好きって言ったらキスしてくれる?

 その日の夜。
 23時の点呼にぎりぎり間に合う時間になって、悠臣はようやく寮の部屋へ帰ってきた。

「よかったー間に合ったー」

 口ではそう言うが、表情と態度からは焦った様子がまったく感じられない。
 むしろ堂々と、ベランダ付きの掃き出し窓から帰ってきた。

「ちょ、おま……ここ三階!」

 窓ガラスをコンコンとノックされて、恐る恐るカーテンを開けた俺の方が、心臓がバクバク鳴るほど焦っていた。

「玄関の鍵はもう閉まってたから……いい感じの樹があってよかった」

 悠臣が指さすのは、ベランダとは少し距離のある大きな楓の樹だ。

「あそこから飛び移ったのか? 本当に?」

 とても信じられない気持ちで、俺は樹と悠臣を何度も見比べる。
 ぶんぶんと音が鳴るほど首を振る仕草が、よほど面白かったらしく、悠臣は「ははは」と声を出して笑いながら、俺の前に小さな箱をさし出す。

「はい、約束のお土産」
「あ……」

 そんな口約束、俺は覚えてもいなかったのに、けっこうズシリと重い箱を手渡されて、面食らった。

「ありがとう……」

 しおらしくお礼を言ったのがまた面白かったらしく、悠臣は笑いながら上着を脱ぐ。

「どういたしまして」

 そうしているうちに廊下に面したドアがトントンと叩かれたので、俺たちは急いで扉の前へ向かった。

「北里、居ます」
「宝田、居ます」

 扉を少し開けて、巡回している濱屋先輩に名前を告げると、「308号室OK」と小さな返事がある。
 これでもう明日の朝までは、よほどの騒ぎを起こさない限り、誰にも干渉されることはない。静かにしてさえいれば、部屋の中でなんでもできる。

「開けてみれば」
「ああ」

 さっさと部屋の奥へ戻った悠臣に促されて、俺はもらった小箱を自分の机の上に置き、開けてみた。

「プリンだ!」

 そこには味の違うプリンが、可愛い器に入って四つ並んでいて、思わず歓声じみた声を上げてしまう。

「くくっ……よかったね」

 無防備に発した子供みたいな歓声を、笑われてしまい、頬が熱くなった。

「まだ歯磨きが終わってないなら、食べてみなよって言いたいところだけど……名前を書いて食堂の冷蔵庫に入れておく方がいいかな?」

 悠臣の提案に、俺は大きく首を横に振り、プリンの小箱を両腕で囲う格好になる。

「絶対に嫌だ。他の奴に食われてたまるか。今すぐ全部、俺が食う!」
「くっ……とっても喜んでもらえたようで、ほんとによかった」

 悠臣は片腹を押さえながら、俺がどの味から食べようか吟味している姿を見ている。
 少し迷った末にチョコ味に決め、透明プラスチックのスプーンで次々と口に運ぶ様まで、じっと見られていて、気まずくなってスプーンを悠臣に向けた。

「…………お前も食うか?」

 一応聞いてみたのだが、笑顔で首を横に振られる。

「甘いものあんまり得意じゃないんだ」
「そうか、俺は大好きだけどな」

 遠慮せず全部食べていいことに勢いづいて、次の黒糖味に手を伸ばす俺に、悠臣が間髪入れずに言う。

「知ってる」

 きっぱりと断言されて、思わずプリンを食べる手が止まった。

「俺……言ったっけ?」
「見てればわかるよ」
「ふーん」

 悠臣が何でもないことのように言うので、俺も気のない返事をしたが、頭の中ではぐるぐるといろんな考えが渦を巻いていた。

(どんだけ見てればわかるんだよ、そんなこと)
(俺、絶対気がつかないぞ)
(察しがいいだけ? それとも……)

 いくら考えても埒(らち)が明かないので、考えることを放棄する。

(いいんだ! プリンが美味いから!)

 勢いよくかっこむ俺を、面白そうに見ている悠臣と目があってしまうと、また答えの出ない思考に沈んでしまいそうで、ひしひしと視線を感じながらも、そちらは見ないように努力した。