千歳くんは俺を甘やかしたいらしい




────あの日から、あの場所へは行っていない。

「ねぇねぇ、朔ちゃんさぁ。(きょう)と喧嘩した?」
「……してないよ」
「ふーーーん。じゃあ何か怒ってる? 嫌なことされた?」
「…………」
「え、マジ? 何されたの!?」
「……別に、何もされてないよ」

 ……だってあれは間違い(・・・)だったんだし。するつもりはなかったってことは、つまりは事故みたいなものなわけで。となるとされた(・・・)訳ではない……と思う。
 だから何かあったと言われればあったが、何かされたと言われればされてない、と答えることは嘘ではない。

 ……なんて。ややこしいことを言ってるけど、これは全部自分の為だ。

 あの日から、千歳くんとは顔も合わせていない。
 なのに2週間経った今も胸の苦しみだけはまだ消えずに残ってる。

『あー……ごめん、間違えた』

 あの日の千歳くんのあの言葉が何度も脳裏をよぎり、その度に泣きそうになるほど苦しくなる。
 だから自分の心を守るために、少なくとも千歳くんのことを自分の中で過去にできるようになるまでは、千歳くんのことは思い出さない様にしようと思った。
 俺たちには何もなかったって。ただ最初から生きていく世界の違う人だったんだってそう思えば少しだけ心が楽になれるから。

 顔を見ると心臓がつぶれてしまうほど痛くなる。
 声を聴くと、心が壊れてしまうほど苦しくなる。
 ……だからあの日から、俺は千歳くんを避けている。と言っても、あの場所へさえ行かなければ意外と顔を合わせることはなくて。
 結局俺と彼の繋がりはその程度だったんだと、会おうと思わなければ会えない関係だったのだと思い知らされるようで、それはそれで少しの寂しさを感じてしまう。
 俺の心は弱虫の矛盾だらけだ。