Embrace it all―甘い囁きは、永遠の誓い―

 薄暗い部屋の中。

 カーテンの隙間から差し込む街灯の光が、床に細長い帯を落としていた。静かな室内には、二人分の呼吸だけが重なっている。

 梨歩は、亞紗斗の腕の中にいた。

 背中に回された腕は思っていたよりも強く、けれど少しも苦しくない。逃がさないように抱きしめられているのに、その体温に包まれていると、不思議なくらい心がほどけていく。

 すぐ近くにある銀色の髪。

 いつものようにきっちり上げられていた前髪は、今はすっかり落ちている。
 柔らかな髪先が額や頬にかかり、触れそうで触れない距離を揺れていた。

 ただでさえ整いすぎている顔が、無防備な髪型のせいで妙に幼く見えるのに。

 こちらを見つめるアイスグレーの瞳だけは、ひどく熱っぽかった。

 視線を向けられているだけなのに、肌の上を指でなぞられているような感覚がする。梨歩は落ち着かなくなって、彼のシャツを指先でそっと掴んだ。

「……亞紗斗さん」

 名前を呼ぶと、彼の腕に力がこもる。

 胸と胸の間にあったわずかな隙間がなくなり、彼の鼓動が自分のものと重なった。

 その近さに戸惑いながらも、梨歩は離れなかった。むしろ、触れている場所から伝わる熱を確かめるように、指先へ少しだけ力を込める。

 そして耳元に唇を寄せた亞紗斗が、低い声で囁いた。

“I love you.”

「……!」

 吐息が耳をかすめ、梨歩の肩が跳ねた。

 意味くらいはわかる。

 けれど、こんなに近い距離で、こんな声で言われるとは思っていなかった。耳の奥に落ちた言葉が、そのまま胸の内側へ染み込んでくる。

 驚きが、戸惑いに変わる。
 戸惑いはすぐに、どうしようもない嬉しさへ変わっていった。

“You’re so beautiful.”

「え……」

“I can’t stop looking at you.”

「ちょ、ちょっと待って」

 梨歩が慌てて顔を上げる。

 近すぎる距離で視線がぶつかり、息が触れ合った。亞紗斗の瞳には、からかうような色と、隠しきれない熱が混ざっている。

「亞紗斗さん、何言ってるの?」

「別に」

「別にじゃないでしょ!」

 絶対、甘いことを言っている。

 英語が堪能ではない梨歩でも、それくらいはわかる。

 ところが亞紗斗は、まったく悪びれない。

 むしろ日本語で訊かれた途端、少しだけ視線を逸らした。耳の先が、ほんのわずかに赤くなっている。

「……日本語では言いたくない」

「なんで?」

「小っ恥ずかしい」

「英語ならいいの!?」

「ああ」

「ずるくない!?」

 思わず声を上げると、亞紗斗がふっと笑った。

 低く、喉の奥でこぼれるような笑い声だった。その振動が触れ合った身体を通して伝わり、梨歩の胸が大きく鳴る。

 前髪を下ろした亞紗斗の笑顔。

 ただでさえ反則なのに。

 今は完全に、梨歩しか見えていない。

 その事実が嬉しくて、同時に恥ずかしくて、梨歩は視線を逸らそうとした。

 けれど亞紗斗は逃がさないように、梨歩の頬へ手を添えた。指先が肌を撫でるたび、そこだけ熱が集まっていく。

 触れられるたび、梨歩の中にあった警戒や照れが、少しずつ形を失っていく。代わりに残るのは、もっと近くにいたいという、素直な気持ちだった。

“You have no idea how much I love you.”

「……また言ってる」

 全部はわからない。

 けれど。

 love。

 その単語だけは、はっきり聞こえた。