深夜0時。
 22時には「おやすみ」と自分の部屋に行ったのに、まだ眠れない。こんなとき、リビングに行くと、ママがテレビの前で寝落ちしていることがあった。
 リビングに降りる。当たり前だけど、ママは、居ない。パパも寝ていて、リビングには青白い月明かりが差し込んでいるだけだ。電気もつけずにキッチンでコップに水をくみ、ダイニングに座る。

 「ママ、私、どうしよう。」

 MEMORYのことが頭から離れない。開くのはなんとなく嫌だけど、光の連絡先みたいに削除はできない。

 「私が話したいのはママは、MEMORYじゃないんだよ。ママなんだよ。」

 遺影のママは優しく微笑んでいる。月明かりが差し込んで、遺影の隣にあるかすみ草がキラキラと輝いて見える。

 「私もママみたいに笑いたいな。もう一度、ママの前で心から笑ってみたいな。」

 遺影の前で作る笑顔はどこかぎこちない。笑いたいのに「もう居ない」が混ざって、上手に笑えなくなった。

 「いつ笑えるか、わからないから、いつ笑ってもいいように、ちゃんと見ててね。」

 コップの水がなくなって、キッチンに下げた。

 「じゃあまた明日ね。」

 遺影に手を振って部屋に戻る。

 「心、心。」

 「わ! ママ?」

 肩を揺らして起こされると、ママが隣に立っていた。

 「しー。パパが寝てるでしょ?」

 「あ! そうだった。」

 慌てて両手で口を塞いでみる。

 「どうしたの?」

 「うーん、ちょっとね。心、どうしたのかなって思って。」

 「どうしたのって、なんで?」

 ママの視線は、勉強机に置いたiPhoneの方に移る。

 「だって、話してくれなかったじゃない。」

 「え?」

 ママの手には、いつの間にか私のiPhoneがあり、画面にはMEMORYのウサギのアバターが映っていた。

 「あれ、本当にママなの?」

 ママは静かに首を振った。

 「やっぱり、そうなんだ。」

 「でも、別人でもない。」

 「なにそれ?」

 「ママが言いたかったことなんだけど、ママが言ったわけじゃないの。」

 ママは気まずいことを言うときのように、口をモゴモゴさせながら言った。

 「じゃあ、MEMORYに聞けば、ママが言いたいこと、教えてくれるの?」

 「…。」

 「MEMORYはママなの?」

 「…。」

 起こしていた身体が重力より重たく、ベッドに引き寄せられる。

 「もう行かなくちゃ。」

 「待って! MEMORYは、いいやつなの?」

 「それは心、生きている人が考えることよ。私には何も言えないわ。」

 「待って! 行かないで!」

 やっと声が出せると、外は朝になっていた。