好きって言ったらキスしてくれる?

 その夜、寮の部屋へ帰り、中谷から受け取ったチアガールの衣装を、とりあえず着てみるかとゴソゴソしていると、悠臣が話しかけてきた。

「ほんとうに……よかったのか?」
「何が?」

 スカートを手にしながらふり返ると、ベッドに腰かけた悠臣に、めずらしくきまり悪そうに視線を逸らされる。

「チアガール……ほんとはやりたくなかっただろ?」
「ああ……」

 俺が散々悩んでいたことは、悠臣にはしっかりバレていたらしい。

「そんなの、自分から望んでやる奴はお前だけだよ」
「あはは」

 俺の憎まれ口に笑っているが、少し元気がないふうなことはわかる。
 気の回る奴だから、自分が俺を巻きこんだ、それが申し訳ないとでも思っているのかもしれない。

(クラス委員決めの時は、むしろ自分から積極的に俺を巻きこんだくせに……)

悠臣が何に引っ掛かっているのか、よくわからない。
だから聞き返してみることにした。

「なんで、やりたくないだろうって思った?」
「え?」

 普通の奴はそうだろうと、当たり障りのない返事をすることなんて、いつもの悠臣だったら簡単だろうに、どうも様子がおかしい。

「あ……」

 組んだ両手に視線を落として、指を何度も組み替えている。
 それが悠臣の、自分が考えていることをどう言葉にしようか、頭の中で整理している時の癖だと、俺は知っている。
 じっと待っていると、考えがまとまったのか、悠臣が顔を上げた。

「宝田のその眼鏡、実は度が入ってない、伊達メガネだろ?」
「…………は?」

 突然、思いがけないことを言い出されて、最高に間抜けな声が出たし、そういう顔になった。
 それを見て、少し気持ちがほぐれたらしい悠臣が、表情を柔らかくしながら続ける。

「肌身離さず掛けてるけど、さすがにどんなド近眼だって、普通、風呂に入る時は外すだろう。曇って見えなくなるだけなんだから」
「あ!」

 眼鏡初心者なばかりに、見えにくくてしょうがないと思いながらも、風呂でも頑なに眼鏡をかけ続けていた己の行動を顧みる。

「だから視力の矯正が目的じゃなくて、それで隠したいものがあるんだろう、だったら顔か? って、最初から思ってて……」
「…………」

 さすが悠臣、大正解だ。しかも、「最初から」と来た。
 何か弁解する余地もなく、黙り込む俺に、悠臣が少し悪戯めいた目を向ける。

「俺、宝田の顔見てるから、初めて会った時に」
「————!」

 入寮日に、奏先輩のうしろ姿越しに悠臣と目が合った瞬間のことは、俺にも忘れられない記憶だ。

「あの顔を隠したいんなら、今回みたいなやつは、絶対に嫌なんじゃないかと思ってたんだけど……違う?」

 何から何まで悠臣の言うとおりで、俺は頷くしかなかった。

「……違わない」
「だよな……」

 はあっとため息を吐いた悠臣が、頭を下げた。

「悪い、巻き添えにして」

 やっぱりそう思っていたのだと、どこか安堵した。
 俺は腕組みをして、ふんぞり返った偉そうな格好になる。

「お前のせいじゃないだろ。中谷と押上と、応援団の助けになるならって、俺が自分で立候補したんだから」
「……うん」

 それでもまだしおらしく、俯いている悠臣に、俺は近づく。

「なんだ? まだなんかあるのか?」

 悠臣は顔を上げて、困ったように俺の顔を見ていたが、ようやく口を開いた。

「押上じゃないけど、俺も他の奴には見られたくないのかも……自分だけが知ってる宝田の顔」
「は?」

 ぼっと火が点いたように、頬が熱くなったのが自分でわかった。
 慌てて悠臣から顔を背ける。

「たぶん、言われたくないんだろうけど……宝田のチアガール、絶対可愛いに決まってるから」
「かっ……!」

 悠臣の言うとおり、俺はその言葉が心底嫌いなはずなのに、悠臣の口から出た途端、怒りとか嫌悪とは違う感情で、頭の中がぐちゃぐちゃになった。
 恥ずかしい、嬉しい、照れくさい、気まずい……やっぱり嬉しい?
 感情の渦に呑み込まれて、自分でもわけがわからなくなり、気がつけば手元にあったクッションを悠臣に投げつけていた。

「可愛いのは、お前だろ!」
「……え?」

 俺の投げたクッションを余裕でキャッチしながら、悠臣は目をパチパチさせている。
 焦りと動揺で頭が真っ白になってしまっている俺は、口に出すつもりのなかったことまで、べらべらとまくしたてる。

「チアガールの衣装! めっちゃ似合ってて可愛かったじゃん!」

 内容とは裏腹に、怒りをぶつけるような勢いの俺の言葉の内容を理解して、悠臣の表情がへらっと崩れた笑顔になる。

(くっ……)

 その顔を見て感じたことを、そのまま言葉にした。

「絶対お前の方が可愛いって!」

 糾弾するように断言すると、悠臣の目にキラッと光が灯った。

「あ、それは異議あり。宝田の方が絶対可愛いから」
「はああ?」

 そこでわざわざ言い返す必要があるかと、俺は苛立ち混じりに反論する。

「お前の方が可愛いだろ!」

 ほぼ照れ隠しだという自覚があるし、お互いバカなこと言ってるなーと冷静に思う部分も、頭のどこかにはある。
 だけど——。

「お前の方が可愛いよ」

 どうしてもそれだけは負けたくないらしく、俺がいくら言っても同じ言葉を返してくる悠臣が、楽しそうな、嬉しそうな、恥ずかしさを必死に隠してるような顔をしているので、止め時がわからない。

(たぶん……俺も同じような顔してる)

 それが嬉しくて、このままじゃ収拾がつかないと諦め気味に、話を逸らした。

「じゃあ……俺とお前で、他の応援団、蹴散らしてやろうぜ!」
「おうっ!」

 バチンとハイタッチして、この不毛な言い争いを終わりにすることに成功した。
 悠臣に背を向けてもまだ頬は熱かったが、仕方なしに立候補したチアガールと、体育祭が、少し楽しみになった気がした。