好きって言ったらキスしてくれる?

 高校に入学して初めての中間考査と、間近に迫った体育祭の準備で、毎日が慌ただしく過ぎた。
 授業、委員会、応援団の練習、勉強——と、学校と寮を往復しているだけの俺でも目の回るような忙しさなのに、放課後バイトにも行っている悠臣の一日のタイムスケジュールは、いったいどうなっているのだろう。
 少なくとも、寮へ帰ってきてからの勉強は、一切していないと知っているが、中間考査の結果は、俺の遥か上の成績だった。
 ちなみに俺は、これでも少なからず自分なりに試験勉強をして挑んだ。

『どういうことなんだよ……!』

 互いの成績を比べて、ワナワナと手を震わせる俺に、悠臣は「たまたまだよ」なんて言っていたが、絶対にそうじゃないと知っている。

『あ、キタ? ありえないくらいに頭いいよ』
『ここよりもっと上のレベルの学校も行けたはずなんだけど、なんでここに来たんだろ?』

 と、中学からの悠臣の同級生が、口々に教えてくれたからだ。

『――――』

 悠臣が宝翔学園を進学先に選んだ理由を、俺は実は知っているが、本人が言っていないのなら、わざわざ口外するつもりはない。

(柔道黒帯、たしか空手と合気道も有段者って聞いた……成績優秀、それにあのスタイルとルックス……考えるとだんだん腹が立ってきたな)

 やっかまれてもおかしくないハイスペックぶりなのに、その真逆で誰からも好かれている様子なのは、本人の人柄と人当たりの良さ所以だろう。

 その悠臣が、今日はまだ帰って来ない。
 時刻は、まもなく午後11時。消灯前の点呼に、寮長の濱屋先輩が各部屋を回ってくる時間で、俺は少し焦っていた。

(まだかよ、悠臣)

 これまで帰りが遅くなることはあっても、点呼に遅れたことはないのに、今日は遅すぎる。
 寮の玄関はとっくに施錠されているので、奴が緊急時の入り口にしている掃き出し窓を、わざわざ全開にして待っているのに、まだ帰ってくる様子はない。

(どうするんだよ?)

 こうしている間にも、一階から順に各部屋を回っている濱屋先輩が、今にも部屋の扉をノックしそうで、ドキドキと心臓が落ち着かない。

(放課後バイトするのは構わないけど、点呼に間に合わなかったらペナルティ、三回やったら退寮……だっけ?)

 うろ覚えの寮則を、頭の中に思い浮かべる。

(退寮……)

 悠臣がいなくなるのは、あまりにも嫌だと思ってしまった。

(さっさと帰って来いよ!)

 遠くに足音と濱屋先輩の声が聞こえ始めた扉と、開けっ放しでカーテンがゆらゆら揺れている掃き出し窓を、何度も交互に見る。
 そのうち俺たちの部屋の前に足音が近づいて、俺は仕方なく覚悟を決めて扉へ向かった。

(疲れて、もう寝ています、とでも言うしかないか……)

 それで点呼が免除されるのかは未知数だが、他に手立てがない。
 緊張しながらドアノブに手を伸ばそうとした時、背後から抱きしめられた。

「ふぇ……っ⁉」

 驚きのあまり変な声が漏れてしまったが、叫びはしなかったのは、それが良く知る気配だったせい。
 俺より高い位置から伸びた大きな手が、俺が掴もうとしていたドアノブを握って扉を開ける。

「北里、居ます」

 いつもの決まり文句が頭上から聞こえたので、俺もそれに続いた。

「宝田、居ます」
「お前らなぁ……」

 ノックする前に扉を開けられた濱屋先輩は、苦笑している。

「気配読んで先に扉開けるなよ……ビックリするだろ?」

 そう苦情を述べられるが、突然後ろから悠臣に抱きしめられた俺の方が、もっと驚いている、絶対に。

「相変わらず仲良いな……騒がずさっさと寝ろよ」
「はーい」

 明るく返事した悠臣は、扉を閉めた瞬間、こつんと俺の頭の上に自分の頭を乗せた。

(ひいっ!?)

 驚きのあまり飛び上がりそうになったのが、バレていなければいい。無理そうだけど。

「焦ったぁ……」

(焦っているのは俺だ! バカ!)

 俺は必死にもがいて、悠臣の腕の中から抜け出した。

「ギリギリ過ぎんだろ!」

 そのことに怒っているふうに見せかけて、自分のベッドへさっさと歩き去る。

「ごめん」

 悠臣は特に不審に思った様子もなく、同じように自分のベッドの方へ行く。

「今の人、ちょっと年上だから、それに合わせて髪型とか作ってると、どうしても一回家に帰って風呂に入りたくて……」

 そう。悠臣は例のバイトの後、付き添いしている人をいったん家まで送ってから寮へと帰ってくる。
 そのため、進学する高校を決める際、もっとも重視したのは家からの近さだったと、いつか話していた。
 全寮制の宝翔学園じゃない方が、いっそ便利だったんじゃないかとその時は呆れたが、今は悠臣の選択に感謝している。

(もしこいつがいなかったら、俺の高校生活はどうなっていたんだろう……)

 今日あったことをぽつぽつとしゃべりつつ、寝る準備をしているらしい悠臣の声を背中で聞きながら、俺はそんなことを考えていた。