「あの日、急いで帰ったのは、わざとだったの?」
私は、真実を聞いて驚いていた。
「当たり前じゃん。私、優しいでしょ~。ふふ。どうだったの? あの日、キスでもした?」と梨香は嬉しそうだ。
「正確に言うと、キスをしそうなタイミングで、私が忘れ物を取りに入ったから、気まずくなった」とチヒロが自白する。
それを聞いて、梨香だけが大爆笑していた。何でこんなに人の心が読めるんだろう?
「すごーい。ドラマみたい。チヒロは鈍感だからねえ」
「だったら、先に教えてくれりゃ、取りに行かなかったのによ」とチヒロは唇をとがらせる。
「あと、カン違いしないで。まだ私と伊知川くんは付き合っていないからね」と私は必死で弁解する。
「アヤノ、そんなのどっちでも一緒だよ」
「違うって」
私の言うことなど梨香は聞かない。
「何だよ。じゃあ、気を使って梨香には内緒にしてたのに、意味なかったのか」とチヒロは悔しい顔をした。
「そうだよ。でも、私たちのバンドで変わってきたことは、アヤノと伊知川くんの関係だけじゃない」
へ? まだあった?
「チヒロ。今日のコーディネートはスカートにタイツ、厚底ローファーって、ずいぶん女子感があるね」と梨香はチヒロをジロジロと眺める。
チヒロは顔が真っ赤になった。
言われると確かにそのとおりだ。つい今まで、伊知川くんの話をしていたから、そのことで頭がいっぱいでチヒロのコーディネートに気が回っていなかった。
「何だよ? 別にいいだろ?」
「以前のチヒロだったら、デニムにスニーカーのラフスタイルだったのにね。『even』の曲をつくったあたりからおかしいなって思ってたんだ」
梨香の洞察力は恐ろしい。
「だから、何だよ?」
「男でしょ? 恋してる」
「大きなお世話だ」
あれ? また否定しない。ということは、当たり?
「チヒロ、照れてるの。かわいい〜」
「もういいから、さっさと初詣に行くぞ」とチヒロは怒って、さっさと歩き出した。
「ごめん。これ以上は追及しないから、許してよ〜」と言って梨香は後を追いかける。私も後に続いた。
駅から真っすぐ伸びる通りを進み、大垣八幡神社を目指す。
駅前の和菓子屋は水まんじゅうが全国的に有名だが、冬の時期は販売していない。しかし、地元で有名ないちご餅が売っていたので、私たちは1つずつ買って食べた。
そして、そのまま通りを右折して進むと神社が見えてくる。
ものすごい人だ。
初詣をするために神社の前は行列ができている。私たちは露店で買ったチョコバナナを食べながら、並んで待った。
行列はなかなか進まない。
「『YOKOHAMA WAVE』に出られるのは、今年が最後だね」と私はチヒロと梨香に話す。
「そうだな。だから、後悔はしたくない」とチヒロは言う。
部活を引退するのは3年生の夏だが、「YOKOHAMA WAVE」は毎年1月から2月に開催されるから、出られるのは今回の2年生が最後となる。引退直前の夏にも別のコンテストはあるが、それは入賞してもデビューにつながらない。憧れの「YOKOHAMA WAVE」全国大会では、入賞したバンドすべてにデビューの可能性があるから、どの高校生バンドもこのコンテストにすべてをかけていた。
「来年の今頃は、受験勉強で大変なんだろうね。だから、なおさら全国大会にいって推薦がほしいのよ」と梨香は言う。
「過去の入賞したバンドのメンバーは、関東の有名私立の推薦をもらってる人が多いみたいね。それで、大学生になってからメジャーデビューしてる」と私は知っている情報を話した。
「もし、そうなったら、年下の伊知川くんはどうなるの?」
梨香の発言に、私まで心配になる。
確かに、どうなるんだろう? もし、関東の大学に私たちが行ったら離れ離れで、一緒に音楽活動ができなくなるのかな? そんなの嫌だ。
「バカらしい。今の時代、例え離れ離れでもオンラインで練習はできるし、活動なんてどうでもできる。そんなの東海予選を勝ち抜いてから心配しろよ」
チヒロは、冷めた口調で言った。
チヒロの言うとおりだ。私は梨香と顔を見合わせて笑う。
しばらくしたら、ようやく参拝する神社の拝殿前まで辿り着いた。私たちは横に並び、一斉に賽銭箱に小銭を入れる。
参拝の仕方は、待っている間にケータイで確認しておいた。
まず、礼を2回。そして、拍手を2回してから、目を閉じてお祈りをする。
(どうか、コンテストで勝ち抜いて、1日でも長く伊知川くんやチヒロ、梨香と音楽が続けられますように)
目を開けて、両隣にいるチヒロと梨香を見る。
チヒロは、まだ目を閉じたまま祈っていた。長いな。
ようやくチヒロが目を開けると、私たちは最後に一礼をして、神社を出る。
「ねえ、何をお祈りしたの?」と梨香は私に聞く。
「えっと……」と戸惑っていると、「いいや。想像つくもん。伊知川くんのことだね」と梨香は言う。
「違うって! 今度の東海予選で勝てますように」ってちゃんとお祈りしたよ!」
「はいはい。正確には東海予選で勝って、伊知川くんとずっと音楽がしたいみたいなことを言ったんでしょ?」
ぐ。梨香は私を裸にしてしまう。
「それより、駅前のショッピングセンターのフードコートでランチしようか?」とチヒロは提案する。
「カフェがいい」と私が言うが「正月だからやってないよ」と梨香に諭された。
「いよいよ、明日は『YOKOHAMA WAVE』予選のエントリー準備だ。休みは今日だけだぞ」とチヒロは私たちを引き締める。
エントリーするには、まず動画投稿サイトに6分以内で演奏する様子を公開し、そのアドレスやメンバーの情報などを専用応募サイトに入力するほか、メンバーの写真、歌詞のアップロードも必要だ。
このエントリーで一次審査が行われ、これを通過したバンドが各地の地方予選に出場する。
私たちの負けられない戦いが、いよいよ始まろうとしていた。
次の日、メンバー全員が高校の練習場に集まり、演奏の動画撮影を行った。
外は晴れているものの、チラチラと雪が舞い、手がかじかむ。練習場は暖房を入れてもなかなか効かないから不便だ。
ベースは冷気で冷え切っていて、それを肩から下げるとなお体が冷える。弦もスチール製だから冷たくて指先が痛い。
動画は、チヒロのケータイで撮影する。
チヒロは専用の三脚を前に置いてケータイを固定し、サイズや音声の入力レベルを細かく確認した。
私や伊知川くん、梨香はその間、いつでも演奏できるようにずっと待つ。
そして、チヒロがギターを抱えたままケータイの録画ボタンを押し、私の反対側に立って手を上げた。
1曲目は「サクら」、2曲目は「キララ」を続けて演奏する。
「even」は出来栄えに自信があったが、話し合ってエントリーでは演奏しないことにした。この曲はステージではいいが、動画ではインパクトに欠けるかもしれないからだ。
どちらの曲も繰り返し練習をしてきたから、収録自体はスムーズにいった。
チヒロは、カメラと同期した自分のノートパソコンで収録したばかりの私たちの動画を取り出し、前後の余分なシーンをカットして、音を微調整する。エントリーフォームには、文章を書くのが得意な梨香が意気込みや、楽曲のこだわりなどを入力していく。
エントリーフォームを全員で最終チェックして、ついにチヒロが送信ボタンをクリックした。その瞬間、メンバー全員がホッとする。
このエントリーだけで、丸一日かかった。
「後は、祈るだけだ」とチヒロは言う。
だいたい2週間後に、結果が送られてくる。
これまでの実績で一次審査は、まず通過できるだろうとは思う。でも、油断はできない。
でも、今日は去年よりもいいエントリー内容になったと感じた。
頼む。
通過させてほしい。
私は、真実を聞いて驚いていた。
「当たり前じゃん。私、優しいでしょ~。ふふ。どうだったの? あの日、キスでもした?」と梨香は嬉しそうだ。
「正確に言うと、キスをしそうなタイミングで、私が忘れ物を取りに入ったから、気まずくなった」とチヒロが自白する。
それを聞いて、梨香だけが大爆笑していた。何でこんなに人の心が読めるんだろう?
「すごーい。ドラマみたい。チヒロは鈍感だからねえ」
「だったら、先に教えてくれりゃ、取りに行かなかったのによ」とチヒロは唇をとがらせる。
「あと、カン違いしないで。まだ私と伊知川くんは付き合っていないからね」と私は必死で弁解する。
「アヤノ、そんなのどっちでも一緒だよ」
「違うって」
私の言うことなど梨香は聞かない。
「何だよ。じゃあ、気を使って梨香には内緒にしてたのに、意味なかったのか」とチヒロは悔しい顔をした。
「そうだよ。でも、私たちのバンドで変わってきたことは、アヤノと伊知川くんの関係だけじゃない」
へ? まだあった?
「チヒロ。今日のコーディネートはスカートにタイツ、厚底ローファーって、ずいぶん女子感があるね」と梨香はチヒロをジロジロと眺める。
チヒロは顔が真っ赤になった。
言われると確かにそのとおりだ。つい今まで、伊知川くんの話をしていたから、そのことで頭がいっぱいでチヒロのコーディネートに気が回っていなかった。
「何だよ? 別にいいだろ?」
「以前のチヒロだったら、デニムにスニーカーのラフスタイルだったのにね。『even』の曲をつくったあたりからおかしいなって思ってたんだ」
梨香の洞察力は恐ろしい。
「だから、何だよ?」
「男でしょ? 恋してる」
「大きなお世話だ」
あれ? また否定しない。ということは、当たり?
「チヒロ、照れてるの。かわいい〜」
「もういいから、さっさと初詣に行くぞ」とチヒロは怒って、さっさと歩き出した。
「ごめん。これ以上は追及しないから、許してよ〜」と言って梨香は後を追いかける。私も後に続いた。
駅から真っすぐ伸びる通りを進み、大垣八幡神社を目指す。
駅前の和菓子屋は水まんじゅうが全国的に有名だが、冬の時期は販売していない。しかし、地元で有名ないちご餅が売っていたので、私たちは1つずつ買って食べた。
そして、そのまま通りを右折して進むと神社が見えてくる。
ものすごい人だ。
初詣をするために神社の前は行列ができている。私たちは露店で買ったチョコバナナを食べながら、並んで待った。
行列はなかなか進まない。
「『YOKOHAMA WAVE』に出られるのは、今年が最後だね」と私はチヒロと梨香に話す。
「そうだな。だから、後悔はしたくない」とチヒロは言う。
部活を引退するのは3年生の夏だが、「YOKOHAMA WAVE」は毎年1月から2月に開催されるから、出られるのは今回の2年生が最後となる。引退直前の夏にも別のコンテストはあるが、それは入賞してもデビューにつながらない。憧れの「YOKOHAMA WAVE」全国大会では、入賞したバンドすべてにデビューの可能性があるから、どの高校生バンドもこのコンテストにすべてをかけていた。
「来年の今頃は、受験勉強で大変なんだろうね。だから、なおさら全国大会にいって推薦がほしいのよ」と梨香は言う。
「過去の入賞したバンドのメンバーは、関東の有名私立の推薦をもらってる人が多いみたいね。それで、大学生になってからメジャーデビューしてる」と私は知っている情報を話した。
「もし、そうなったら、年下の伊知川くんはどうなるの?」
梨香の発言に、私まで心配になる。
確かに、どうなるんだろう? もし、関東の大学に私たちが行ったら離れ離れで、一緒に音楽活動ができなくなるのかな? そんなの嫌だ。
「バカらしい。今の時代、例え離れ離れでもオンラインで練習はできるし、活動なんてどうでもできる。そんなの東海予選を勝ち抜いてから心配しろよ」
チヒロは、冷めた口調で言った。
チヒロの言うとおりだ。私は梨香と顔を見合わせて笑う。
しばらくしたら、ようやく参拝する神社の拝殿前まで辿り着いた。私たちは横に並び、一斉に賽銭箱に小銭を入れる。
参拝の仕方は、待っている間にケータイで確認しておいた。
まず、礼を2回。そして、拍手を2回してから、目を閉じてお祈りをする。
(どうか、コンテストで勝ち抜いて、1日でも長く伊知川くんやチヒロ、梨香と音楽が続けられますように)
目を開けて、両隣にいるチヒロと梨香を見る。
チヒロは、まだ目を閉じたまま祈っていた。長いな。
ようやくチヒロが目を開けると、私たちは最後に一礼をして、神社を出る。
「ねえ、何をお祈りしたの?」と梨香は私に聞く。
「えっと……」と戸惑っていると、「いいや。想像つくもん。伊知川くんのことだね」と梨香は言う。
「違うって! 今度の東海予選で勝てますように」ってちゃんとお祈りしたよ!」
「はいはい。正確には東海予選で勝って、伊知川くんとずっと音楽がしたいみたいなことを言ったんでしょ?」
ぐ。梨香は私を裸にしてしまう。
「それより、駅前のショッピングセンターのフードコートでランチしようか?」とチヒロは提案する。
「カフェがいい」と私が言うが「正月だからやってないよ」と梨香に諭された。
「いよいよ、明日は『YOKOHAMA WAVE』予選のエントリー準備だ。休みは今日だけだぞ」とチヒロは私たちを引き締める。
エントリーするには、まず動画投稿サイトに6分以内で演奏する様子を公開し、そのアドレスやメンバーの情報などを専用応募サイトに入力するほか、メンバーの写真、歌詞のアップロードも必要だ。
このエントリーで一次審査が行われ、これを通過したバンドが各地の地方予選に出場する。
私たちの負けられない戦いが、いよいよ始まろうとしていた。
次の日、メンバー全員が高校の練習場に集まり、演奏の動画撮影を行った。
外は晴れているものの、チラチラと雪が舞い、手がかじかむ。練習場は暖房を入れてもなかなか効かないから不便だ。
ベースは冷気で冷え切っていて、それを肩から下げるとなお体が冷える。弦もスチール製だから冷たくて指先が痛い。
動画は、チヒロのケータイで撮影する。
チヒロは専用の三脚を前に置いてケータイを固定し、サイズや音声の入力レベルを細かく確認した。
私や伊知川くん、梨香はその間、いつでも演奏できるようにずっと待つ。
そして、チヒロがギターを抱えたままケータイの録画ボタンを押し、私の反対側に立って手を上げた。
1曲目は「サクら」、2曲目は「キララ」を続けて演奏する。
「even」は出来栄えに自信があったが、話し合ってエントリーでは演奏しないことにした。この曲はステージではいいが、動画ではインパクトに欠けるかもしれないからだ。
どちらの曲も繰り返し練習をしてきたから、収録自体はスムーズにいった。
チヒロは、カメラと同期した自分のノートパソコンで収録したばかりの私たちの動画を取り出し、前後の余分なシーンをカットして、音を微調整する。エントリーフォームには、文章を書くのが得意な梨香が意気込みや、楽曲のこだわりなどを入力していく。
エントリーフォームを全員で最終チェックして、ついにチヒロが送信ボタンをクリックした。その瞬間、メンバー全員がホッとする。
このエントリーだけで、丸一日かかった。
「後は、祈るだけだ」とチヒロは言う。
だいたい2週間後に、結果が送られてくる。
これまでの実績で一次審査は、まず通過できるだろうとは思う。でも、油断はできない。
でも、今日は去年よりもいいエントリー内容になったと感じた。
頼む。
通過させてほしい。



