千歳くんは俺を甘やかしたいらしい




「それじゃあ俺ちょっと行ってくる」
「はいよーって、最近メシ食ってすぐどこ行ってんの?」
「んね。ここんとこ毎日じゃん」
「あ、もしかして彼女出来たとか!? 俺たちに内緒で一緒に過ごしてんのか!?」
「違うって。そんなんじゃないよ」
「ほんとかぁ? 怪しい」
「ほんとほんと、怪しくないって。それじゃあお先に」

 ニヤニヤしながら俺を見る友人たちを手で軽くあしらってから俺は教室を出る。
 向かうのは人気のない北棟3階の一番奥の、屋上へと続くその階段をのぼった先にある踊り場。
 階段下からは見えない死角になっている腰壁に背を預けながら、彼はそこにいる。


「千歳くん」
「朔センパイ」

 俺の顔を見るなりいつものクールな表情が少しだけ解け、向けられる綻んだ表情に俺の心臓は少しだけドキッと弾む。

「ごめんね。待った?」
「いや、俺のさっき来たばっかなんで」
「そっか。あ、はいこれ。これあげる。いつものお礼に」

 そう言って、ここへ来る途中に買ったミルクティーのパックを差し出すと、千歳くんは嬉しそうに少しだけ目を見開く。

「いいんですか? てか、これ……」
「これ好きだって律が話してるの聞いたんだ。甘いの、好きなんだ?」
「あーーー……、そうっすね。まぁでも似合わないってよく言われます」
「ん? そうかな? 似合わないことはないと思うけど。いいじゃん、甘いの好きなの。俺も好きだよ」

 壁にもたれながら座る彼の隣に俺も静かに腰掛ける。いつの間にか定位置になったこの場所が、距離感が、今は心地がいい。

 あの日から、数日。
 俺たちは昼放課の昼食後に毎日ここで会うようになった。
 誰も知らない、俺と千歳くんだけの秘密の時間。
 まるで密会だなんて思わなくもないが、決してそのような(・・・・・)関係ではない。ただ、静かな場所で話をしながら、時々千歳くんに甘やかしてもらうだけの少し変わった関係があの日からずっと続いている。

「それよりも。さっき教室から見えました。体育の片付け、また一人でやってたでしょ」
「ん-? 一人じゃないよ。途中から友達が気付いて手伝ってくれたし」
「それでも気づかれなかったら一人でやってたでしょ」
「まぁ……それはそうかもだけど……」
「本当センパイって、甘え下手ですよね。そう言うところが可愛いんですけど」
「可愛いって……俺男だけど」
「可愛いもんは可愛いんで、いいんです」

 いつもと同じように優しく俺の頭に触れる手。
 もうすっかり触れられることに慣れた俺は、その手を自然に受け入れる。

「きっとセンパイの友達も片付け誘ってもらえた方が嬉しいですよ」
「えぇ? 片付けだよ?」
「片付けでもです。センパイだって友達が一人で片付けしてるの後で知るよりも、一緒にやってってお願いされたほうが嬉しいでしょ?」
「それは、そうかもだけど……」
「ふっ、まーた困り顔してる。友達にも、もちろん俺にも気を使う必要なんてないんですよ」

 そう言いながら千歳くんは俺の両頬を軽くつまむと左右へと伸ばすように引っ張る。

「べふに、ひをふかってるはへじゃ……」
「だったらもっと気にせず頼ってください。センパイになら下僕のように扱われても誰も文句言わないですって。もしそんな恩知らずがいたら俺がやっつけるんで。だから、ね?」

 千歳くんの言葉はいつも温かい。
 すべての言葉が優しくて、いとも簡単に俺の凝り固まった心を解してしまう。

「ほら、練習してみましょう。俺に何かお願いしてみてください。あ、命令でもいいですよ」
「命令なんてそんなことしないよ。でも、お願いか……急に言われても思いつかないや」
「なんでもいいんですよ? 三回まわってワンと鳴けでもいいし、明日の昼放課購買行って限定パン買ってこいでもいいし。本当になんでもいいんです、センパイの言う事なら俺なんでも嬉しくて聞きたくなるんで」
「もう、千歳くんは俺のことなんだと思ってるの? そんな酷いこと言わないよ」
「言ってもいいのに。俺にとってはむしろご褒美だし」
「ふっ、ご褒美なんだ?」
「そうですよ? こうやって先輩甘やかすのも俺にとってはご褒美の一つですしね」
「甘やかされてるのは俺なのに?」
「なのに、です」
「……なにそれ。変なの」

 ……本当に、変だと思う。命令されて嬉しいなんて。甘やかすことがご褒美だなんて。
 でも、千歳くんの隣にいるこの時間を居心地がいいと思う自分はもっと変なのかもしれない。
 ついこの間まで知らなかった男の子。
 弟の友達じゃなければ一生関わることはなかったであろう自分とは全てが真逆の男の子。
 なのに、彼に触れられる手の温度が、彼の声が、彼の思いやりのある言葉が、静かな空間に2人きりなのに少しも嫌じゃないこの空気が。
 すべてが心地がよくて、離れるのが少しだけ、本当に少しだけ惜しいと思ってしまう。
 
いつの間にか彼と過ごすたった10分の時間が、俺の中でどんどん大きく膨らんでいった。
 宝物を手に入れた時のように、その事しか考えられないくらい心が満たされるように。
 誰にもとられたくない。誰にも知られたくない。この時間は自分だけの物だとそう主張したくなるように。
 それくらいこの秘密の時間は俺にとってはなくてはならない日常の一部になっていった。