唄うことでしか、ボクはボクになれない

「あの曲を、あえてアコースティック! カッコいいかも!」と梨香はノリノリだ。
「アヤノさん。アコースティックって何ですか?」
 伊知川くんは申し訳なさそうに聞く。
「エレキギターじゃなくて、木のギターで演奏するようなイメージかな」
「あぁ、何となく分かりました。落ち着いた音色で、ドハデな曲を演奏するんですね」
「そう! あれ? 伊知川くん、嬉しそうだね?」
「はい! アヤノさんの言葉が理解できたからです」
 最近の伊知川くんは、無邪気に私にグイグイと想いを伝えてくるから、照れてしまう。
「伊知川くんはアヤノのこと、好きなんだね」と梨香が冷やかす。
「やめてよ」と言いかけた瞬間、伊知川くんは「はい! アヤノさんの役に立ちたいです」と、否定しない。
 どうしよう。私、こんな真っすぐに男子から告白されたの初めてなんですけど……。でも、伊知川くんは、こういうの、どの程度分かって言っているのかな? 私、伊知川くんが思うほど、いい女子じゃないよ。
「まあ、伊知川の告白は置いといてさ、うちのバンドが初めてアコースティックをするアヤノの提案は悪くないな。でも、アコースティック用の楽器、みんな持ってるのか? 私はアコースティック・ギターを持っているけど、ベースやカホーンは持ってないぞ」
 チヒロの言うことはもっともだ。
「カホーンは吹奏楽部が持っているから、借りればいいよ」と梨香は答える。
「アヤノは? アコースティック・ベース持ってるのか?」
「ふふ。家にね、お父さんのウッドベースがあるの。それで弾く」
「ウッドベース!? 女子高生がバンドでウッドベースを演奏したら、ビジュがいいな!」とチヒロは喜ぶ。
「上手くいけば、コンテストでも使えるかもしれない。明日から、アコースティックバージョンの練習もやろう」
 チヒロは燃えていた。
 イベントのステージに出るのも、すべてはコンテストのためだ。
 去年、コンテストの東海予選で3位になったものの、決勝ステージに進めなかったのが相当悔しかったのだろう。私も梨香も悔しくて、大泣きした。決勝ステージに進めるのはたった2組。あの時、私はボーカルとして限界を感じたのだ。
 あの時、決勝に進んだバンドはボーカリストの声が圧倒的で、そのうちの1組は来年か再来年にデビューするらしい。
 もう、負けたくない。
 今年はロックの神様に愛されているボーカリストの伊知川くんがいる。
 私たちの未来が変わるかも知れない。

 次の日から、アコースティックバージョンを仕上げることに、私たちは必死になった。
 イベントまでは、わずか10日しかない。それまでに、私たちはドハデなアッパー曲「イトとイト」をアコースティックで演奏できるまでに仕上げなければならない。
 梨香はカホーンを叩くのが初めてだったが、持ち前の優れたリズム感で、すぐにマスターしていく。
 ウッドベースは私よりも大きくて重い楽器で、お父さんに運ぶのを手伝ってもらった。これまで何度かウッドベースを弾いたことはあるが、この楽器はいつも使うエレキベースと違って、音階を刻むフレットがネックにない。だから、音感を(つか)むのが難しかった。でも、でっかいウッドベースを抱きかかえるようにして弾くのは気持ちいい。
 チヒロは、何をやっても器用だから、アコースティック・ギターを簡単に弾きこなす。いや、チヒロだけじゃない。伊知川くんも器用だ。
 いける。
 このアコースティックバージョンに、私たちは手応えを感じつつあった。

 そして、ついに「十万石(じゅうまんごく)まつり」の日がやってきた。
 私たちの出番は、午後2時30分頃。
「おーい、アヤノ。待ってくれ」
「もう、遅いよ。お父さん、こっち!」
 人混みの中、お父さんはウッドベースをステージ脇まで運ぶのに苦労していた。お父さんはそもそも細くて、力がある訳ではない。でも、私のためなら何でも協力してくれるから助かる。
 趣味でジャズのベーシストとして活動するお父さんだが、この数年前はまったく演奏していない。だから、今はこの楽器を私が使い放題となっている。
 ステージ脇に着くと、もうみんな揃っていて、搬入が済んでいた。
 ステージでは、地元の大学生によるチアダンスが繰り広げられている。
「やあ、みんな、久しぶりだね!」
 お父さんが声をかけると、みんな、笑っていた。
「アヤノのお父さんってさ、いつみてもイケオジだよね?」と梨香は言う。
「そう?」
 私はお父さんをそんな目で見たことがないから分からないが、イケオジと言われるのは嬉しい。
「おや、梨香ちゃん。キレイになって。チヒロちゃんも、大人っぽくなったもんだ」
 ただ、お父さんはいつも話すことがセクハラ気味で困る。
「こんにちは。新入りの伊知川です」と伊知川くんは礼儀正しくお父さんに挨拶(あいさつ)する。
「キミが、伊知川くんか。いい男だな。今日のステージを楽しみにしているよ」
 そう言って、お父さんは会場を一旦去った。後でお母さんと一緒にステージを見に来るそうだ。
 楽器の搬入(はんにゅう)はしたものの、時間はまだ午後1時すぎだ。出番まで1時間以上ある。
 私たちは露店を見て回ることにした。
 会場となっている大垣駅前は歩行者天国となっていて、チョコバナナや唐揚げ、焼きそば、たこ焼き、綿菓子など美味しそうな店か並ぶ。
 さっそく梨香は、リンゴ飴を買って食べていた。
 会場には縁日の店ばかりでなく、市役所や共同作業所、国道事務所などが活動をPRするためにブースを出している。その中に、伊知川くんのいる高等特別支援学校も出店し、生徒がつくった小物やクッキーなどを販売していた。
「あれ、伊知川くんのところだよね?」
 私が指差すと照れくさそうに「はい」と答える。
「せっかくだから、寄っていくぞ」とチヒロが特別支援学校のブースに近付いていく。私たちも後を追った。
「いや、今日はやめておきましょう」と伊知川くんはなぜか行くのを嫌がっているが、チヒロはお構いなしだ。
 ブースでは、初日に同伴した山下教頭がチラシを配り、体操服を着た生徒が販売をしている。
「お久しぶりです」と私が山下教頭に声をかける。
「ああ、皆さん。伊知川くんも! 来てくれたのか。ありがとう!」と山下教頭は、メンバーに握手してくる。熱意のある人だ。
「伊知川くんは、大垣高校で部活に参加するようになって、すごく前向きになったよ。キミたちのおかげだ。おまけするから、ぜひ商品を見てくれ」
 恥ずかしいのか、伊知川くんはずっと私たちの背後に隠れるようにしていた。
 特別支援学校の生徒はブースに5人いて、「いらっしゃいませ」と声をかけてくる。そして、伊知川くんに笑って手を振っていた。
 山下教頭に案内されて、私たちはテーブルに並んだクッキーやパン、ポーチ、ミサンガなどを眺める。チヒロはカラフルなミサンガが気に入ったようで、何本も手に取っていた。
「これ、ください」
 私は袋詰めのクッキーを取って、小銭で支払う。
 その時、接客をする女子生徒の1人が私を(にら)んでいるのに気付いた。すごく怒っているようだ。髪を編んでいて、体も小さいからパッと見ると幼く見えるが、きっと、私や伊知川くんと年は変わらないのだろう。
 なぜ睨まれているのか、私はさっぱり分からない。
「あなたが、アヤノさん?」
 何で私の名前を知ってるの? その女の子は、最初から喧嘩腰で怖い。
「はい」
「伊知川くんを返して! ずるい! 伊知川くんは私たちの学校の生徒だもん。とらないで!」
 その女子は突然その叫び出し、泣き出す。チヒロと梨香も驚いて、立ち尽くす。
 すると、伊知川くんがその女子の前に飛び出して来た。
「ミズキさん、やめようよ。ボクはアヤノさんのおかげで、バンドに誘ってもらえたんだ。悪く言わないで」
 その女子は、ミズキさんというようだ。伊知川くんは必死にミズキさんをなだめている。
「おかしいよ。何で、伊知川くんがあっち側にいるのよ。こっち側でしょ? あっちは私たちがいちゃいけないところじゃない!」とミズキさんは私たちを指差す。
「『あっち』も『こっち』もないだろ? 人はみんな平等だ」とチヒロはミズキさんに言う。
「ウソつき! いつも私たちに線をひくのは、あっち側のあなたたちじゃない!」
 ミズキさんの言っていることが胸に刺さる。確かに、知らないうちに私たちは障がい者に線を引いているかもしれない。それに、確かにこの世のルールを決めているのは、すべてを健常者だ。
「伊知川くんは歌がすごい。だから、バンドを一緒にしたいだけだよ。奪ったりしないからさ」と梨香もフォローする。
「あっち側の人は、いつもなら私たちが邪魔だから分離するくせに、都合のいい時に、都合のいい人だけ奪うもん」
 すると、山下教頭も心配して駆け寄ってきた。
「はいはい、ミズキさん。落ち着いてね」と山下教頭はミズキさんの頭をなでた後、私たちに申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「すいません。ミズキさんは優しい伊知川くんを心の拠り所にしているから、つい、こんなことを。後で言い聞かせますのでね」
「おかしいよ。あっち側の人はずるい。いつも、ほしいものを全部奪っていく! 伊知川くんをかえして!」
 その場を去る時も、ミズキさんはずっと叫んでいた。
 ミズキさんは伊知川くんをバンドに誘った、私が憎いのか。
「あっち側」というミズキさんの言い方が、私には悲しかった。
 立ち去る時、伊知川くんは「すいません」と私たちに謝り続ける。
「伊知川が悪いんじゃねえ。……悪いのは、私たち健常者なのかもしれないな」とチヒロはいつになく弱気だった。
「私は線を越えたいよ!」と私が言うと、みんな頷いてくれた。