唄うことでしか、ボクはボクになれない

 冬休みが明けても、部活では変わらずに練習を続けていたが、「YOKOHAMA WAVE」の一次審査の結果が気になって身が入らない。
 ある程度自信があるから、まさか、一次審査で落ちることはないと思うが、通過の通知が来るまでは安心できなかった。
 その結果が届いたのは、始業式の2日間後だった。島田先生が午前中の休み時間に、結果が届いたことをメンバー一人ひとりに教えてくれた。それで、昼休みに全員、練習場に集まって封筒を開封することとなった。
 待ちに待った昼休みに、島田先生は「これだよ」と結果の入った封筒をチヒロに渡す。
 伊知川くんは特別支援学校の協力で、リモートをつないで状況を見ていた。
「じゃあ、開けるぞ」とチヒロが私と梨香、そしてパソコンのモニターに映る伊知川くんに言う。全員、(うなづ)いた。
 ハサミで封筒の先端を切り落とすと、中には紙が何枚か入っている。この一番上にある、通知文をチヒロは抜き出し、広げた。
 いち早く、チヒロが「やったぞ!」と声を上げ、ガッツポーズをする。
 通知文の一番上に書かれたタイトルに「一次審査通過と東海予選出場のお知らせ」と書いてあった。
「伊知川くん、通過だよ!」
 私はこの喜びを共有したくて、誰よりも早く伊知川くんに伝える。
「ヤッター!」とパソコンのモニター越しに伊知川くんも叫んだ。
 私たちは抱き合っていると、島田先生は私たちの頭をくしゃくしゃに撫でた。
「キミたちは素晴らしい。先生も嬉しいぞ」
「よし、今日から名古屋の予選まで、気合いを入れていこう」とチヒロが呼び掛ける。
「はい!」と伊知川くんは誰よりも大きな声で答えた。
 まだ、スタートラインに立ったばかり。ここから本当の戦いが始まろうとしている。

 その次の日、「YOKOHAMA WAVE」公式サイトに東海予選出場バンドが写真付きで公開された。
 練習場で1台のパソコン画面をメンバー全員が食い入るように見る。私たちが戦うバンドが気になって仕方がない。
 そのサイトはエントリー順に縦に並んでいるようで、一番上にSay-Ryuの画像が張り出されていた。
「やっぱり、Say-Ryuは入るよな」と梨香はつぶやく。
 その画像を見て、私は違和感に気付いた。 
「あれ? メンバーが変わった?」
 私はそう言って、チヒロを見る。チヒロは暗い顔をしていた。
「ベースが、リョウタくんじゃない! 伊藤って人に変わってる」と梨香もSay-Ryuのメンバーを見て、驚く。
「何があったの?」と私はチヒロに聞いた。
 リョウタくんは、チヒロの元カレだ。だから、チヒロは何かを知っているかもしれない。
「あいつは、Say-Ryuを組んだ当初から沙希と付き合っていたんだけど、別れたらしい」
「何で別れたんですか?」と伊知川くんは悲しげな表情で聞く。
「求める音楽性の違いかな。去年、リョウタは私に『やり直したい』って言ってきてた。過去に一方的にフラれた私は、正直、嬉しかったけど……」
「それで、去年、急にチヒロは恋する女子になったんだ」と梨香は言う。
「リョウタと何度か会ったけど、私は断った」
「何でですか?」と伊知川くんはいつになく、積極的に聞く。
「私ともう一度ヨリを戻すだけじゃなくて、『一緒にバンドをやりたい』って強く言われた。『お互いが今いるバンドを抜けて組めば、全国で一番になれる』だって」
「そんなの、自分勝手です!」
 伊知川くんは怒っている。
「分かってるよ。だから、断った。Say-Ryuは沙希がつくった楽曲ばかりだし、自分のアイディアや意見が通らないから嫌になったんだろう。そもそもリョウタは、自分で作詞作曲をしたかったのかもな」
「つらかったね。裏切らないでくれてありがとう!」と私はチヒロをギュッと抱きしめた。
「当たり前だ。ただ、リョウタが抜けてもやっぱり東海予選の優勝候補筆頭は、Say-Ryuかな」とチヒロは分析する。
 梨香がパソコンのマウスを奪って、画面を下へスクロールしていく。去年、高校生バンド対決で出会った他のバンドも全部、通過していた。いくつか見たことのない1年生主体のバンドも混じっている。
 下までスクロールして、ようやく私たち水都ラベラーの画像が出てきた。
 名前も本名ではなく、まるでプロのアーティストのように「Gt/Cho. チヒロ」「Dr.梨香」「Ba/Cho.アヤノ」「Vo.Ichikawa」と表示されていて嬉しくなる。
 全国大会の舞台、横浜に行くには、この並み居るレベルの高いバンドの中で2位以内に入らなければならない。厳しい戦いになりそうだ。
「待って! 私たちの下にもう1つ一次審査を通過したバンドが掲載されてるよ」と梨香が指摘する。
 そのバンドの画像を見て、チヒロは「嘘だろ!」と絶句する。
 男子3人が並ぶその画像の中心に、リョウタくんがいた。
 バンド名は「The Links(リンクス)」。ベースのリョウタくんがボーカルをするようだ。このバンドには、ギターがいない代わりにピアノがいる。「スリーピースのピアノロックバンド」と紹介されていた。
 このバンドの実力は未知数で、とても不気味だ。
「リョウタは昔から、ホント自分勝手だ。私とヨリを戻したいって言うのも、ただ、バンドメンバーとして利用したかっただけかもな」
「酷い男」と私は批判的に言う。
「そうだな。でもな、正直言うと、今でもリョウタを想う気持ちもある」と苦しい気持ちを吐き出した。
「でも、跳ねのけて勝ってやる。沙希もそう思ってるだろう。絶対、勝つのは、私たちだ!」
 チヒロは力強く宣言した。
 そうだ。
 リョウタくんや沙希は個々ではすごいかもしれないが、チームが一丸となったら私たちは勝てる。
 それから、不安をかき消すように、私たちは練習を重ねた。

 東海予選が3日前に迫った日、私たちは夜まで練習をして帰ろうとした時、1人の男子が校門に立っていた。学生服を見て、すぐに沙希と同じ、大垣南星高校の生徒だと分かる。
 チヒロが「何をしに来たんだよ?」とその男子に声をかけた。やっぱり。その男子は、リョウタくんだ。
 私や梨香、伊知川くんは煙そうにリョウタくんを見る。
「いや、ホントはエントリーする前に伝えたったんだけど、ごめん。『YOKOHAMA WAVE』東海予選出場バンドのサイトを見て、きっと驚いたよな?」
「予選直前で、一緒にやってきたSay-Ryuの仲間をよく裏切ったね?」と梨香がリョウタくんを睨んで言う。
「オレも沙希も、お互いが苦しかったんだ。それは黒田も感じていて、オレが脱退するしかなかった」
「酷いよ」と私が言うと、「誤解しないでくれ!」とリョウタくんは弁解する。
「オレは迷惑をかけないように、ベーシストとして申し分のない友人の伊藤を紹介したし、ちゃんと沙希や黒田にも許しをもらって、新たなバンドで挑戦させてもらったんだ」
「まあ、今更、沙希やそっちのバンドのことに口出すつもりはないよ。でも、チヒロを引き抜こうとしたことだけは許せない!」
 私は怒りに任せて言った。やっぱり腹が立つ。
「だから、謝りに来たんだ。ただ、……」
「何よ?」と私が詰め寄ると「ただ、沙希を捨てて勝つためにチヒロを利用しようなんて気持ちはまったくなかった」
「ホントですか?」と伊知川くんが聞く。
「本当だ。ただ、側にいてほしかった。今も好きなんだよ」
 そして、リョウタくんは頭を下げた。
「すいませんでした、今後、水都ラベラーの邪魔は絶対しない。約束する。だから、正々堂々と勝負させてほしい」
 しばらく、私たちは無言になる。
 完全に信用はし切れないけれど、チヒロが今も好きなのは本当のようだ。
「どうすんの、チヒロ?」
 私はチヒロを向いて言った。
「もう、いい。私たちは予選大会だけに集中しよう。リョウタ、私たちは負けない」
「オレも東海予選を楽しみにしてるよ」
 そう言った後、リョウタくんは去っていった。
「リョウタくんのバンド、どんな楽曲なんだろうね?」と梨香がチヒロに聞く。
「沙希の目指すものと違って、かなりポップス寄りだろうな。ギターの代わりにピアノがいるから、インパクトもある」
「強敵だね」と私が言うと、「ここに出てくるバンドは全部、強敵だ。今更、状況は変わらない」とチヒロは笑う。
「勝ちましょう!」と伊知川くんは言った。
 全員が頷く。
 この時、私たちは今まで以上に心が強く結ばれた。