好きって言ったらキスしてくれる?

(はああああああ???)

 口から飛び出そうになった叫びを、俺は必死に呑(の)み込(こ)む。
 正直これは予想外だった。
 寮長は、俺と同室の人物を、同じ一年生だと言っていた。
 だから全く考えてもいなかった。

(いやいやいや……一年ってことは、今日が入寮日だろ? 今日来て、もう前庭でラブシーンって……どういうこと?)

 百歩譲って、中学の頃からの恋人同士だったとしても、どうかしている。

(意味わからん。絶対友だちになんてなれん)

 懐疑(かいぎ)的な思いが、俺はすっかり顔に出てしまっていたのだろう。
 イケメンは形の良い眉を少しひそめて、困ったように笑った。

「うーん……第一印象最悪って感じかな……」

(そう! そのとおり!)

 心の中だけに留めたはずの合いの手も、どうやら表情に出たらしく、イケメンは膝に手をついて、少し身を屈めた恰好(かっこう)になる。
 首を傾げて、いかにも申し訳なさそうな顔で、床に座り込んで荷物整理をしている俺を見下ろす。

「変なとこ見せてゴメン……これから一年、よろしく頼むよ……俺は、北里(きたさと)悠臣(ゆうしん)」

 さし出された右手を、俺はじっと見つめた。

(根は悪い奴じゃなさそう……なのか? どちらにせよ、一年間はこいつと同じ部屋なんだし、仲良くしといたほうがいい……か?)

 ひどく打算的な気持ちで、俺は目の前にある手を握り返した。

「宝田だ……よろしく」

 ほっとしたように、イケメンの眉尻が下がる。
 彼は、見れば見るほど、よく整った顔をしている。
 くっきり二重の目は、影ができそうなほどの長い睫毛に覆われているし、鼻は高くて筋(すじ)が通っている。
 真一文字の眉も、薄い唇も、シャープな顎のラインも、美麗ながら男らしくて、俺がひそかに憧れている顔の完成形を見たような気がした。

(いいな……)

 丸顔、大きな目、小さな口と鼻で、いつも年齢より幼く見られがちな俺には、欲しくても手に入らないものばかりだ。
 そんなことを考えながら、いつまでもぼーっとそいつの顔を見ていたので、ちょっと困ったような表情になったことにもすぐ気がついた。

「あの……」
「————!」

 初対面の相手の顔を、さすがにじろじろ見過ぎたかと、俺は気まずい思いで視線を逸らす。
 だけどそいつが気にしていたのは、そんなことではなかった。

「宝田……何?」

 なぜか俺の手を握りしめたまま、イケメンは少し目を細めて問いかける。

(ああ……)

 俺が名字しか名乗らないものだから、名前は何というのか気になったのか。
 そんなの別に知る必要ないだろという思いで、俺はそいつの顔を見返す。

「ただの『宝田』でいい。中学の頃からそう呼ばれてるから」

 それは大噓だったが、俺が高校三年間で貫きたい目標の為には、そう言っておくのが一番簡単だと、あらかじめ考えておいた答えだった。

「そう……」

 納得したのか、していないのか、感情の読めない笑顔で、そいつは頷く。
 色素の薄い瞳が一瞬キラリと煌(きら)めいて、それを「綺麗だ」なんて俺が考えた瞬間、キラキラといっそう輝きが増した。

「じゃあ俺のことは『悠臣』って呼んで。みんなそう呼ぶから」

 なんだか、引き寄せられるような引力を放つ茶色の瞳に、必死に抗(あらが)うように、俺はわざと声を張って答える。

「わかった、悠臣」

 満足げに頷いて、俺の手を放し、自分のベッドの方へ歩き出した大きな背中を、またぼーっと見てしまっていることに気がつき、俺はふるふると首を振った。

(いかん、いかん……入寮のオリエンテーションが始まるまでに片付け終わらせないと)

 それをチラリとふり返る視線があったことには、気がついていなかった。