好きって言ったらキスしてくれる?

 スタート地点に並ぶと、やっぱり緊張がぶりかえしてきた。
 俺以外の走者は、みんな運動部所属で背も高く、属性的にも体格的にも、場違い感が否めない。心なし、応援団の声援も小さい気がする。

「頑張れー宝田―」

 そんな中、100M先のゴールから聞こえる悠臣の大声は、恥ずかしいながらも嬉しい。

 専属チアガール状態のため、一緒に走る奴らに「いいなー」と冷やかされながら、スタートラインに並ぶ。
 不思議ともう、緊張や気後れはなかった。とにかく全力で、前方に見えるゴールを目指そうと思った。

 スタートの合図が鳴る。みんな一斉に飛び出す。風を切って走る感覚が気持ちいい。

 走ることは好きだ。前へ進みたいという気持ちのままに、足だけでなく手も身体も全身を動かせば、ただそれだけで目指す場所へ行ける。
 もちろん簡単なことではなく、全力疾走の後にはそれ相応のとてつもない疲労感が待っているのだが——。

 そんなことを考えながら、久しぶりに走ることをがむしゃらに楽しんでいたので、俺は、スタートと同時に起きたどよめきがどんどん大きくなっていったのも、いつの間にか割れんばかりの大歓声がグラウンドに響いていたのも、意識の遠くにうっすらとしか感じていなかった。

 誰よりも早くゴールテープを切って、駆け寄ってきた悠臣に羽交い絞めにされるように抱き着かれるまで、本当に意識がどこか遠くへ飛んでいた。

「すごい! すごい! 宝田すごい!」

 俺の頭を胸に抱きしめるようにして連呼する悠臣が、はっと気がついたように、俺に眼鏡をかけさせる。

「あ! これ!」
「お、う……ありがと……」

 まだ整わない息を吐きながら、大きく肩を上下させている俺の身長に合わせて、悠臣が少し屈んだ気がした。

(こいつ……距離が近いから投げキスじゃなくて、ほっぺにチューの真似するつもりだな……)

 どんどん自分に近付いてくる悠臣の顔の角度から、そんなことが頭をよぎった。
 悠臣の性格と今日のノリから、そんなことを冷静に予想できる自分を、少し自慢にすら思った。だけど——。

「…………え?」

 頬に感じた柔らかな感触に、俺は思わず目を見開く。

「…………え?」

 すぐ近くに見える悠臣の顔は、もっと驚いた顔をしていた。

「あ、ついちゃった」

(はああああああああ??!? 「ついちゃった」じゃないだろう!!!)

 ぼんっと音がしそうに一気に頭に血液が集まって、くらくらする。
 わああっと響く大歓声に、指笛の音まで混ざり、今すぐこの場から消えて無くなりたい。

 ごおごおと鳴り響く、濁流のような自分の血液と心臓の音がうるさすぎて、悠臣が何か小声で謝っているようだが、言葉として認識できない。



「…………皆実(みなみ)ちゃん?」



 ちょうど俺が背中を向けている入退場門あたりで、小さく呟かれた声など、聞こえるはずもなかった。