唄うことでしか、ボクはボクになれない

「もう1曲、勝負する曲をつくろうと思う」
 テレビ出演が終わった次の日の部活で、唐突(とうとつ)にチヒロが言い出した。
「え? 『サクら』と『キララ』でコンテストは勝負するんじゃなかったの?」
 急なチヒロの提案に私は面食らった。
「『YOKOHAMA WAVE』の東海予選は持ち時間が10分だから、ギリギリもう1曲入れられると思うんだ」
「どうして、追加したいと思ったの?」
「『サクら』と『キララ』は悪くないが、最後に演奏する曲として、もう少しインパクトのあるものがほしい」
「インパクト? それは曲調のこと?」
 私は、チヒロが求めていることを理解しきれず、聞き直す。
「いや、曲調ではなくどちらかと言うと、パフォーマンスの部分だ。具体的には、……ツインボーカルでいける曲にしたい」
「ツインボーカルって、伊知川くんと誰?」と私がさらに聞き返すと、チヒロは私を指差した。
「私?」
「そうだ。ライバルのSay-Ryuは技術はあるが、ボーカルが沙希だけになっているのが欠点だ。ツインボーカルなら、評価されるかもしれない。伊知川はどう思う?」
「面白そうですね」と伊知川くんは前向きだ。
「コンテストの制限時間をオーバーしそうで怖いけど、……でも、いいんじゃない。勝つためには、インパクトが必要だもん」と梨香も賛成する。
「今からコンテストに間に合わせなきゃいけないから、急がないといけないね。その曲はいつ、できる?」
 私はスケジュールが気がかりだった。「YOKOHAMA WAVE」の東海予選の開催日は、1ヶ月後の年明け1月だ。余裕をもって練習をしている時間はない。
「……実は、もうできてる」とチヒロ言う。そして、ノートパソコンを広げ、男女のAIボーカルで仮入力した楽曲を聴かせてくれた。
 私と梨香、伊知川は、その新曲を聴き入る。
 イントロに伊知川くんのブルースハープが入るようだ。
 あれ?
 この曲、ロック感がない。かなりポップ寄りの曲だ。いつものチヒロの曲と違いすぎる。まるで、別人がつくったみたいだ。
 それに、この歌詞……。伊知川くんのことを表現してる?
「これ、……チヒロがつくったの?」と私は思わず聞いてしまった。
「当たり前だ」とチヒロは力強く答える。
「ものすごく平成レトロな、かわいいシティポップじゃん。お父さんやお母さんが昔、聴いていたような曲だね。珍しい」と梨香は冷やかす。
 イメージは全然違うが、楽曲そのものはすごくいい。というか、かわいい。
 AメロとBメロは私と伊知川くんが交互に唄い、途中のサビはメインが伊知川くん、私はコーラスとなるようだ。そして、最後のサビはまた交互に唄って終わる。
「すごくいいです! ボク、この曲好きです。というか、全部の中で一番好きかも」と伊知川くんは絶賛する。
 ゴリゴリのロック一辺倒(いっぺんとう)なチヒロが、こんな曲をつくるとは。
「どうしたの? ひょっとして恋でもしたの?」と梨香はさらに冷やかすと、「うるさい!」とチヒロは返す。
 おや? 否定しなかった。本当に恋してるのか?
「それより、さっそく練習しましょう! 早く合わせてみたいです。コンテストまで時間がありません」と伊知川くんが急かしたので、これ以上、チヒロの恋を追及できなくなった。
 チヒロのデモ楽曲制作はいつも完璧で、楽器別に演奏を再生できるように入力してくれている。チヒロは何でも楽器が弾けるから、アレンジもお手のものだ。
 私はチヒロがPDFで出力した楽譜をUSBで職員室に持っていき、プリントアウトしてチヒロと梨香に配った。
 この楽譜を見ながら何度も楽曲を聴いて、ペンでポイントを書き込んでいく。伊知川くんだけは、耳コピで素早くマスターしたようだ。
「とりあえず、楽譜を見ながら、一番だけやってみるか?」とチヒロは言う。
「はい、いいですよ」と伊知川くんは答えるが、私と梨香は、しどろもどろだ。伊知川くん、頼もしくなったな。
「伊知川くん、ボーカルだけじゃなくてブルースハープの演奏もあるけど、もう大丈夫なの?」
「はい」と伊知川くんは笑う。
 やっぱり天才だ。私は音楽で伊知川くんに勝てない。こんなにすごいのに、どうして伊知川くんは特別支援学校に入らなければいけないんだろう?
 そもそも障がいって何なのか、時々、分からなくなる。
 音楽で伊知川くんに負けている私は、本当に健常者かな? っていうか健常者と障がい者のラインを引く必要なんてないんじゃないだろうか。
 最近、天才とは伊知川くんのような人を言うのかもしれない、と思うようになった。何でも楽器が弾けて器用なチヒロは、天才というより秀才かな。そして、私と梨香は凡人。うん。これは間違いない。
 戸惑いながら、譜面立てに楽譜を置き、ベースを肩からさげてスタンバイする。
 まあいいや。失敗しながらやってみよう。
 梨香がリズムを刻み、演奏が始まった。
 伊知川くんは、さっき聴いたばかりのブルースハープの演奏を、いとも簡単に再現している。
 伊知川くんとのツインボーカルがうまくいきますように。

 ──いつも風が吹いてた Route57
 ──It’s more 橋で唄っていた ソレって多分
 ──アイツも人が変わってた 泣かないでsay BOON!
 ──ワタシも大人になってた Sing a heaven’s song

 ──指先を舐めてみて、Ah 風上にかざしてみたい気分
 ──今度は何処へ行けばイイ? 常に成功と失敗はイーブン
 ──街をさまよい深夜0時8分 ほら、また今日も思いがけないことがHappen

 ──風の向くまま進む旅路の道づれに ワタシが捧げる歌は
 ──時代に取り残されそうな 繋がりを信じる愛の伝聞
 ──分かり合えない悲しみに 人は一体何を思う?
 ──届かない、でも届けたいこの歌を それが風に誓った私の言い分

 サビが終わって、一旦演奏を止める。
 みんな顔を交互に見て、思わず笑った。
 ワンフレーズずつ、交互に唄うのは新鮮だ。声の高さは男女で違うけれど、伊知川くんが男にしては高く、私が女にしては低いからうまくいった。
 歌が交差するたびに、伊知川くんと目が合って恥ずかしい。でも、楽しいよ。
 まだ演奏も、私のコーラスも荒いが、やっぱりこの曲はかわいい。
「この曲のタイトルは何?」と梨香がチヒロに聞いた。
「『even(イーブン)』だ」とチヒロは答える。
 なるほどね。だから、伊知川くんのイメージっぽい歌詞なんだ。
「英語のイーブン? どういう意味ですか?」と伊知川くんは首をかしげる。
「対等って意味だよ」と私は教えてあげた。
「イーブン……。イーブン……。いいタイトルですね」
「『言い分』もかかってるけどな」
「これ、もっと練習したいです!」
 この曲を東海予選のステージの最後で演奏しているイメージが湧いてきた。
 いい!
 年の瀬が迫り、コンテストまであと1ヶ月。
 夢のメジャーデビューを摑みたい。そのためには、まず、東海予選を突破しなければならない。
 私たちは夢中になってこの曲の演奏を仕上げに入っていたら、午後7時30分を回っていた。
「ヤバ。もう帰らないと。みんなに「even」のデモ音源をデータで渡すために家で加工しなきゃいけないからさ」とチヒロが申し訳なさそうに言う。
「いいよ」と私が答えると、チヒロは足早に去っていった。
「あ、ごめん。私も実はお母さんが車で迎えに来てるから行くね」
 そう言って梨香はドラムスティックを慌てて鞄にしまう
「いいよ。後片付けと戸締りはやっておくね」と私が返事すると、「ボクもアヤノさんを手伝ってから帰ります」と伊知川くんもチヒロに答えた。
「じゃあ、明日」と言って梨香は出て行った。
 練習場に、私は伊知川くんと二人きりになった。そういえば、二人きりになるのは初めてだ。
「伊知川くんは今日、歩いて帰るの?」
 ケーブルをアンプスピーカーから抜いて、片付けながら私は話しかける。
「はい。家が近いですから。アヤノさんは?」
 伊知川くんは床を掃除していた。
「今日は遅くなったから、親が車で迎えに来るみたい。今、SNSで連絡が入ったの」
「そうですか……。アヤノさんがいつもみたいに電車で帰るんだったら、駅まで一緒に歩けたんですけど、仕方がないですね」
 淋しそうに、伊知川くんが答える。
「ごめんね」と反射的に謝ったものの、何で私、謝っているのだろう?
 無言のまま、変な間が空いた。
「これ、その棚に入れてもらっていい?」とケーブルを伊知川くんに差し出す時、お互いの手が触れてしまった。
 伊知川くんとの距離が近い。腕と腕が接したまま、お互いが固まって動けなくなっていた。
 どうしよう。私がドキドキしてしまっている。
 伊知川くんは? ……顔が赤い。
 あれ? 伊知川くん、背が高くなった? 顔つきも大人っぽくなっている。普段はチヒロと梨香と一緒にいるから、伊知川くんをこんなに近くで見つめることはない。
「あの、気が付いてるかもしれませんが、……ボクは、……ボクはアヤノさんのことが、……す、き、です」
「え? 私?」