「朔、ごめんこの資料なんだけど……」
「春瀬ー! 生徒会が手伝ってほしいってさっき……」
「春瀬、担任が呼んでた。なんでも手伝ってほしいとか? なんかそんなこと言ってたけど」
「春瀬」
「春瀬くん」
「朔───……」
つ、疲れた……。なんで今日に限ってこんなに呼び出されるわけ……?
朝から謎の呼び出しラッシュに疲労困憊になりながらも何とか隙を見て人気のない場所へと逃げてきた俺は、周りに誰もいないことを確認してから階段の段差に座り、項垂れたように力無く頭を下げがら大きく深いため息を吐く。
普段から誰かに頼られることは多いと思う。それでもなんでか今日に限って休み時間の度に誰かに呼ばれ、校内を走り回っては雑用を手伝わされる始末。
頼られやすい自覚はあるし、断ることが苦手なこともあって頼られるとついなんでも手伝ってしまう。そのせいで生徒会に入っているわけでもないのに何度も手伝ったおかげで生徒会の仕事も覚えたし、先生たちにも頼りにされて何かある度に雑用という名の手伝いをさせられることもしばしば。
それが嫌なわけでもやりたくないわけでもないけれど、ただやっぱり時々疲れてしまう時がある。
都合のいいように使われているだけなんじゃないかと。そうネガティブになってしまう時がある。
俺じゃなくてもいいじゃんと、そう考えてしまう時がある。
一人になると余計にそんなことを考えてしまうけれど、だからと言って人目につく場所や騒がしい場所には今はいたくない。
「何にもしたくないなぁ……」
誰もいない静かなここは、何もないからこそ安心して弱音を吐ける。
「ずっとここに居たい……」
普段は誰にも聞かせることのできない言葉を、思いをポツポツと零すようにゆっくりと静かに吐き出す。
「俺だって……誰かに甘えたいよ……」
「どんな風に甘えたいの?」
「え────?」
頭上から急に落とされた言葉に、俺は跳ねるように顔を上げる。
確かにさっきまでは誰もいなかったし気配一つなかったはずだ。しかし今、顔を上げた俺の顔を上から覗き込む様にして俺の前の一段低い段差に立っているのは数日前に出会った律の友人の────
「千歳くん!? え、なんで、ま、え、まって、もしかして今の聞い……」
「ねぇ、どんな風に甘やかされたいの?」
「っ!!」
表情一つ変えず、コテン、と首をかしげながら聞いてくる千歳くんと、顔が赤いのか青いのか分からず内心パニックの俺。……いや、きっと真っ青だ。
お、終わった……
弟の友人にこんなことを聞かれるなんて……どころか、男としてあまりにも情けないし恥ずかし過ぎる。穴があったら今すぐ埋まってしまいたい。それも地中奥深く自力では這い上がれないほど深い場所に。
あまりにも生きている心地のしない現実に、心臓が痛いくらい締め付けられる。
「ご、ごめん! 変なこと聞かせて! 本当キモいよね! あ、えっと、その、そう! 忘れてくれると嬉しい!! それじゃ────」
「別にキモくないし。それよりも」
羞恥心で今にも消えてしまいたくて。早口でまくし立ててその場を去ろうとした俺の腕をパッと掴むと放そうとはしない千歳くん。
一段下にいるはずなのに目線の高さが同じで目の前にある整った顔に真っすぐに見つめられドキンと一度、胸が大きく高鳴るのが分かった。
「俺じゃダメ?」
「え?」
「俺が朔センパイを甘やかしてあげるよ」
あまやかして、あげる、よ……?
「どんな風に甘やかされたいの? 教えてよ、俺に」
「え、いや、え? え?」
彼の言葉が上手く理解出来なくて、脳の処理が遅れる。
それどころか、もはやこの状況が現実なのかすら怪しくなる。
あまりにこんな夢のような状況に慣れていなさ過ぎて、誰にでもいいから甘やかされたいと思った俺が見せている妄想なのではないかと。
しかし、そっと俺の頭に触れられた手の大きさや重さ、温かさや優しさがすべて現実なのだと俺に警告する。
「こう、とか? てかセンパイの髪柔らかいね」
「んぐっ!?」
「ふっ、何それ。かーわい」
これがもし漫画で俺が女の子だったら、確実に俺の心臓を今ハートの矢が貫いただろう。それどころか、あまりのメロさにぶっ倒れていたかもしれない。
だって、男の俺でさえあまりの千歳くんの優しい瞳の破壊力に立ち眩みがしたほどだ。
「律からいつも聞いてるよ、きょうだいのためにいつも限界まで頑張ってくれてるって」
「あ、いや、それは……俺はお兄ちゃんだから。忙しい両親に代わって弟たちの面倒を見るのは当たり前だよ」
「当たり前なんかじゃないよ。それは当たり前なんかじゃない」
そう言いながら俺の頭を撫でる千歳くんの手は優しいけれど、少しだけ胸の奥がこそばゆくなる。
「気持ちい?」
その言葉に、コクン、と小さく頷く。
きっとさっき見たような優しい瞳を浮かべているんだろうと思うも、恥ずかしくて顔を上げることができない。
「……気持ち悪くないの? 揶揄ったり、馬鹿にしたり……」
「気持ち悪くなんかないし、そんなことしないよ」
彼のことをそんなにたくさん知っているわけではないけれど、ここ数日見てきた彼は俺を見つけると挨拶してくれて、礼儀正しくて、落ち着いていて。確かに少しクールで近寄りがたい雰囲気はあるけれど、でも誰かの悪口を言ったりしているところを見たこともない。
だからこそ、確かに千歳くんはしなさそうだと思った。
だからこそ、少しだけ強張っていた緊張がほどけた気がした。
「……口に出さないだけで誰にでもあるでしょ。誰かに甘やかされたいとか、誰かに甘えたいとか。そう言う気分の時」
「あるの、かな……?」
「あるよ。朔センパイはさ、頑張りすぎなんだよ。家ではきょうだいの世話をして、学校でも色んな奴に頼られて。律なんてもう子供じゃないんだから自分のことくらい自分でさせればいいのに」
「俺から見たら律もまだまだ全然子供だよ。わがままだし」
「ふっ、それはそう。あいつマジでわがままだもんな。……でもさ、そんなに頑張ってたら息が詰まって当たり前だよ」
千歳くんの優しい声に、言葉に、なんだか少しだけ涙が出そうになる。
これまで頑張ることが当たり前だったのに、そうじゃなくていいとはじめて言われた気がして、胸と鼻先が熱くなるのを感じる。
「だから、さ」
「え?」
突然千歳くんによって触れられ、持ち上げられた顎。
強制的に顔を上げさせられ、吸い込まれてしまいそうなほど綺麗な瞳と視線がぶつかる。
「俺にさせてよ。センパイを甘やかすの。溶けるくらい甘やかしてあげるから」
