好きって言ったらキスしてくれる?

 俺たちから少し遅れて、中谷と押上は二人一緒に帰って来た。
 しっかりと手を繋いでいることに、俺はドキリとする。

(いいのか?)

 見てはいけないものを見ているような罪悪感を覚えるのに、二人はもうそれを隠そうとはしていない。
 堂々と応援団のみんなの前に立って、一緒に頭を下げる。

「「申し訳ありませんでした!」」

 それはてっきり、突然いなくなったことに対する謝罪なのだろうと思い、妙な圧に押されながらも、みんな口々に許容の言葉を口にする。

「お、おう」
「別にいいって、なあ」
「ああ」

 しかし二人の謝罪は、それだけでは終わらなかった。
 押上は校庭に膝をついて、地面に手を置いて深々と頭を下げる。

(ど、土下座!?)

 みんな俺と同じような驚きの顔をしているが、そこから押上が大きな声で言い切った懇願に、すぐに騒然となった。

「中谷をチアガールから降ろさせてください! これは俺の個人的な願いです! やっぱり……どうしても嫌です! すんませんっ!」
「「「えええええっ!!!」」」
「押上くんっ」

 押上の隣に立っていた中谷も慌てて地面に座り込もうとするが、押上が顔を上げて叫ぶ。

「お前は立ってろ! 俺の勝手な願いだって言ってるだろ!」
「だって……」

 中谷は泣き出してしまうし、何が何やらわからず、応援団員たちはみんな戸惑っている。
 奏先輩が困ったようにこめかみを掻きながら、押上の前に立った。

「体育祭を三日後にして個人的な願いってのは……みんなを納得させるような説明が出来るの? 押上」

 くっと一瞬唇を噛みしめて、押上がきっぱりと言った。

「出来ます!」
「押上!」
「それはダメだって!」

 他の連中から次々と声が上がるが、俺は何がダメなのかわからない。

「え?」

 首を傾げる俺の隣で、悠臣がふっと苦笑した気配がした。

「宝田、ちゃんと寮則全部読んだ?」
「……いいや?」

 そんなの当たり前だと首を横に振る俺を、女の子にしか見えない悠臣が困ったように見ている。

「寮則が何か関係あるのか?」
「それは……」

 悠臣が何かを言いかけた時、押上が大きな声で言い切った。

「俺は中谷のことが好きです! だから他の男たちに囲まれている姿を見たくありません!」

 一瞬シーンと静まり返った後、みんなは一斉に口を開く。

「あー、言っちまった」
「お前、いくらそうでも、それは言っちゃダメだって……」

 土下座の格好のままの押上の前に、奏先輩がすっと座り込む。

「押上の気持ちはわかった。後輩の恋心を踏みにじってまで応援団の成功を取るほど、僕は鬼じゃないから、中谷本人もやりたくないって言うんなら、チアガールは降りてもいいよ」

 そして、ずっと泣いている中谷を見上げる。

「中谷、どうする?」

 その問いかけはとても優しくて、中谷は肩を震わせながらも、奏先輩の顔を見返した。
 その目に、普段より強い光が宿ったように俺には見えた。

「僕は……」

 中谷は崩れるように座り込んで、頭を低く下げたままの押上に抱きつく。

「僕も押上くんが好きです! だから、チアガールは辞退させてください」
「中谷っ!」
「「「あああ~~~~~~っ」」」

 押上の咎めるような声と、団員たちの失意の声が重なる。
 俺はそれらを単純に、中谷がチアガールを辞退したことへの反応だと思ったのだが、どうやらそれだけではなかったらしい。
 ぽんぽんと宥めるように中谷の頭を叩いた奏先輩が、すっと立ち上がると同時に毅然と宣言した。

「わかった。中谷はチアガールをやらなくていい。普通に応援団員として体育祭には参加して。と同時に——」

 そこで奏先輩がいったん言葉を切った瞬間、辺りに緊張が走った。

「寮則第十三条に則って、押上と中谷の同室は解除。今はちょっと忙しいから、新しい部屋割りは体育祭が終わってから決定することにする……って濱屋先輩の代わりに、宣言しとくね」

 はあっとたくさんのため息が聞こえる中、俺だけが焦って周囲を見回していた。

「は? は?」

 チアガールをやる、やらないの話をしていたのに、どうして寮の部屋割りの話になるのだろう。
 一人だけわけが分かっていない俺に、奏先輩が困ったような笑顔を向ける。

「別に誰が誰を好きだって、それは個人の自由だけど……寮の規律が乱れないように、恋人同士の同室だけは寮則で禁止されてるの。黙っていればわからないことだけど、二人とも堂々と言っちゃったからね……」
「————!」

 そんな決まりがあったとは知らず、俺は思わず息を呑む。
 俺の腕を掴んだままの悠臣の指先が、いつもより冷えているように感じた。