好きって言ったらキスしてくれる?

 しばらく歩いたところで、中谷が小さく息を呑んだ。

「あ、キタくんだ……」
「————!」

 俺は体が飛び跳ねるほどに驚いてしまい、思わず足を止める。
 中谷が見ている道路の向こう、道向かいの歩道には、確かに悠臣と女の人の姿があった。

「行くぞ」

 急いでこの場を去ろうとするのに、中谷が動いてくれない。

「待って。なんか大変そう」

 正直言って、もうそちらを見たくもなかったが、仕方なく中谷の視線を追い、悠臣たちの方を見てみた。
 確かに、悠臣と女の人の進行方向を妨げるようにして、あまりガラの良くない男が立ち塞がっている。なんだか二人に絡んでいるようだった。
 かなり揉めているらしく、男がどんどんヒートアップしていっているのが、離れた場所からでもよくわかる。

(悠臣……)

 心配で、目が離せなくなった。
 悠臣は女の人を守るように、一歩前に出ている。その悠臣に向けて、男が怒り心頭といった雰囲気で詰め寄る。
 何かをわめきながら、男がポケットに手を突っ込み、折り畳みのナイフのようなものをとり出したように見えて、俺は反射的に車道を横切って走りだそうとした。

「悠臣!」

 聞こえているのかいないのか、悠臣はこちらを見ようともしない。
 それでも駆け寄ろうとした俺を止めたのは、中谷だった。

「ダメだよ、宝田くん! バイト中のキタくんに声かけちゃ!」
「はあぁ⁉」

 その制約すら知らないことに、さっきからイライラを募らせていた俺は、思わず中谷相手に喧嘩腰になってしまう。

「緊急事態だろ⁉ 何かあってからじゃ遅いんだから!」

 後から思い返せば、気の弱い中谷を怖がらせてしまう勢いだったはずだが、その時の中谷は、なぜか怯まなかった。

「大丈夫だよ。だってキタくんは……」

 中谷が何かを言いかけた時、道路の向こうからズダンと何か重いものが地面に叩きつけられたような大きな音がした。
 ハッとそちらを見てみると、ガラの悪い男が歩道に伸びており、悠臣はそいつを投げつけた格好で、悠然と見下ろしている。

「…………え?」

 何が起こったのか理解できない俺の耳に、中谷の言いかけた言葉の続きが入ってくる。

「柔道、黒帯だから」
「…………は?」

 驚きの思いで振り返った俺の表情が、よほど面白かったのだろう。中谷はくすっと可愛らしく笑った。

「ね? 大丈夫だったでしょ?」
「…………ああ」

 いろいろと複雑な感情を抱えながらも、俺はむすっとまたそう言うしかなかった。