九月一日。
「プレゼントがしょうもないのは、自業自得ですからね?」
七穂は、鷹矢の家へ上がりながら言った。
夏休み最終日。
今日は鷹矢の誕生日だった。
「バイト代が北海道への飛行機代で、ぜ~んぶパァですよ?」
「悪かったって。それに、プレゼントは最初からいらねぇって」
七穂が差し出した紙袋を受け取りながら、鷹矢は困ったように笑った。
「なに、これ」
「ケーキです。買う金がないので、作りました」
七穂が答えると、鷹矢の顔が一瞬ぎくりと歪んだ。あのクッキーを思い出したのだろう。七穂にもすぐ分かった。
「今度はちゃんと美味しく作りましたから、大丈夫ですよ?」
「本当に?」
「失礼な」
七穂は胸を張った。
明美の監修のもと、甘さ控えめで、もさもさしないレアチーズケーキを作った。彩りに果物を乗せてある。
鷹矢の家へ来るのは、まだ二度目だった。
北海道から戻ったあとは、かなりの頻度で鷹矢を橘家へ呼び、皆で過ごしてばかりいた。
夕飯だけ食べに来る日もあれば、そのまま遅くまでテレビを見ている日もあった。客間はすっかり鷹矢の部屋扱いになり、柔道着や私服が畳んで置いてある。
鷹矢は、親戚からの申し出を丁寧に断ってくれた。
橘家や道場の若山が、困った時は力になると言ってくれていることを伝え、親戚にも安心してもらったようだった。
その若山からは、音信不通になっていたことを死ぬほど怒られていた。ざまぁ、と七穂は思った。
鷹矢は、たまには家の掃除をすると言い、昨日から自宅へ戻っていた。
せっかくなので今日はここで、二人だけでも誕生日を祝うことにした。夜は橘家で、誕生日会をする予定だ。明美にはコロッケを作ってくれるよう頼んでおいた。
今日は買ったばかりのお気に入りのシャツと、流行の形をしたデニムを着てきた。自分が好きな服を、ちゃんと着た。
「ケーキありがとう」
鷹矢は袋を持ち、居間を抜け、仏壇のある部屋へ入った。
仏壇へケーキを供えたので、
「俺もご挨拶しようっと」
と、七穂もついていった。
鷹矢が線香をつける横で七穂は置かれていた座布団に座らせてもらい、りん棒を持った。
おりんを鳴らそうとした時だった。
七穂の手が止まった。
仏壇の手前に置かれた小卓の上に、何枚か写真が飾られている。
優しそうな夫婦が写った写真が、二枚あった。
一枚には巌男も写っている。鷹矢の両親と祖父母だろう。
「え?」
七穂は写真へ顔を近づけた。
傘を差さずに立っていた、垂れ目の優しい女性。
背が高く、眉の太い男性。
黒目がちのつぶらな瞳をした、「きっと会えるよ」と言ってくれた、おばあちゃん。
一人だけなら、似た人だと思ったかもしれない。
三人とも、だった。
「うそっ」
七穂は写真を覗き込み、唖然とした。
「どうした?」
鷹矢が隣で手を合わせながら言った。
「この人たち……」
指をさしかけて、慌てて引っ込める。
「俺、この方たちに会いました」
「は?」
「北海道のお寺で。先輩のことを探してる時に」
鷹矢が写真を見る。
七穂も、もう一度写真を見る。
「みんなが、先輩がどっちへ行ったか教えてくれて……」
自分でも信じられない。でも、間違いじゃない。
鷹矢を探して走り回っていた自分を、三人が順番に次の場所へ送ってくれたのだ。
「だから、先輩を見つけられたんです」
話しているうちに、七穂の声が震えた。
鷹矢も驚いた顔をしたあと、写真を見つめたまま、その目をさっと潤ませた。
七穂の言葉を疑う様子はなかった。ミケのこともあったからだろう。
「……もう、家族に心配かけちゃ駄目ですよ?」
七穂は言った。
「だな」
鷹矢も頷いた。
七穂がおりんを鳴らすと、澄んだ音がした。
二人でしばらく、目を閉じ、手を合わせた。
やがて、音が止んだ。
目を開けると、線香の煙がするすると上っていた。
「さ、ケーキ食いましょ」
湿っぽくなりすぎる前に、七穂は立ち上がった。
「お皿どこですか」
キッチンへ入りながら、声を上げる。
「その正面の戸棚の中。ナイフとかフォークは、その下」
言われたとおりの場所を開ける。
きれいに整頓された食器たちが、久しぶりに使ってもらえることを喜んでいるように思えた。
七穂は皿とフォークを六つずつ取り出した。
それを運び、鷹矢が取り出しておいてくれたケーキのそばへ置く。
「皿、多くねぇか?」
鷹矢が言った。
七穂は当然のように、
「家族の分も並べましょう」
と答えた。
鷹矢は少し目を細めてから、ケーキをきれいに六等分してくれた。
七穂が皿を渡し、鷹矢が切り分けたケーキを乗せて、食卓へ並べていく。ブルーベリーが艶めいていた。
「いただきます」
七穂が言う。
鷹矢も手を合わせ、一口食べた。
その顔を、七穂は少し緊張しながら見ていた。
「美味いな」
すぐに言われた。七穂の肩から力が抜ける。
鷹矢はもう一口食べてから、噛み締めるように、もう一度、
「美味い」
と言った。
今度はちゃんと二回も言った。
「よかったですねえ」
鷹矢のほっとした顔が、面白くて仕方がなかった。
食べ終わると、七穂は鞄から、紙袋に入ったプレゼントを取り出した。
「これはもう、事前に買っちゃってたんで」
そう言って渡す。
鷹矢が取り出したのは、ミケのために買っておいた猫じゃらしだった。水色の棒の先に、カラフルなふわふわがついている。
鷹矢は嬉しそうに手の中の猫じゃらしを眺めた。
「喜ぶと思う。今はどこにいる?」
その聞き方があまりにも普通だったので、七穂は少し嬉しくなった。軽く辺りを見回す。
「今はいませんね」
「そうか」
鷹矢は残念そうに言った。
そのまま猫じゃらしをしばらく眺めたあと、急に、ごろんと七穂の膝へ頭を乗せて寝転がった。
「重っ」
七穂が言うと、
「誕生日だから」
と、鷹矢は答えた。
「安上がりでいいですね」
七穂は笑い、鷹矢の手から猫じゃらしを取った。
顔の前で、ちょいちょいと振る。
鷹矢の目が、反射的に少しだけそれを追った。
「ほれほれ」
左右に少し振る。
「猫じゃねー」
鷹矢は言った。
鼻先をつんつんすると、くすぐったそうに顔を背けて笑う。
吊り目がきゅっと細くなって、本当に猫みたいでかわいかった。
その時、本当は。
七穂には、テーブルを囲む鷹矢の家族が見えていた。
一人一人、ケーキの前に座って、恋人にあやされる鷹矢の姿を、笑顔で見ていた。
でもそれを言うと、きっと鷹矢は恥ずかしがるだろうと思ったので、そのことは、もう少しだけ黙っておくことにした。
障子の向こうから、ちりん、と鈴の音がした。
おわり
