私はよく夢を見る方だ。
 特に空飛ぶ夢。プールの中で泳ぐみたいに自由自在にすーいすい。右に左に、上に下に。自由自在に泳いでみる。

 ーーママもこんなふうに見ているのかな、あ。

 そこに気がつくと、目が覚めてしまう。
 私のママがもういない、ということに。

 目が覚めたのは夜の7時。夏の陽が長く、まだ外はうっすら明るかった。私が寝るのに昼も夜もない。昼も夜も眠れないから。眠れる時に眠るしかない。そうやってなんとか心臓を動かし続けている。
 昼も食べていないから、何かお腹に入れなくては、とベッドから起き上がる。

 「はーい、はい。」

 パパが下手(したて)に、ぺこぺこしている声が聞こえる。とりあえず、布団を被り、聞き耳を立てる。

 「このままいきますと、選択肢としては、休学、通信制への転学、または、この状況ではあまりお勧めはできかねますが、退学…。」

 「やはり、そうなりますよね…。」

 どうやら高校の先生が来てパパと話しているらしい。1か月以上も休めば仕方がない。でも、学校に行きたくないわけではない。それが「この状況」には込められている。クラスも部活も問題ない。成績もかなりの進学校の中で悪い方ではない。学校は大好きなのに、行けない。

 「進学を目指してここまで来たわけですし、ここで辞めてしまうのはお母さまも本望ではないと思うので、なんとかうちのクラスで卒業させたいという思いはあるのですが。」

 「うーん。吉田(よしだ)先生も工藤さんも辛い状況なのはは痛いほどわかるのですが、義務教育ではないので、出席というのが重要になってきまして…。」

 話しているのは、担任の吉田先生と、もう1人は知らない先生だけどベテランっぽい先生。

 「まだ大丈夫なのですが、『大丈夫』というのは学校に来れるようになったあと、全く休まなかった場合のことですので、風邪をひいたり、今後の心の状況を踏まえましても、そろそろ『大丈夫』ではない場合に備えなくてはならない時期でして…。」

 忌引きの延長で、もう2週間以上学校に行っていない。行けない。起きられないから。夜眠れないから。とても勉強どころではない。
 亡くなる前だって、危篤状態から数週間、学校を休んで付きっきりの見舞いをした。だから欠席はもう1か月を超えている。

 「ただ、現状、学校どころではないと思われますので、まずは専門機関に頼っていただくのも、ひとつかと思います。」

 今までの毅然とした対応に比べ、随分と歯切れの悪い物言いだ。きっと吉田先生がベテラン先生と打ち合わせなしに、思いつきのように言っているのだろう。こそこそ「あの子とか、この子とか」という打ち合わせが聞こえる。

 「病院、ですかね…。」

 パパが言いづらそうに言う。

 「今までの例だと、病名がついたり、入院が必要になったりした場合には、特別に単位の救済措置を受けられる場合がありますので、ただ休んでしまうよりはいいかと思います。」

 「そうですか…。」

 「医療の力が必要なら、早いに越したことはないですから…。」

 そこから先、パパたちの話を盗み聞きするのはやめた。
 私が病的な状況にあるのは、私が一番わかっている。でも、病気だと決まってしまうのが、怖い。それもママのせいだって決まってしまうのが、いやだ。
 ずっと宙に浮いて泳いでいるのように、パパに連れられて市立病院を訪ねたのはそれから数日後だった。

 「工藤さん、お入りください。」

 パパと診察室に入り、お医者さんに現状を伝える。ママが死んだこと。最後まで寄り添ったこと。すごく悲しいこと。何も頑張れないこと。

 「そうか。すごく大変だね。ちょっとパパと別々にお話し聞こうかな。」

 パパがお医者さんと話すことになり、私は40代くらいの看護師さんとカーテンを2回潜り抜けた、別の部屋で話すことになった。

 「心ちゃん、すごく大変だね。聞きづらいんだけど、身体のことも教えてもらえるかな? 生理ってきてる?」

 「あ。そういえばきてないです。」

 手を口に当てて答える。毎日寝ようとすることに必死で気づかなかったけど、たしかに学校を休んでからきていない。

 「生理って妊娠以外にも、ストレスで止まることもあるんだよね。だから、身体からもうすでにSOSが出ている状態なんだ。」

 「そうなんですか? ママはもっともっと辛かったのに。」

 「辛さは比べるものじゃないよ。絶対評価。心ちゃんが辛いなら、辛いの。」

 前を向いたまま頬を涙が伝う。「ポロポロ」が似合う大粒の涙だった。看護師さんの少しシワが寄った手のひらで背中をさすってもらう。

 コンコン。

 パパのほうについていた若い看護師さんが入ってきて、ヒソヒソ打ち合わせを始めた。彼女は要件が済むと簡単に会釈をして部屋を出た。

 「心ちゃん。先生とお父さんと話して、まずは身体の回復が大事だってなったみたいなのね。で、これから入院になるから、ついてきてもらっていいかな?」

 「え? 入院ですか? そんな、うつ病とか? そんな酷い病気なんですか?」

 か細く質問ばかり投げかける私の前で、看護師さんは首を横に振った。

 「ううん。あっても適応障害くらいかなぁ、私は看護師だから診断はできないけど。身体を元気にするために入院するのも立派な理由だよ。まずは身体を元気にして、学校のことはそれから考えよう。」

 看護師さんが両手で握って目を見て話しているうちに、さっきの若い看護師さんが荷物をまとめて持ってきてくれた。

 「じゃあ行きましょうか。」

 「はい。」

 ここでやっと身体の違和感に気づいた。どう頑張っても立てなかった。

 「そっかそっか。じゃあ車いす持ってくるね。」

 そういえば、ほぼ眠れず、食事もまともに取れていない。まともな身体ではないことにやっと気づかされた。