「そんなことがあったんですね。」

 「はい。」

 日曜日の個人面談で、畑中さんにMEMORYの話をした。まだ光以外の誰にも話していない。でも、抱えていることが今の一番のストレスになっていて、吐き出さずにはいられなかった。

 「それで、MEMORYについて、工藤さんが一番困っているのはどこですか?」

 「どこって言われると…。」

 顎に指を添えて黙り込んでしまう。光の連絡先はブロックしたのに、MEMORYの URLはそのまま。ママの情報を入れてママみたいに話す設定のままだ。

 「グリーフケアの職員としては『そういう乗り越え方もあるよね』としか申し上げられません。」

 ああ。
 なんとなく、心の中で「AIお母さんなんて、けしからん!」と言ってもらえることに期待していた自分に気づく。

 「なんとももどかしい答えで申し訳ありませんが、本当に死の乗り越え方というのは人それぞれなので、そういう方が出てきてもおかしくないとしか申し上げられません。」

 私だって宿題でわからないところをAIに聞くことがある。数学の専門家が身近にいればその人に聞くだろうけど、居ないからAIに。

 「ただ…。」

 畑中さんはここで初めて言葉を濁して咳払いをした。

 「私がこのようなことを言ったと口外されては困るのですが、あくまで個人の意見として、個人として、ですよ。」

 そう前置きをして、私のことをキリッと見つめてこう続けた。

 「そのAI、私はうらやましいです。私が両親を亡くしたときに手元にあったら、そのAIとしか話さなくなっていたと思います。」

 頭の上から熱いものがスッと降りてきて、代わりに心臓が強く鼓動するのがわかる。畑中さんはそっち側の人なんだ。

 「でも、いまなら使いたくありません。母(・)がいなくなったと腹の底から理解できているいまなら。」

 畑中さんは自身の膝を見つめながら自分自身に言い聞かせるように言った。

 「だから、工藤さんが困っているのは、悲しみを乗り越えつつあるからなのではないでしょうか?」

 頭にまた温かい血流が戻るのを感じる。

 「本当に悲しみの底にいるなら、AIでもママさんに会いたいですよね? でも、乗り越えつつあるから、本当ではないAIに嫌悪感を抱くのではありませんか?」

 「そうなんですかねぇ。」

 頭をポリポリかきながら、相槌をうつので精一杯だ。

 「あくまでわたし(・・・)を自己分析した場合ですが。あ、口外しないでくださいね!」

 さっきの肩にガチガチに力の入った様子から、しなやかに手首を振って否定するまでに雰囲気が和らいだ。

 「場合によっては大人のつどいにご案内しようかと思っていましたが、このまま1か月後で大丈夫だと思います。もし、心配であれば紹介元の病院に行ってみてもいいかも知れませんね。」

 「ああ。」

 その手があったか。この心のモヤモヤも、うまく言葉にできなかったもどかしさも、病院の先生たちならうまく受け止めてくれるかも知れない。

 「行ってみようかな。」

 「いいですね。薬がなくても、治療がなくても、頼って構わないんですよ。市立病院でしたか?」

 「はい。小泉(こいずみ)先生でした。」

 「そうでしたか。」

 若干目を見開いて、畑中さんの視線は手帳に移る。

 「では来月、お待ちしています。」

 畑中さんに合わせて深々とお辞儀をして、少し軽くなった身体で階段を降りた。