私はよく夢を見る方だ。
パパとママと3人で出かけた昼下がり。ママの小腹が空いて、イオンのカフェに入った。注文したのはどら焼きと紅茶。
「おいしいね。」
「うん。そうね。」
食べても食べても無くならないどら焼きを、ママはペロリと平らげる。そして言う。
「じゃあ、もう行かなくちゃ。」
「え? どこに?」
「ずっとずっと、遠いところ。」
そこで言いたいことが言えなくなる。
ーー行かないで!
そう言いたいのに、奥歯が口の中で転がって、うまく言葉にできない。
そうこうしているうちに、ママは席を立って伝票を持って行く。
「じゃあ、残りも美味しく食べてね。」
「行かないで!」
やっと叫んだ時。私は自分の叫び声で目を覚ました。こんな夢をあの時からずっと見ている。
もう4年。ママから病気を宣告された時から。あれから何度もママは入院した。治療が変わるたびに、経過観察の入院が必要だそうだ。
「ただいまぁ。あれ、ママは?」
ゴールデンウィーク前、最後の登校から帰宅すると、パパしか家にいなかった。今日は治療のある火曜日。2人で病院に行って、2人で帰ってくるのはずなのに。
「ああ、ちょっと入院してて。」
「そうなんだ。また、治療変わるんだね。」
「ああ。」
先月も新しい抗がん剤が始まって入院したばかりだった。パパは口を真一文字に結んだまま、フローリングの木目を見つめている。
「変わるというか、ないんだ。もう治療法が。」
*
「採血終わったよ〜。」
ママが化学療法室から出てくる。
「おかえり。今日はどこにする?」
「うーん、スタバかな? お芋が出たし。」
病院に着いて行くと、受付から採血まではノンストップ。そこから診察で呼ばれるまでにはかなりの待ち時間がある。待ち時間が長い市立病院でも退屈しないよう、院内にはスタバをはじめとしたコーヒーショップやカフェが充実していた。
「おいしいね! スイートポテトみたい。」
「でしょ。ママね、毎年楽しみにしてるんだ〜。」
スタバの味は病院で覚えた。この街には名の知れた老舗と呼ばれる喫茶店チェーンがあることも、病院の支店で知った。
「来年のお芋はどんな味かな?」
「そうね、きっとおいしいお芋になるよ。」
ママは目を細めなんでもなくそう言った。
「来年は高校生か。高校生になったら、1人でスタバ行ってもいい?」
「え〜。心が高校生なんて、認めないぞ〜。なんてね。1人はちょっと贅沢だと思うけど、友達とか大事な人とならいいんじゃない。お小遣いも増えるだろうし。」
「大事な人って。私、そんな人できるわけないから。」
「大事な人」とイタズラっぽく言うママは少年のようだ。仮に彼氏ができる日が来たとして、一番の報告は親友ではなく、ママだろう。そのくらい仲がいい親子だと思う。
「じゃあそろそろ部活でしょ。ママはエレベーターで行くから、学校いってらっしゃい。」
「うん、そうだね。じゃあ、エレベーターまで送るよ。」
スタバのカフェスペースを通り抜けたところにエレベーターがある。重病人ばかり集まる市立病院とは思えないほどオンボロで小さなエレベーターが。
「じゃあ、行ってらっしゃい。」
「行ってらっしゃい。」
笑顔で手を振り合って、ドアが閉まる。階数表示が、婦人科のある3階になったのを確認するまでずっとしまったドアを見つめている。
「ママ、行かないで!!」
我慢していた喉の奥のチクチクが、一気にあふれ、立ち尽くす。
「大丈夫? お姉さん。」
その場を通りかかったお婆さんが声をかけてくれる。
「大丈夫です。ちょっと、ちょっと色々あって。」
初めてそこで泣いた日こそ、一番近いレントゲン科の受付お姉さんが事情を聞きに来てくれたが、それ以降、病院の人に声をかけられることはなかった。
「ママ、乳がんなの。」
それだけで説明は事足りた。病状とか、どんな治療とか、そんなのどうでもいい。どうでも良くなってしまう破壊力がこの病名にはある。
*
病名を告げられたのは5年前になる。中学1年生で、初めて部活の、バレー部の大会で遠征から帰った時だった。
「ママ、がんなの。乳がん。」
今日の夜ご飯でも発表するみたいに、淡々と、なんの表情の変化もなく、ママが言った。
「え、うそ。」
反射的にほっぺたをつねったことを覚えている。右をつねって、痛かったから左も、太ももも。
中学生だった私でも知っている病気だ。しかも「死ぬ病気」として。
ーーママ、死んじゃうの?
言えない。今、自分ごととして病と対峙しているママにそんなこと言えなかった。
その後、淡々と、今後入院が増えること、手術もすること、そしてこれは遺伝性の病気であることを説明されたと思う。衝撃でずっと頭が固まっていた。
「大丈夫か?」
隣にいたパパの問いかけに、無言で首を横に振る。
「ううん。どうしてママは泣いてないの?」
ママは唇をキュッと噛み締め、フローリングの模様を見つめながら答える。
「そうね、ママのママの時に、たくさん泣いたから、かな?」
それまで詳しく聞いたことはなかったが、生まれた時には亡くなっていた母方の祖母も乳がんで早逝しているらしい。
「ついにママが闘う順番が来たかぁって感じ! うちね、がんにはなりやすい家系だけど、がんの治療には強い家系だから。私のママもすっごくかっこよかったんだよー!」
滝のような涙を流している隣で、ママはニコニコそう話す。
「じゃあ、みんなで頑張ろうな。」
パパは四角い顔の眉間にシワを寄せた、いつもの怖い顔で私とママと肩を組んできた。
*
「変わるというか、ないんだ。もう治療法が。」
「効かなくなったなら、また新しい薬にするんじゃないの?」
抗がん剤が効かない。そういう状況は今までもあった。2つ目の薬も、あと去年あたりに使っていた薬も。それ以外にもあったんだろう。でも、その度に「ではこちらの薬で」とお医者さんがカンファレンスの結果を伝えてきて、その薬にすると少しは効いたり、身体が楽になったりしていた。
「ないんだ。もう、ママの身体は抗がん剤に耐えられない。もう、楽にしてあげるしか…。」
パパはいつも通りの四角い顔で、眉間にシワを寄せ、眉を吊り上げた怒りん坊顔。だけど泣いている。鼻水も涙もリビングに池を作るくらい、垂れ流し。
「病院は、市立病院だよね? 面会時間ってもう終わってるか…。」
「いや。もういつでも面会できる許可はもらってある。」
「わかった。ちょっと、行ってくるね!」
制服のまま、家を飛び出した。
パパとママと3人で出かけた昼下がり。ママの小腹が空いて、イオンのカフェに入った。注文したのはどら焼きと紅茶。
「おいしいね。」
「うん。そうね。」
食べても食べても無くならないどら焼きを、ママはペロリと平らげる。そして言う。
「じゃあ、もう行かなくちゃ。」
「え? どこに?」
「ずっとずっと、遠いところ。」
そこで言いたいことが言えなくなる。
ーー行かないで!
そう言いたいのに、奥歯が口の中で転がって、うまく言葉にできない。
そうこうしているうちに、ママは席を立って伝票を持って行く。
「じゃあ、残りも美味しく食べてね。」
「行かないで!」
やっと叫んだ時。私は自分の叫び声で目を覚ました。こんな夢をあの時からずっと見ている。
もう4年。ママから病気を宣告された時から。あれから何度もママは入院した。治療が変わるたびに、経過観察の入院が必要だそうだ。
「ただいまぁ。あれ、ママは?」
ゴールデンウィーク前、最後の登校から帰宅すると、パパしか家にいなかった。今日は治療のある火曜日。2人で病院に行って、2人で帰ってくるのはずなのに。
「ああ、ちょっと入院してて。」
「そうなんだ。また、治療変わるんだね。」
「ああ。」
先月も新しい抗がん剤が始まって入院したばかりだった。パパは口を真一文字に結んだまま、フローリングの木目を見つめている。
「変わるというか、ないんだ。もう治療法が。」
*
「採血終わったよ〜。」
ママが化学療法室から出てくる。
「おかえり。今日はどこにする?」
「うーん、スタバかな? お芋が出たし。」
病院に着いて行くと、受付から採血まではノンストップ。そこから診察で呼ばれるまでにはかなりの待ち時間がある。待ち時間が長い市立病院でも退屈しないよう、院内にはスタバをはじめとしたコーヒーショップやカフェが充実していた。
「おいしいね! スイートポテトみたい。」
「でしょ。ママね、毎年楽しみにしてるんだ〜。」
スタバの味は病院で覚えた。この街には名の知れた老舗と呼ばれる喫茶店チェーンがあることも、病院の支店で知った。
「来年のお芋はどんな味かな?」
「そうね、きっとおいしいお芋になるよ。」
ママは目を細めなんでもなくそう言った。
「来年は高校生か。高校生になったら、1人でスタバ行ってもいい?」
「え〜。心が高校生なんて、認めないぞ〜。なんてね。1人はちょっと贅沢だと思うけど、友達とか大事な人とならいいんじゃない。お小遣いも増えるだろうし。」
「大事な人って。私、そんな人できるわけないから。」
「大事な人」とイタズラっぽく言うママは少年のようだ。仮に彼氏ができる日が来たとして、一番の報告は親友ではなく、ママだろう。そのくらい仲がいい親子だと思う。
「じゃあそろそろ部活でしょ。ママはエレベーターで行くから、学校いってらっしゃい。」
「うん、そうだね。じゃあ、エレベーターまで送るよ。」
スタバのカフェスペースを通り抜けたところにエレベーターがある。重病人ばかり集まる市立病院とは思えないほどオンボロで小さなエレベーターが。
「じゃあ、行ってらっしゃい。」
「行ってらっしゃい。」
笑顔で手を振り合って、ドアが閉まる。階数表示が、婦人科のある3階になったのを確認するまでずっとしまったドアを見つめている。
「ママ、行かないで!!」
我慢していた喉の奥のチクチクが、一気にあふれ、立ち尽くす。
「大丈夫? お姉さん。」
その場を通りかかったお婆さんが声をかけてくれる。
「大丈夫です。ちょっと、ちょっと色々あって。」
初めてそこで泣いた日こそ、一番近いレントゲン科の受付お姉さんが事情を聞きに来てくれたが、それ以降、病院の人に声をかけられることはなかった。
「ママ、乳がんなの。」
それだけで説明は事足りた。病状とか、どんな治療とか、そんなのどうでもいい。どうでも良くなってしまう破壊力がこの病名にはある。
*
病名を告げられたのは5年前になる。中学1年生で、初めて部活の、バレー部の大会で遠征から帰った時だった。
「ママ、がんなの。乳がん。」
今日の夜ご飯でも発表するみたいに、淡々と、なんの表情の変化もなく、ママが言った。
「え、うそ。」
反射的にほっぺたをつねったことを覚えている。右をつねって、痛かったから左も、太ももも。
中学生だった私でも知っている病気だ。しかも「死ぬ病気」として。
ーーママ、死んじゃうの?
言えない。今、自分ごととして病と対峙しているママにそんなこと言えなかった。
その後、淡々と、今後入院が増えること、手術もすること、そしてこれは遺伝性の病気であることを説明されたと思う。衝撃でずっと頭が固まっていた。
「大丈夫か?」
隣にいたパパの問いかけに、無言で首を横に振る。
「ううん。どうしてママは泣いてないの?」
ママは唇をキュッと噛み締め、フローリングの模様を見つめながら答える。
「そうね、ママのママの時に、たくさん泣いたから、かな?」
それまで詳しく聞いたことはなかったが、生まれた時には亡くなっていた母方の祖母も乳がんで早逝しているらしい。
「ついにママが闘う順番が来たかぁって感じ! うちね、がんにはなりやすい家系だけど、がんの治療には強い家系だから。私のママもすっごくかっこよかったんだよー!」
滝のような涙を流している隣で、ママはニコニコそう話す。
「じゃあ、みんなで頑張ろうな。」
パパは四角い顔の眉間にシワを寄せた、いつもの怖い顔で私とママと肩を組んできた。
*
「変わるというか、ないんだ。もう治療法が。」
「効かなくなったなら、また新しい薬にするんじゃないの?」
抗がん剤が効かない。そういう状況は今までもあった。2つ目の薬も、あと去年あたりに使っていた薬も。それ以外にもあったんだろう。でも、その度に「ではこちらの薬で」とお医者さんがカンファレンスの結果を伝えてきて、その薬にすると少しは効いたり、身体が楽になったりしていた。
「ないんだ。もう、ママの身体は抗がん剤に耐えられない。もう、楽にしてあげるしか…。」
パパはいつも通りの四角い顔で、眉間にシワを寄せ、眉を吊り上げた怒りん坊顔。だけど泣いている。鼻水も涙もリビングに池を作るくらい、垂れ流し。
「病院は、市立病院だよね? 面会時間ってもう終わってるか…。」
「いや。もういつでも面会できる許可はもらってある。」
「わかった。ちょっと、行ってくるね!」
制服のまま、家を飛び出した。



