唄うことでしか、ボクはボクになれない

 私やチヒロ、梨香にとって、このステージに立つのは2回目だ。去年は3位に終わって、全国大会に進めなかった。今年こそは、負ける訳にいかない。
 私たちは手早くステージ上でセッティングを始める。
 伊知川くんは落ち着いて、私の隣のセンター位置に立つ。その向こう側のチヒロは、足元に置くペダルのエフェクターの位置を何度も確認していた。後を見ると、梨香はもうスタンバイできている。
 私たちが順番として最後だからか、目の前のホールには今日出演したバンドのメンバーがほぼいる。最後尾にはメンバーの親が集合していた。そこに、伊知川くんのお母さんもいる。あのお母さんは今では、すっかり私たちを応援してくれるようになった。ありがたいことだ。しかし、伊知川くんと私が付き合っていることを知ったら、また怒鳴ってくるかもしれないが、まあいい。
 私のお父さんとお母さんは、もうケータイで動画撮影をしていた。その近くには、伊知川くんの学校の山下教頭先生もいる。
 沙希も黒田くんも、リョウタくんも、みんなが私たちを見ていた。
「隣のチヒロさんのメラメラとしたオーラがすごい」と伊知川くんは、わざわざ私に言い寄ってきた。
 確かに、チヒロは殺気立っているような目をしている。絶対に勝つという気迫が私たちにも乗り移ってきた。
「ホントだ。チヒロのように敵意むき出しでやってやろうよ」
「うん」
「いいか?」とチヒロが私たちに確認する。
 私と伊知川くんは頷く。後ろを見ると、梨香も右手のスティックを上げて、順番OKだと合図していた。
「それでは、水都ラベラーの皆さん、よろしくお願いします」
 司会で審査員の久世さんがアナウンスする。
 始まる。
 夢の始まりのステージだ。
 ここから、私たちのバンドストーリーを描いてみせる。

 1曲目は「サクら」
 梨香がドラムスティックでリズムを刻み出した。
 イントロがなく、すぐにボーカルとギターが同時で入る。伊知川くんがチヒロとアイコンタクトして、マイクに向かって口を開けた。

 ──風を伝って ボクに響く
 ──彼方のキミの 悲しみの調べ
 ──祈るしかない ボクらの唄も
 ──風になって キミに届くだろう

 ──共鳴してる 音叉のように
 ──離れていても シンクロできる

 ──散っているのに “さく”らという
 ──こぼれる涙も いつかさくだろう
 ──流星のように 舞う薄紅と重ね
 ──散った願いも またさくんだよ

 完璧だ。
 私のベースもいいし、バックコーラスもうまくハモれた。
 観客の心をつかめているのが分かる。
 唄い出しから、ここまでいいパフォーマンスができていた。

 ──弱さを恨み 弱みを隠し
 ──弱きを責めた 弱い自分
 ──強さに憧れ 強みを探し
 ──強くなりたくて 強がり続けた

 ──共鳴してる ほら一人じゃない
 ──鼓動と鼓動 重なりあって一つになる

 ──割いて配るから “さく”らという
 ──悦びの花びらを 分け合おう
 ──舞い上がる薄紅 闇を割いて
 ──夜明けの景色へと 変わるんだよ

 演奏中、沙希と目が合う。
 沙希からすれば、この前のバンド対決の時と比べたら、私たちが進化しているから、驚いていることだろう。
 さあ、1曲目の最後のBメロとサビだ。

 ──求めるセカイが 遠いから
 ──共鳴を求めて 唄うんだ

 ──つくるからこそ “さく”らという
 ──ないなら一緒に つくるんだ
 ──時空を超えた つながりを
 ──まだ諦めない 薄紅の誓いにのせて

 最後のチヒロのギターが決まった!
 大きな拍手に包まれる。審査員のリアクションも良さそうだ。

 2曲目は、ロックバラードの「キララ」。
 私はピックを親指と人差し指で挟む。この曲はピックで弾くのが私流だ。
 伊知川くんはブルースハープを取り出した。この曲は、伊知川くんの演奏も大きな意味を持つ。

 チヒロのギターソロが響く。演奏が始まった。
 スローテンポな曲は、ベースのリズムを狂わせないように注意しなければならない。梨香のドラムとシンクロするピッキングが気持ちいい。
 伊知川くんのブルースハープの音色が、会場を切なさで染めていった。

 ──Sha la la って口ずさんでみて
 ──Aha ha haって一人笑い飛ばした
 ──あらら… あなたに出会って
 ──私はすっかり陽気になった それって気まま?

 ──キララッ 夜空の星はshinin’
 ──そう、嗚呼 月に願った「逢いたい」
 ──ねえMama 私、間違ってないね?
 ──こんなHappyな感覚に溺れたまま

 ──だけど現実はいつだってSo甘くない
 ──部屋の隅に咲くマリーゴールド
 ──冷ややかな風が吹き抜けて
 ──黄色い花が気まぐれに揺れた Hah~

 ──闇夜の静寂に祈りを馳せれば
 ──幾つになったって ジュリエットになれる lala
 ──あなたと二人で暮らすシルエットを
 ──イメージしてみる...uh 悪くない…かな?
 ──ヒロインは私 BGMにメヌエット
 ──意地悪にあなたを独り占めしたいだけだよ ただ

 1番を唄い終わった後、伊知川くんはすぐにブルースハープを吹く。
 やっぱり、伊知川くん、カッコいい。
 わざとリズムをズラして半音上げるこのテクニックをできる高校生は、伊知川くん以外になかなかいないと思う。
 唄って吹いての活躍で、伊知川くんはこの大会の主役みたいな存在になっていた。

 ──Fulala 眩暈がするこんな夜
 ──Awawa…焦りが私を狂わせる
 ──「何よ、はあ~」…やっぱり私が悪い?
 ──すれ違いの原因は、きっと私のワガママ

 ──修羅場 「もうこれっきり」なんて
 ──ダダダ―ン! って感じで言われたら
 ──ねえPapa 助けて この恋逃したら 
 ──私、枯れてしまう 絶対ヤダ

 ──思い描く理想は So far away
 ──仄かな香り漂うマリーゴールド
 ──微かな夜風が悪戯に時間を進め
 ──落ちた花びらに自分を重ねた イタタ!
 
 ──優しいMoon Light 空から降り注ぎ
 ──私があなたを今夜 ロミオに変身させる lala
 ── “sorry”って台詞を追加したシナリオ
 ──イメージしてみる……uh 常に折れるべきはあなた
 ──素直じゃない私 信じるカミヲ!
 ──不安だからあなたをつい虐めたくなるだけだよ ただ

 ──誰もが愛されたい 理解されたい
 ──慰められたい 癒されたい
 ──エゴの土壌に咲くマリーゴールドは
 ──時の移ろいに翻弄されたまま

 きてる。
 私たちの流れが、間違いなくきてる。ステージにいると、それが手に取るように分かった
 さあ、この曲最後のサビの繰り返しだ。
 栄光を摑むんだ。

 ──闇夜の静寂に祈りを馳せれば
 ──幾つになったって ジュリエットになれる lala
 ──あなたと二人で暮らすシルエットを
 ──イメージしてみる...uh 悪くない…かな?
 ──ヒロインは私 BGMにメヌエット
 ──意地悪にあなたを独り占めしたいだけだよ ただ

 2曲目が終わった。いい感触だ。
 この女子の歌を男子の伊知川くんが丁寧に唄う妙なミスマッチが、この曲の強みだ、
 チヒロ、梨香とアイコンタクトを取る。
 いける! いけるよ!
 最後の曲で、Say-RyuやThe Linksから、頭1つ分、抜け出すんだ!
 3曲目は、平成レトロなかわいいシティポップ「even」。これまでのロックな2曲と方向性がガラリと変わる。私と伊知川くんの男女ツインボーカルで、意表を突いてやる。

 梨香がリズムを刻み、3曲目の演奏が始まった。
 チヒロの透き通るようなギターの音色に続いて、伊知川くんは得意のブルースハープを蝶が舞うように軽やかに吹く。
 お父さんやお母さんが昔、聞いていたような曲の世界観を私たちは、再現していた。
 この急な曲調の変化に、会場はザワつく。
 よし、それでいい。

 ──いつも風が吹いてた Route57
 ──It’s more 橋で唄っていた ソレって多分
 ──アイツも人が変わってた 泣かないでsay BOON!
 ──ワタシも大人になってた Sing a heaven’s song

 ──指先を舐めてみて、Ah 風上にかざしてみたい気分
 ──今度は何処へ行けばイイ? 常に成功と失敗はイーブン
 ──街をさまよい深夜0時8分 ほら、また今日も思いがけないことがHappen

 ──風の向くまま進む旅路の道づれに ワタシが捧げる歌は
 ──時代に取り残されそうな 繋がりを信じる愛の伝聞
 ──分かり合えない悲しみに 人は一体何を思う?
 ──届かない、でも届けたいこの歌を それが風に誓ったワタシの言い分

 私は、伊知川くんと目を合わせて、ワンフレーズごとに交互に唄う。
 男女のボーカルがこれだけ早く入れ替わって唄うのも珍しいと思う。
 うまくいっている。狙い通りだ。
 間奏に入ると、曲の途中ではあったが拍手が起こる。
 よし、この流れのまま、2番だ。

 ──これからも風が吹いてる 花はしぼむ性分
 ──心のcolorも移ろいだしてる 縛るものなんて処分
 ──アンタも気づき始めてる 確かなものはスパークしでシャボン
 ──ワタシももう歩みだしてる じっとなんて無理 open!

 ──鼻先で風を感じたら Ah 思いのままに進みたい 毎分
 ──次はあなたのいる街がいい また出会いと別れのdriven
 ──やり切れない時は大声あげて発奮 まだ欲しいものはつかめない 当分

 ──風向きをたよりにこの道の先に向かって ワタシが叫ぶ声は
 ──どんなに人に見捨てられても 諦めきれない愛の本分
 ──時に人はすれ違い 「これも人生だ」とため息をつく
 ──違う もっと人は分かり合える 見上げた夜空に祈るsilver moon

 ラストの繰り返しのサビ前で、私のベースソロに入る。
 勝てる。勝ってるし、勝てる。
 このまま、いくんだ。

 ……と、その時、突然ピストルで発砲されたかのような、考えられない音が私たちを襲う。
 そして、私の右手に激痛が走った。
 何? 何が起こった?
 血? 嘘!
 私の右手の甲から、赤い液体が滴り落ちていた。