千歳くんは俺を甘やかしたいらしい



「あれ? 朔、メシ食わんの?」
「弟が弁当忘れてっちゃって。届けて来るから先に食べてて!」
「おー、りょーかい。いってらー」

 チャイムと同時にいつものように俺の席に集まった友人たちに、手に持った弁当の包みを見せながら俺は教室を出る。
 昼放課の学校はどこもかしこも賑やかだ。
 教室も廊下も人で溢れ、廊下から見える中庭のバスケコートでは順番に昼食をとりながら楽しそうに騒いで遊ぶ生徒の姿もある。

「……いいな、たのしそう」
 
 青春を謳歌し輝いている彼らを眩しく、そして少しだけ羨ましく思う。自由で、無邪気で、今この瞬間を純粋に精一杯楽しんでいる彼らが。
 その自由(・・)が、少なくとも俺が10代のうちは無縁だと分かっているからこそ、少しだけ切なく感じてしまう。


 17年間生きてきた俺の人生はずっとお兄ちゃん(・・・・・)だった。

 俺が生まれた一年後には次男の(りつ)が、その数年後には三男の(ひなた)が。そして4年前には双子の弟妹(なぎ)(ゆず)が生まれ、俺はずっと休むことなく兄としての役割を与えられてきた。

 それは今朝も例外ではなく……

「うああぁぁぁん! 朔にいちゃ抱っこ!」
「……おしっこ」
朔兄(さくにい)! 俺の靴下知らね!?」
「ねぇねぇ朔ちゃん、俺の弁当はー?」
「ゆず、おいで。抱っこしてあげる! 陽は靴下出しておくから凪をトイレ連れてってあげて! 律の弁当は玄関! 忘れずに持っててね!」

 忙しい両親に代わり弟妹の面倒を見るのは俺の役目で、それは兄というよりは父であり母のようでもあると常々思う。
 弟妹を起こすのも弁当を作るのも、朝の支度の手伝いをするのも保育園の送迎も、夕食作りも洗濯や掃除も。気づけばその全てが俺のこの家での役割になっていた。
 ただ、それが嫌というわけではない。

「凪、柚。そろそろ保育園行くよ」

 俺の声掛けに可愛い声で「はーい」と返事をし、自分でちゃんと黄色い帽子をかぶりリュックを背負う双子の弟妹は正直めちゃくちゃ可愛い。
 自分でやれることは自分でやってくれる素直ないい子たちで、そりゃあ大変なことが無いとは言わないけど、それでも少しずつ新しいことができるようになるこの子たちの成長を間近で見れることを幸せだと思う。

 ────それでも時々、息が詰まりそうになる時がある。
 自分の存在意義が分からなくなってしまいそうになる時がある。
 誰かに甘えることが苦手なくせに、誰かに甘えてみたいと思う時がある。

 ……誰か、なんて。誰だよって感じだけど。そんな相手いないくせに。

 今朝の慌ただしさを思いだしながら自分の考えに自分で冷笑を向けながら廊下を進めば、いつのまにかつい数か月前まで通っていた1年の廊下へと辿り着いていた。
 2年の廊下よりも活気ある騒がしさに包まれながら、俺は早足で歩き目的の教室へと向かう。
 そして辿り着いた教室の中を覗こうとしたところで、教室から出てきた人とトンっとぶつかり体勢を崩す。

 あ、やば、これ転ぶかも。

 ゆっくりと後ろに倒れるのをまるでスローモーションのように感じながらそんなことを無駄に冷静に考えている俺。
 しかし体が後ろに倒れ尻もちを付こうとするよりもずっと早く、グイっと強い力に引き寄せられると一瞬にして俺は大きく温かな何かに包まれる。

 何かに、包まれ……る???

「っ、あぶな」

 少し焦ったような低く、でも耳障りのいい声が頭上から聞こえ俺は慌てて顔を上げる。と、そこには本当に同じ人間か? と疑いたくなるほどのイケメンの顔が。
 整った顔にかっこよくセットされた髪。程よく気崩された制服の胸元。
 これぞ陽キャ! 一軍男子! リア充! モテメン! とその全ての言葉がしっくりくるような、自分とは一生無縁であろう男の子。
 と、呑気にそんなことを考えていたところで、大勢の視線を浴びながらイケメンに抱きしめられているこの状況に気づき恥ずかしさに駆られ慌てて体を離す。

「ご、ごめん! 助かった、ありがとう!」

 あんな風に誰かと密着することなんて幼い双子以外にはおらず、ましてや自分より大きな体の人となんて後にも先にもないと思っていたので恥ずかしさが勝り顔が熱くなるのが分かる。

「え? あー……、いや。転ばせずにすんでよかったです。ていうか────」
「あれ? 誰かと思ったら朔ちゃんじゃん」
「律!」

 やっほー、なんて口にしながら片手を軽く上げ、後ろからひょこっと顔を出したのは弟の律だった。

「どうして響と一緒に……って! 響、朔ちゃんのことイジメてないよね?」
「は? そんなことしてねぇよ」
「ふーーーーん。ならいいけど。俺の(・・)朔ちゃんが可愛いからってちょっかいかけないでよね」

 と言いつつ、後ろから俺をぎゅっと抱きしめる律。

「俺のって別にお前のじゃねぇだろ。てか、朔ちゃんはものじゃねぇし」

 そう言いながら、何故か俺の右腕を掴む律が響と呼ぶ男の子。
 てか、朔ちゃんって……
 初対面の男の子、それもイケメンにそんな風に呼ばれなんだかこっぱずかしくなり、なんだかちょっと落ち着かない。
 それにしても……

「え!? 今なんて言った!? あの誰にも興味ない響が、朔ちゃんって呼んだの!? もしかして興味持った!? やだやだ絶対に朔ちゃんは響には渡さないから!」
「やだって、駄々っ子かよ。てか放せよ」
「響こそ俺の許可なく勝手に朔ちゃんに触れないでよ!」
「うるさい。お前んじゃないから離れろ」
「響のでもないし、俺は弟だし!」

 ……これはいったい、どういう状況???

 イケメン二人に挟まれ何故か取り合われている(?)モブ。
 きっとその言葉が今この状況を表すのに最適な言葉だろう。周りからの視線がすこぶる痛く、肩身が狭い。
 兄バカと言われても仕方ないが律は俺とは違ってかなりのイケメンだ。そして何と言っても優しく可愛い自慢の弟である。
 ……本人に言うと怒るから絶対に口には出さないけれど、正直律の隣を歩くことに気後れすることもあるほどだ。そのくらいイケメンの律だけでも視線を集めるだろうに、今は国宝級と言っても過言ではないイケメンまで目の前にいる始末。

 刺さる刺さる。周りの視線が刺さってるってば!!!

 きっと視線を向けられることに慣れているのであろう2人は全く気づいていないようで……というか多分まったく気にしていないんだろう。未だに謎の言い合いを続けている。
 なんていうか、周りなんて一切興味興味ありません。周りにどう思われようが関係ないです。みたいなスタンス。これぞ一軍男子って感じ。
 俺には到底なれそうにないと、改めて思い知らされる。……別になりたいわけじゃないけれど。

 と、このままじゃ埒は開かないし俺の昼食を取る時間もなくなりそうなので仕方なく止めに入る。

「2人ともそこまで。ほら律も離れて。せっかくお弁当持ってきたのに食べる時間なくなっちゃうよ」
「あー、そうだった! 朝弁当のこと聞いといて忘れてきたんだよね。もってきてくれてありがと! 朔ちゃん大好き!」
「もう、調子いいんだから。次からは気を付けてね。それから、えっと……」
「千歳 響だよ。同中の腐れ縁」
「千歳くん。改めて、律の兄の朔です。さっきは助けてくれてありがとう。ぶつかっちゃってごめんね」
「あー、いや。ぶつかったのは俺なので。怪我がなくてよかったです」
「ふふっ、優しいね。ありがとう。これからも律と仲良くしてあげてくれると嬉しいな」
「ちょっと、朔ちゃん!? 仲良くしてあげてるのは俺の方ですー!」
「そんなこと言わないの! あ、じゃあ俺もそろそろ戻らなきゃ」

 またね。と2人に声をかけその場を後にする。
 廊下を進んだ先で会談の角を曲がろうとしたときにチラッと振り向くと、律と千歳くんは俺が振り向いたことに気づき手を振ってくれていて。そんな2人をいい子だななんて思いつつも、やっぱり周りからの突き刺さる視線が痛くて。
 俺は小さく手を振り返してすぐに角を曲がって自分の教室に小走りで帰ったのだった。