俺!」

 見れば、見事なまでに王子様の扮装をした悠臣が、お姫様の格好をした奏先輩の隣に立っている。

(あーそういえば、演劇部の手伝いで仮装リレー出るって言ってた……)

 呑気にそんなことを考えている間にも、『王子様』を求めていた競技者たちが、次々と悠臣へ向かう。

「え? 何? なんで?」

 どうやら悠臣は、借り物競争の今の題目が『王子様』だというのを聞いていなかったらしい。
 逃げ腰の悠臣へ向かって、気がつけば俺もいつの間にか走り出していた。
 それも、午前中に走った100M走に負けるとも劣らない速度で。

「悠臣っ!」

 他の出場者たちにぎゃあぎゃあと題目について説明されていた悠臣が、俺の呼び声に振り向く。
 茶色の瞳が俺の姿を捉えて、悠臣がふわっと嬉しそうに笑った。

 瞬間——ぶわっと背中を息苦しいほどの感情が駆けあがった。
 喉の奥が詰まって、息が止まりそうに苦しい。
 爆音で鳴り響く心臓が、今にも口から飛び出しそうに感じる。

 俺がさし伸べていた手を、悠臣が掴んだ。

「これは……俺が宝田の王子様ってことでOK?」
「え? え?」
 突然そんなことを問われても、悠臣に笑いかけられただけでパニック状態のような俺に、何か答えられるわけがない。

「……いいってことで」

 俺の返事を待たず、悠臣は自分で答えると、俺の手を手繰り寄せるように自分の方へ引き寄せて、軽々と俺を腕に抱え上げた。

「え? は? おいっ!」

 これは完全に『お姫様抱っこ』だ。

 大盛り上がりの応援席と、悠臣に手を振り払われて悲嘆にくれる競争相手たちを無視で、悠臣は俺を胸に掻き抱く。

「ちゃんと俺につかまってて。どうせなら負けたくないだろ?」
「————!」

 言われるままに俺が首に抱きつくより早く、悠臣はゴールに向かって走り出していた。午前中に走った800Mに負けるとも劣らない速度で——。
 振り落とされず、舌も噛まないためには、俺は全力疾走の悠臣に、ただ黙ったまましがみつくしかなかった。