「伊知川。Aメロの最後の『それって』の部分、もう少しためられるか?」
「ためる?」
「梨香のバスドラと同時じゃなくて、少し遅らせた方がカッコいいぞ」
コンテスト用に新しい楽曲をチヒロがつくってきて、今日が初めての音合わせとなった。
ロック色の強いスローなバラード調で、大昔のボンジョビを思い浮かべるような曲だが、まだ細かいアレンジやボーカルの重ね方などが固まっていない。新曲は、毎回こんな風に演奏をしながら仕上げていくのが、私たちのやり方だ。
「分からないです」
伊知川くんは、まっすぐにチヒロを見て言う。
「いいぞ、伊知川! 今回は『すいません』って言わなかったじゃないか。そうだ、分からなきゃ分からないって堂々と言えばいい」
「はい」
チヒロの指示を、伊知川くんはすぐに理解できない。少しずつだが、一緒に練習するうちに伊知川くんの特性が分かるようになってきた。
こういう場合は、実際に唄っているのを聴いてもらった方が早い。
「私がチヒロの指示どおりに唄ってみるから、聴いてよ」
「はい」
伊知川くんは、どこまでも素直だ。
──Sha la la って口ずさんでみて
──Aha ha haって一人笑い飛ばした
──あらら… あなたに出会って
──私はすっかり陽気になった それって気まま?
チヒロにしては珍しく女子っぽい歌詞だ。これを、あえて伊知川くんに唄わせたいらしい。
チヒロのイメージに合わせて私が唄ってみると、「いや、まだもっとためられるんじゃない」と今度は梨香が提案する。
「じゃあ、もう一回、私が唄ってみようか」と言うと、伊知川くんは手を上げて、私を制止した。
「イメージできました」
伊知川くんは笑顔で言う。
「私が唄ったのより、さらにためるんだよ。分かる?」
「はい。チヒロさんは『それって気まま』の部分を早口でラップみたいにしてしまってもいい、って考えてると思います」
「そうだ」
「やってみます」
この部活に参加するようになって、伊知川くんは変わり始めている。出会ったときのようにオドオドしなくなり、自分の気持ちを真っすぐに言えるようになってきた。自信がついてきたのだろうか?
いや、伊知川くんだけではない。私たちも、伊知川くん声に影響されて、より高い完成度を求めるようになっている。
「じゃあ、いくよ」
チヒロの指示で再度、演奏してみる。
すると、伊知川くんは見事に調整してAメロの最後をエモく唄いあげた。
やっぱり、伊知川くんはすごい!
「さっさとサビまで仕上げるぞ。目指すのは全国一位だからな」
「全国で一位を目指すんですか? ボクは一位になったことなんてありません」
「なれるんだよ。一人じゃ無理だが、みんなで力を合わせればできる。一位になれば、メジャーデビューできるからな」
「デビューですか?」
「そうだよ」
「ボクもその中に入れるんですか?」
「当たり前だろ! メンバーなんだから」
「はい!」
伊知川くんは、さらに元気になっていく。
ただ、気になっていることがある。
伊知川くんが大垣高校の軽音部の練習に参加するのは、週4回という決まりだった。でも、伊知川くんは最近、毎日来ている。土日や祝日も全部だ。私たちのペースに合わせようと、のめり込んでいる。
これが問題にならないか、心配だ。
本人は、自主的に来ているから問題ない、とはいうけれど……。
「ところで、この曲、タイトルは何だっけ?」
梨香が、ふと楽譜の最上段を指差して言う。チヒロは楽曲をつくる度に、アレンジまでして楽譜を渡してくるのだが、最上段に記入されるべきタイトルが空白のままだったので、私も気になっていた。
「まだ決まっていない。何かいい案があるか?」
「『ロミオとジュリエット』は?」
梨香の提案にチヒロは「うーん」と考える。
「それは、評価されにくいんじゃない。有名な作品を想像してしまうタイトルだと、聴いてからの落差が激しくなると思うの」
私の意見に、梨香は「なるほど」と納得している。
「じゃあ、『夏恋』は?」「『meets girl』は?」「思い切って『SHIN'IN』とかは?」
それでもめげずに、梨香は次々とタイトル案を出していく。しかし、私とチヒロは「うーん」としか答えられない。
「あの……」
そんなタイミングで伊知川くんが手を挙げた。
「カタカナで『キララ』ってどうですか?」
伊知川くんが自分からタイトルを提案してきたから、みんな驚いた。こんなの初めてだ。
「ほう。かわいいタイトルだな。何でキララなんだ?」
「『Sha la la』とか、『Aha ha ha』とかが歌詞にあって楽しいから、そんなリズムでキララ。星がキララっていうイメージです」
その直後、急に伊知川くんは不安な表情になった。
「すいません! つい、夢中になってしまって。音楽のことをよく分かっていないボクが言うべきじゃなかったです。今のはなかったことにしてください」
「いや、いいと思うけど……」と梨香がチヒロよりも先に答える。
確かに、擬音語のタイトルはかわいい。今回の女子っぽい歌詞にもマッチしている。
「え?」
伊知川くんは、否定されなかったことに驚いている。
「私もいいと思う」と同意した。
「そうだな。それでいくか」とチヒロも認めた。
「ホントにいいんですか?」と伊知川くんは申し訳なさそうな表情になった。
「いいんだよ。自信を持て。タイトルは『キララ』で決定だ。各自、楽譜に書き込んでくれ。そっそくこの『キララ』を最後まで仕上げるぞ」
全員が「おー!」と声を合わせた。
その2日後、部活が始まる直前に島田先生がチラシを持って練習場やってきた。
「こんな地域のイベントがあるけど、どうかな?」
島田先生の持ってきたチラシには、「出場者募集」と大きく書いてある。露店やキッチンカーが並ぶ大垣駅前のイベント「十万石まつり」でステージが用意され、ダンスやヒップホップ、アカペラ、バンドなどの応募者がパフォーマンスをするらしい。
「何だよ、ライブハウスじゃないのかよ」とチヒロは不満げだ。
「しかし、伊知川くんの最初のステージとしては、よくないかな?」と島田先生は含み笑いをする。
少し遅れて、伊知川くんが練習場に入ってくる。
「あれ、何を見ているんですか?」と伊知川くんもチラシに興味があるようだ。
「地元の有名な十万石まつりのパフォーマーを募集しているらしいよ。伊知川くんは出たい?」
私は思い切って、伊知川くんに聞いてみた。
「この地域のイベントだと、同じ特別支援学校の生徒やお母さんも会場で会ってしまいそうで緊張しますね」
「別に来たっていいじゃない。ボーカルなんだから、堂々としようよ」と梨香は言う。
「って、このパフォーマーの募集締切って今日じゃん! 応募者多数の場合、抽選ってなってるから、応募してもダメかもよ」
私が指摘すると、島田先生は「大丈夫」と言う。
「実はステージを管理する会社の人と私はプライベートで仲が良くてね。実はこの応募がまだ2、3組空いているみたいで、昨日、知り合いに声をかけてほしいって頼まれたんだ。私の顔を立てるつもりでも出てくれたら、先生は嬉しいんだがなあ」
「そういうことか。先生が自ら出演をオファーするのって初めてだから、驚いていたんですよ。まあ、いいんじゃない? どう、チヒロ?」
出演するようにチヒロに誘いかけてみるが、チヒロは最後まで悩んでいた。
「1組の持ち時間は、8分だけか。演奏できても2曲だ。アヤノならセットリストはどうする?」とチヒロは逆質問をしてきた。
「新曲の『キララ』を最初に試すいい機会だから、これとあと1曲でよくない?」
「スローなバラードの『キララ』は1曲目では厳しいな。2曲目にやるとして、盛り上げる1曲目はどうすればいいか、それを困っている」
「アッパーな『サクら』でどう?」と梨香が提案すると、「屋外であの曲は合うかな?」とまだチヒロは心配している。
屋外ステージは、自分の出番のタイミングで他のパフォーマーが一通りやり切った後だから、意外性のある内容がいいのは今までの経験として分かる。でも、どうすればいいのか……、そうだ!
「チヒロ、最近演奏していないけどさ、『イトとイト』をオープニングにどう?」
「アッパーな曲だが、今度は屋外にしてはハデすぎるような……」
「それがいいのよ。その代わり、いつもと違ってアコースティック・バージョンでやるの! どう?」
「アコースティック!?」
私の提案に、みんな声を揃えた。
「ためる?」
「梨香のバスドラと同時じゃなくて、少し遅らせた方がカッコいいぞ」
コンテスト用に新しい楽曲をチヒロがつくってきて、今日が初めての音合わせとなった。
ロック色の強いスローなバラード調で、大昔のボンジョビを思い浮かべるような曲だが、まだ細かいアレンジやボーカルの重ね方などが固まっていない。新曲は、毎回こんな風に演奏をしながら仕上げていくのが、私たちのやり方だ。
「分からないです」
伊知川くんは、まっすぐにチヒロを見て言う。
「いいぞ、伊知川! 今回は『すいません』って言わなかったじゃないか。そうだ、分からなきゃ分からないって堂々と言えばいい」
「はい」
チヒロの指示を、伊知川くんはすぐに理解できない。少しずつだが、一緒に練習するうちに伊知川くんの特性が分かるようになってきた。
こういう場合は、実際に唄っているのを聴いてもらった方が早い。
「私がチヒロの指示どおりに唄ってみるから、聴いてよ」
「はい」
伊知川くんは、どこまでも素直だ。
──Sha la la って口ずさんでみて
──Aha ha haって一人笑い飛ばした
──あらら… あなたに出会って
──私はすっかり陽気になった それって気まま?
チヒロにしては珍しく女子っぽい歌詞だ。これを、あえて伊知川くんに唄わせたいらしい。
チヒロのイメージに合わせて私が唄ってみると、「いや、まだもっとためられるんじゃない」と今度は梨香が提案する。
「じゃあ、もう一回、私が唄ってみようか」と言うと、伊知川くんは手を上げて、私を制止した。
「イメージできました」
伊知川くんは笑顔で言う。
「私が唄ったのより、さらにためるんだよ。分かる?」
「はい。チヒロさんは『それって気まま』の部分を早口でラップみたいにしてしまってもいい、って考えてると思います」
「そうだ」
「やってみます」
この部活に参加するようになって、伊知川くんは変わり始めている。出会ったときのようにオドオドしなくなり、自分の気持ちを真っすぐに言えるようになってきた。自信がついてきたのだろうか?
いや、伊知川くんだけではない。私たちも、伊知川くん声に影響されて、より高い完成度を求めるようになっている。
「じゃあ、いくよ」
チヒロの指示で再度、演奏してみる。
すると、伊知川くんは見事に調整してAメロの最後をエモく唄いあげた。
やっぱり、伊知川くんはすごい!
「さっさとサビまで仕上げるぞ。目指すのは全国一位だからな」
「全国で一位を目指すんですか? ボクは一位になったことなんてありません」
「なれるんだよ。一人じゃ無理だが、みんなで力を合わせればできる。一位になれば、メジャーデビューできるからな」
「デビューですか?」
「そうだよ」
「ボクもその中に入れるんですか?」
「当たり前だろ! メンバーなんだから」
「はい!」
伊知川くんは、さらに元気になっていく。
ただ、気になっていることがある。
伊知川くんが大垣高校の軽音部の練習に参加するのは、週4回という決まりだった。でも、伊知川くんは最近、毎日来ている。土日や祝日も全部だ。私たちのペースに合わせようと、のめり込んでいる。
これが問題にならないか、心配だ。
本人は、自主的に来ているから問題ない、とはいうけれど……。
「ところで、この曲、タイトルは何だっけ?」
梨香が、ふと楽譜の最上段を指差して言う。チヒロは楽曲をつくる度に、アレンジまでして楽譜を渡してくるのだが、最上段に記入されるべきタイトルが空白のままだったので、私も気になっていた。
「まだ決まっていない。何かいい案があるか?」
「『ロミオとジュリエット』は?」
梨香の提案にチヒロは「うーん」と考える。
「それは、評価されにくいんじゃない。有名な作品を想像してしまうタイトルだと、聴いてからの落差が激しくなると思うの」
私の意見に、梨香は「なるほど」と納得している。
「じゃあ、『夏恋』は?」「『meets girl』は?」「思い切って『SHIN'IN』とかは?」
それでもめげずに、梨香は次々とタイトル案を出していく。しかし、私とチヒロは「うーん」としか答えられない。
「あの……」
そんなタイミングで伊知川くんが手を挙げた。
「カタカナで『キララ』ってどうですか?」
伊知川くんが自分からタイトルを提案してきたから、みんな驚いた。こんなの初めてだ。
「ほう。かわいいタイトルだな。何でキララなんだ?」
「『Sha la la』とか、『Aha ha ha』とかが歌詞にあって楽しいから、そんなリズムでキララ。星がキララっていうイメージです」
その直後、急に伊知川くんは不安な表情になった。
「すいません! つい、夢中になってしまって。音楽のことをよく分かっていないボクが言うべきじゃなかったです。今のはなかったことにしてください」
「いや、いいと思うけど……」と梨香がチヒロよりも先に答える。
確かに、擬音語のタイトルはかわいい。今回の女子っぽい歌詞にもマッチしている。
「え?」
伊知川くんは、否定されなかったことに驚いている。
「私もいいと思う」と同意した。
「そうだな。それでいくか」とチヒロも認めた。
「ホントにいいんですか?」と伊知川くんは申し訳なさそうな表情になった。
「いいんだよ。自信を持て。タイトルは『キララ』で決定だ。各自、楽譜に書き込んでくれ。そっそくこの『キララ』を最後まで仕上げるぞ」
全員が「おー!」と声を合わせた。
その2日後、部活が始まる直前に島田先生がチラシを持って練習場やってきた。
「こんな地域のイベントがあるけど、どうかな?」
島田先生の持ってきたチラシには、「出場者募集」と大きく書いてある。露店やキッチンカーが並ぶ大垣駅前のイベント「十万石まつり」でステージが用意され、ダンスやヒップホップ、アカペラ、バンドなどの応募者がパフォーマンスをするらしい。
「何だよ、ライブハウスじゃないのかよ」とチヒロは不満げだ。
「しかし、伊知川くんの最初のステージとしては、よくないかな?」と島田先生は含み笑いをする。
少し遅れて、伊知川くんが練習場に入ってくる。
「あれ、何を見ているんですか?」と伊知川くんもチラシに興味があるようだ。
「地元の有名な十万石まつりのパフォーマーを募集しているらしいよ。伊知川くんは出たい?」
私は思い切って、伊知川くんに聞いてみた。
「この地域のイベントだと、同じ特別支援学校の生徒やお母さんも会場で会ってしまいそうで緊張しますね」
「別に来たっていいじゃない。ボーカルなんだから、堂々としようよ」と梨香は言う。
「って、このパフォーマーの募集締切って今日じゃん! 応募者多数の場合、抽選ってなってるから、応募してもダメかもよ」
私が指摘すると、島田先生は「大丈夫」と言う。
「実はステージを管理する会社の人と私はプライベートで仲が良くてね。実はこの応募がまだ2、3組空いているみたいで、昨日、知り合いに声をかけてほしいって頼まれたんだ。私の顔を立てるつもりでも出てくれたら、先生は嬉しいんだがなあ」
「そういうことか。先生が自ら出演をオファーするのって初めてだから、驚いていたんですよ。まあ、いいんじゃない? どう、チヒロ?」
出演するようにチヒロに誘いかけてみるが、チヒロは最後まで悩んでいた。
「1組の持ち時間は、8分だけか。演奏できても2曲だ。アヤノならセットリストはどうする?」とチヒロは逆質問をしてきた。
「新曲の『キララ』を最初に試すいい機会だから、これとあと1曲でよくない?」
「スローなバラードの『キララ』は1曲目では厳しいな。2曲目にやるとして、盛り上げる1曲目はどうすればいいか、それを困っている」
「アッパーな『サクら』でどう?」と梨香が提案すると、「屋外であの曲は合うかな?」とまだチヒロは心配している。
屋外ステージは、自分の出番のタイミングで他のパフォーマーが一通りやり切った後だから、意外性のある内容がいいのは今までの経験として分かる。でも、どうすればいいのか……、そうだ!
「チヒロ、最近演奏していないけどさ、『イトとイト』をオープニングにどう?」
「アッパーな曲だが、今度は屋外にしてはハデすぎるような……」
「それがいいのよ。その代わり、いつもと違ってアコースティック・バージョンでやるの! どう?」
「アコースティック!?」
私の提案に、みんな声を揃えた。



