「朔センパイ、ハグしましょう」
「……はい????」
唐突な彼の言葉に、俺の思考は一瞬停止する。
いつものように友達と昼食を取ってから、誰にも内緒で千歳くんの待つ他には誰もいないこの場所へ来ることが当たり前になってきた今日この頃。
時々彼は突拍子もないことを口にすることがあるが、今日ほど理解が追い付かないことはそうそうない。
「だーかーら、ハグです、ハグ」
「いや、ハグは分かるんだけど……えっと、ちょっと待ってね。なんていうか理解が追い付かなくて……どうして急に?」
胡坐をかいて定位置に座りながら、俺に両腕を広げて伸ばしている彼に、俺の脳内はクエスチョンマークで埋め尽くされる。
「センパイ知ってますか? ハグには1日の約三分の一のストレスを軽減する効果があるんです。オキシトシンやセロトニン、ドーパミンが分泌されるだけでなくてストレスホルモンであるコルチゾールが減って────」
「ストップ! 千歳くんストップ! えっと、確かにそんな話は聞いたことがあるけど……でもさすがにハグは……」
友達同士でもしないし、それに家族以外としたことなんかないし……それに何と言っても恥ずかしい!!!
流石にそれは断わ……
「……だってセンパイ、俺に貰ってばっかだっていつも気を使ってくれてるじゃん? いくら俺が気にする必要はないって言ってもセンパイはこれからも気にし続けるでしょ?」
「うぐ……」
確かにそうかもしれない。
千歳くんは俺を甘やかすことをご褒美だなんていうけど、でも貴重な昼休みの10分を奪ってしまっていることは事実で。
それを気にしないとかは到底俺には無理な話で……
「だったら双方徳があることをすればいいんじゃんって思って。ハグすればセンパイも俺もストレス軽減して幸せになれえるんで、winwinかなって思ったんですけど……」
そんな風に言われては決心が鈍る。ただでさえ頼まれごとを断ることは苦手なのに。
でも、やっぱりいくらストレス軽減と言っても男同士でハグは普通じゃない、よな……?
「そんな深く考えないでよ。ほら、律だっていつもセンパイに抱き着いてんじゃん? おんなじだって」
……そう言われてしまえば本当にそうで。弟ではあるものの律も男だけど、所かまわず何も気にせずに俺に抱き着いてくるし、俺もそんなことを気にしたことはなかった。
なんならいつまでも子供で可愛いくらいにしか思ってなかった。
そう思うと、別に普通、なのか……?
と、確実に普通のゲシュタルト崩壊が起こってきた中で、「ダメ……?」なんて可愛い顔でトドメを刺されれば、「ダメ、じゃない……」と答えるしかなく……
「で、でも一回だけね! 少しだけだからね!」
「分かったわかった。はい、朔センパイ、おいで」
「っ、」
「俺の足の上に乗っていいよ。体重もかけてくれていいから」
「流石に乗っかるのは……」
「でも乗っからないとハグ出来ないよ? ほら、足で跨いでそのまま俺の上に座って? 抱っこされるみたいに」
「抱っこって……!」
「ほーら、静かに。人来ちゃうよ。大丈夫だから、そう、そのまま遠慮せずに腰を落として」
広げられた両手に包み込まれるように遠慮気味に千歳くんに自分の体を預ければ、ぎゅっと背中に回された腕のせいで心臓の音が重なるほどに密着する。
頭に回された片腕が子供をあやすように優しく数回俺の頭を撫でると、そのままぎゅっと少しの隙間すらも埋めるかのように引き寄せ抱きしめられる。
「お、もく……ない……?」
「むしろ軽すぎ。どんだけ重くなっても俺は支えられるからさ、だから安心してたくさん食べて太ってよ」
「これでも結構食べてるんだけどなぁ……体質なのかも」
「確かに。律もたっぱはあるけど線は細いもんな。陽もそうだし」
「あれ? 陽のこと知ってるの?」
「あー……、前に律の写真で?」
「なるほど。可愛いでしょ、うちの弟。その下にあと2人双子がいるんだけどみんな本当に可愛いんだよ」
「でも俺には朔センパイが一番可愛く見えてるけどね」
「……ばか」
千歳くんの背中に腕を回していた左手で頭をぺしっと軽く小突けば、楽しそうに静かに笑う彼の声がいつもよりもずっと近くで聞こえる。
密着した体のせいで、幾分も早く、大きく動く俺の心臓の音はきっと彼に聞こえているだろう。
だってきっといつもより少しだけ速い彼の鼓動も俺に伝わって来てるから。
「センパイの心臓の音、なんか安心すんね」
「……うるさいだけでしょ」
「ふっ、うるさいの自覚あるんだ?」
「~~~っ!!」
「嘘。うるさくなんてないよ。本当に、ずっとこうしてたいくらい心地いい」
いつもよりもどこか甘く、でもいつもと同じ優しい声。
それがなんだか無性に恥ずかしくて、今だけは抱きしめられてるおかげでこんな顔見られなくてよかったと少しだけ、ほんの少しだけ思ってしまった。
