好きって言ったらキスしてくれる?

 その日の夜、楓寮では夕食前に全員が食堂に集められ、体育祭へ向けての話し合いが行われた。

「まっとうな競技に関しては、運動部の多い椛寮にどうしても劣るが、文化部だらけの柊寮よりマシだ。自信のある奴は、積極的に立候補してくれ」
「「「はいっ!」」」

 寮長である濱屋先輩の話を、みんな真剣に聞いている。

「借り物競争や仮装リレーなんかの色物競技は、足の速さ関係なく点数が稼げるんで、なるべく大人数参加すること。各組のクラス委員をやってる奴、調整を頼む」
「はーい」

 奏先輩が手を上げて返事したので、俺も慌ててそれに倣った。
 中谷も押上も悠臣も手を挙げている。

(なるほど……クラス委員が多いと、こういう時有利になるのか)

 今年の一年のクラス委員は楓寮が多いと、桑原先輩が頭を抱えていたことを思いだし、気の毒に思う。

「最後に、応援団についてだが……うちはいつもこれに一番力を入れている。お祭り騒ぎならどこにも負けない楓寮として、全員応援団のような気持ちで臨むように」
「「「はいっ!」」」
「団員になりたい奴は、人数制限なく何人でも練習に参加してくれて構わない。チアガールだけは、二人決めておくルールだが……」

 食堂に居た全員が、一斉に奏先輩の方を見た。当然だ。俺もそちらへ視線を向ける。
 みんなの注目を一身に浴びた奏先輩は、あっさりと首を横に振った。

「僕は無理だよ? だって応援団長だもん」
「「「えええええええっ!?」」」

 寮の建物を揺らすような絶叫が、食堂に響き渡る。
 奏先輩は、しれっと両手で耳を塞ぎ、濱屋先輩はいつもの穏やかな笑顔が、心なしかひきつっているように見える。

「三崎は次の寮長だからな、慣例に則って、応援団長は確定事項だ」
「そうか! そうだよな!」
「じゃあ、チアガールどうするんだ?」
「やべー」

 食堂は一気に混乱の坩堝と化した。
 みんな口々に何か言っているが、そのうち視線が一点に集まりだす。

「え? え?」

 視線の的になった中谷は、焦って周囲を見回しているが、いくら確認しても、標的は中谷に決まっている。
 俺は念のために顔を伏せた。

「中谷―やってくれないか?」
「もうお前しかいないよ」

 先輩たちに口々に頼まれれば、気の弱い中谷が断れるわけがない。
 俺は心配になって、少し顔を上げてちらりと見てみた。
 中谷は困ったようにオロオロしている。
 隣にいる押上に、何か言いたげに視線を向けたが、押上は中谷から顔を背けている。
 中谷は仕方なく頷いた。

「はい、僕でよかったら……」

「「うおおおおっ」」と歓声が上がる。

「いいよ! いい!」
「いいに決まってるだろ!」

 浮かれた寮の連中は、残る一人の選定に躍起になっているが、俺は中谷が俯いてしまったことが気になっていた。

(なんだかな……)

 こういうことは、小柄だとか女の子っぽいとか、見た目で決められてしまいがちだから、本人がそのことを気にしているとしたら気の毒だ。
 自分がまさにそうで、眼鏡と前髪で顔を隠しているので、少し罪悪感に苛まれる。

(奏先輩くらい開き直ってれば、かえってプラス要素にもなるんだろうけど……)

 入学以来、演劇部のヒロイン役を歴任し、他寮にもたくさんのファンを抱えている奏先輩はちょっと特殊過ぎる例だ。

「あと一人、誰かチアガールやりたい奴いないかー?」
「いないよなーどうする?」
「困ったなぁ」

 先輩たちの声に、ふと嫌な予感がした。

(待て……この流れは……)

 数週間前に、確かに身に覚えのある展開に、俺がハッとした時には、もう悠臣が手を挙げていた。

「じゃあ俺、やりましょうか?」
「————!」

 悠臣の立候補に、一瞬静まり返った食堂は、すぐにまた大騒ぎになった。

「キタがぁ? いや……アリか?」
「顔がいいのは間違いないんだから、ひょっとすると化けるぞ、ちょっとデカいけど」
「アリだろ! アリ! ……デカいけど」

 先輩たちがパンパンと悠臣の肩を叩いて、笑っている。

(ヤバい、ヤバい、ヤバい……!)

 俺はなぜだか内心とても焦っていて、でも今さら、この流れを変えることは出来そうにない。

「よし、じゃあ中谷とキタ、よろしく頼む」

 濱屋先輩の決定に、わあっとみんなが湧き、中谷はホッとしたように悠臣を見た。

「よろしく、中谷」
「うん、よろしく……キタくん」

 俺は二人が笑いあうのを、息が止まるような思いで見ていた。