私はよく夢を見るほうだ。
久しぶりに学校に行った。久しぶりなのに、久しぶりの気がしない。
「やっほー。」
「やっほー! 元気そう!」
「それはこっちのセリフね!」
夢花に肩を叩かれる。いつも通り接してくれるのがありがたい。
「ねえ、チョコ食べる?」
振り向くと、後ろの席にママが居た。制服を着ている。
「ありがと、ママ。」
「ママじゃなくて、めぐちゃんね!」
ママはいつものイタズラな笑みで、チョコを1ブロック、差し出してくれる。
「ああ、ちょっと溶けちゃった。」
チョコは手のひらの上でじんわりと溶け始めている。とろっとした感覚が、妙にリアルに感じられる。
「あら、ダジャレも言えるようになったの?」
「本当だ! チョコちょこっと!!」
ママと夢花が変に盛り上がっている。大きくなってから会ったことはないはずなのに、波長がピッタリだ。
「もう、大丈夫だね。」
ママがいつかプリンを作ってくれたような、子どもを見つめるような笑みで言ってくれた。
「なにが?」
教室を一周見回す。もうママはいない。
「ママ、ママ!」
「おはよう、心ちゃん。あら、夢見てたのかな?」
いつもの看護師さんが朝の見回りに来てくれた。
「おはようございます。夢にママが出てきて。でも居なくなっちゃった。」
「心ちゃんのママ忙しそうだもんね。パパさんのところとか行ったのかもね。」
「そうですね。」
「忙しそう」というのは比喩だ。もうこの世には居ないけど、色んな人の夢に登場しなければならないという。
「嬉しかった?」
「え?」
「ママ、夢に出てきて。」
どうだろう。ちょっと前なら「思い出させないで」と寂しくなっていた。でも今はそうでもない。
「寂しさがないわけじゃないんですけど、やっぱりママはママです。大好き。」
「そう。」
看護師さんはにっこりして、血圧を測っていく。
「それはママもオバちゃんも安心だぁ。」
今日は退院の日。通院は必要だが、看護師さんともしばらくお別れになる。
「次は心の順番だね。心ちゃんの心ってことね。ママを思い出して、ママ大好きな心ちゃんを取り戻そう。」
ーー私はどうすればいいんですか?
そう聞きたかったけど、朝の忙しさの中に看護師さんは消えていってしまった。
*
「おはよう。」
「おはよう。」
退院してから、「朝」のうちに起きられるようになった。パパに「おはよう」を言い、ベッドから起き上がる時間も増えた。
「ママ、おはよう。」
リビングに用意されているママの遺影に小さな声で話しかけてみる。返事はない。でも、いつもの笑顔のママがそこに居ると思うと、心が温かくなる。
「心、退院したら夢花ちゃんがお見舞いに来たいって言ってたけど、そろそろ会えそうか?」
「うーん。どうしよう。」
いまだに夢花への申し訳なさは消えない。こんな状況になっているのに、一番大事な夢花には伝えられなかった。
「私、嫌われてないかな?」
そんなことをされたら、嫌いになる人もいるだろう。それに私はもう、たぶん、夢花と一緒に高校に通うことも卒業することもできない。
「まあ仕事から帰ったら連絡しようと思ってたから、ゆっくり考えて。じゃあ。」
「いってらっしゃい。」
玄関まで歩いて、バイバイでパパを見送る。少しずつ人間らしい、ママが知っている私に戻ってきている。
「はぁ。」
ひとりでリビングに居るのは、やはり慣れない。ママは専業主婦だったから、ママが居ない家というのが、そもそも慣れない。
「夢花、どうしよう。嫌な思いしないかな?」
静まり返ったリビングの先にある、ママの遺影に話しかけてみる。何も返ってこない。花瓶の花びら一つ動かない。
ーー心は夢花ちゃんのために買ってきたんでしょ?
小学生の頃、夢花と大喧嘩したことがあった。家族でディズニーに行ったお土産を買ってきたのだが、夢花の好きなキャラではなかったらしい。
ーー知らなかったんだもん。夢花がディズニー好きだなんて。
ーー愛花ちゃんディズニーオタクだからね。その影響かね。
そう言われれば夢花のママ愛花さんの荷物にはディズニーが多めだった気がするけど、好きだとは知らなかったし、キャラに好き嫌いがあるなんてわかるわけがない。
ーーで? それで夢花ちゃんと絶交するの?
当時、周りの女子たちで「絶交」が流行っていた。何か気に入らないことがあると「友達やめる!」と突き放す、あれ。
ーーいや、友達でいたい。
ーーなら夢花ちゃんも同じ気持ちなんじゃないかな?
結局どうやって仲直りをしたのか覚えていないが、「夢花ちゃんも同じ気持ち」という言葉が強く心に残っている。
「夢花も友達でいてくれるかな?」
遺影のママに話しかける。答えなんて返ってこないのに、話しかけてしまう。きっと面倒くさそうに眉にシワを寄せて「そうなんじゃない?」とか言うんじゃないかな。そんなことを頭の中で考えてみる。
「会ってみようかな。黙ってたこと、謝りたいし。」
パパの帰りを待たずに、スマホを手に取った。
久しぶりに学校に行った。久しぶりなのに、久しぶりの気がしない。
「やっほー。」
「やっほー! 元気そう!」
「それはこっちのセリフね!」
夢花に肩を叩かれる。いつも通り接してくれるのがありがたい。
「ねえ、チョコ食べる?」
振り向くと、後ろの席にママが居た。制服を着ている。
「ありがと、ママ。」
「ママじゃなくて、めぐちゃんね!」
ママはいつものイタズラな笑みで、チョコを1ブロック、差し出してくれる。
「ああ、ちょっと溶けちゃった。」
チョコは手のひらの上でじんわりと溶け始めている。とろっとした感覚が、妙にリアルに感じられる。
「あら、ダジャレも言えるようになったの?」
「本当だ! チョコちょこっと!!」
ママと夢花が変に盛り上がっている。大きくなってから会ったことはないはずなのに、波長がピッタリだ。
「もう、大丈夫だね。」
ママがいつかプリンを作ってくれたような、子どもを見つめるような笑みで言ってくれた。
「なにが?」
教室を一周見回す。もうママはいない。
「ママ、ママ!」
「おはよう、心ちゃん。あら、夢見てたのかな?」
いつもの看護師さんが朝の見回りに来てくれた。
「おはようございます。夢にママが出てきて。でも居なくなっちゃった。」
「心ちゃんのママ忙しそうだもんね。パパさんのところとか行ったのかもね。」
「そうですね。」
「忙しそう」というのは比喩だ。もうこの世には居ないけど、色んな人の夢に登場しなければならないという。
「嬉しかった?」
「え?」
「ママ、夢に出てきて。」
どうだろう。ちょっと前なら「思い出させないで」と寂しくなっていた。でも今はそうでもない。
「寂しさがないわけじゃないんですけど、やっぱりママはママです。大好き。」
「そう。」
看護師さんはにっこりして、血圧を測っていく。
「それはママもオバちゃんも安心だぁ。」
今日は退院の日。通院は必要だが、看護師さんともしばらくお別れになる。
「次は心の順番だね。心ちゃんの心ってことね。ママを思い出して、ママ大好きな心ちゃんを取り戻そう。」
ーー私はどうすればいいんですか?
そう聞きたかったけど、朝の忙しさの中に看護師さんは消えていってしまった。
*
「おはよう。」
「おはよう。」
退院してから、「朝」のうちに起きられるようになった。パパに「おはよう」を言い、ベッドから起き上がる時間も増えた。
「ママ、おはよう。」
リビングに用意されているママの遺影に小さな声で話しかけてみる。返事はない。でも、いつもの笑顔のママがそこに居ると思うと、心が温かくなる。
「心、退院したら夢花ちゃんがお見舞いに来たいって言ってたけど、そろそろ会えそうか?」
「うーん。どうしよう。」
いまだに夢花への申し訳なさは消えない。こんな状況になっているのに、一番大事な夢花には伝えられなかった。
「私、嫌われてないかな?」
そんなことをされたら、嫌いになる人もいるだろう。それに私はもう、たぶん、夢花と一緒に高校に通うことも卒業することもできない。
「まあ仕事から帰ったら連絡しようと思ってたから、ゆっくり考えて。じゃあ。」
「いってらっしゃい。」
玄関まで歩いて、バイバイでパパを見送る。少しずつ人間らしい、ママが知っている私に戻ってきている。
「はぁ。」
ひとりでリビングに居るのは、やはり慣れない。ママは専業主婦だったから、ママが居ない家というのが、そもそも慣れない。
「夢花、どうしよう。嫌な思いしないかな?」
静まり返ったリビングの先にある、ママの遺影に話しかけてみる。何も返ってこない。花瓶の花びら一つ動かない。
ーー心は夢花ちゃんのために買ってきたんでしょ?
小学生の頃、夢花と大喧嘩したことがあった。家族でディズニーに行ったお土産を買ってきたのだが、夢花の好きなキャラではなかったらしい。
ーー知らなかったんだもん。夢花がディズニー好きだなんて。
ーー愛花ちゃんディズニーオタクだからね。その影響かね。
そう言われれば夢花のママ愛花さんの荷物にはディズニーが多めだった気がするけど、好きだとは知らなかったし、キャラに好き嫌いがあるなんてわかるわけがない。
ーーで? それで夢花ちゃんと絶交するの?
当時、周りの女子たちで「絶交」が流行っていた。何か気に入らないことがあると「友達やめる!」と突き放す、あれ。
ーーいや、友達でいたい。
ーーなら夢花ちゃんも同じ気持ちなんじゃないかな?
結局どうやって仲直りをしたのか覚えていないが、「夢花ちゃんも同じ気持ち」という言葉が強く心に残っている。
「夢花も友達でいてくれるかな?」
遺影のママに話しかける。答えなんて返ってこないのに、話しかけてしまう。きっと面倒くさそうに眉にシワを寄せて「そうなんじゃない?」とか言うんじゃないかな。そんなことを頭の中で考えてみる。
「会ってみようかな。黙ってたこと、謝りたいし。」
パパの帰りを待たずに、スマホを手に取った。



