思っていたよりもスタジオは広くて、天井には照明がびっしりと点いている。
セットの前には高価そうなカメラが何台も並んでいた。
これが、テレビのスタジオか……。
そのスタジオにある司会の席に、東海のローカルタレントの久世さんがいた。メガネをいつもしていて、シルバーヘアにTシャツとデニム姿で、とてもオシャレ。久世さんは東海エリアのFMラジオやテレビに多数出演する有名人だ。高校生の頃、バンドコンテストで優勝してメジャーデビューした経験があり、音楽のことに詳しいから、私たちからすれば憧れの存在でもある。
「わ、本物だ!」と私は思わず声を出す。伊知川くんも「すごおい! テレビの人だ」と言って固まった。すると、久世さんは吹き出した。
「本物だよー。よく来たね。ここに座って、まずはピンマイクを付けてもらってね」と隣の席へ誘導する。
このマイクを付けるのに、意外に時間がかかった。女性の若いスタッフが胸元にクリップで小さなマイクを付けるのはいいが、このマイクから伸びるケーブルを制服の中を通して背中に回さなければならないらしい。
マイクを付ける作業の途中で、久世さんは「この前の演奏聴いたけど、すごくよかったよ」と声をかけてくれる。
「いいえ、演奏は納得できなくて……」とチヒロが答えると、久世さんは「分かるよ。詳しくは本番で聞くね」と笑った。
マイクが完了すると、さっきのチャラい男性スタッフが来て、収録の流れを説明してくれる。
そしてマイクチェックを兼ねて、自己紹介の部分を一度練習した。
てっきり、番組の最初から最後まで生放送のように、止めないで収録するのかと思っていたが、違うらしい。これから、私たちの出演するコーナーだけを収録して、後から編集ではめ込むということだ。
そのコーナーでは最初に久世さんが高校生バンド対決の紹介をして、次に、そのステージの映像が流れてから、私たちの登場となる。
「もう、ノリノリでやっちゃってよ」というチャラいこのスタッフは、喋る内容もチャラい。しかし、この人のことを久世さんや他のスタッフが「ディレクター」と呼んでいたから、番組では偉い人なのかもしれない。
「じゃあ、収録始めます! 10秒前、8、7、6、5秒前……」
心の準備もできないまま、勢いで収録が始まった。
目の前は、カメラばかり。バンドのステージとはまるで見える景色が違うから、どんどん緊張してゆく。どこを見ていいのかも分からない。
緊張する私や伊知川くんと違って、チヒロと梨香は平然としていた。
私たちは、久世さんの隣に2列になって座っていた。
前列がチヒロと伊知川くん。後列が私と梨香。
すぐ隣にスタンバイしているが、久世さんが紹介するまで、私たちはカメラに映らないらしい。
「さて、先日、番組特別企画として高校生バンド対決が行われました。僕がSNSや動画投稿サイトで見つけた注目の高校生バンドを6組、独断でチョイスして対決していただいたんですが、これが、みんな素晴らしいパフォーマンスでした。まずは、その対決の模様をVTRでご覧ください」
私たちの目の前に並ぶカメラの下に、大きなテレビモニター画面が置かれている。この画面が久世さんから先日のバンド対決の様子に切り替わった。
ダイジェストで各バンドの演奏が流れる。私たちの演奏を改めて見ると、やっぱりボロボロだ。それと比較して、Say-Ryuのレベルの高さが際立っていた。
VTRではやっぱり、伊知川くんが特別支援学校に通っていることを、前面に押し出している。「障がいをはねのける奇跡の歌声」という大きなテロップが出て、インタビューも伊知川くんだけが使われていた。
あの悔しい気持ちが蘇ってくる。
「じゃあ、間もなくスタジオに返ってくるから、よろしくね」と久世さんが声をかけてくれた。
複雑なまま気持ちのまたスタジオに返り、久世さんが私たちを紹介する。
「どうでしたか? 東海エリアの高校生ミュージシャンはすごいですよね? 今回はこの対決で見事優勝をした大垣市のバンド『水都ラベラー』の皆さんにお越しいただきました! 自己紹介をお願いします」
久世さんの紹介があって、カメラ下に設置されたテレビモニターに私たちの姿が映る。
事前に練習したとおりに、私たちは一人ずつ、手短に自己紹介をした。
「本人は、何も意識していないだろうけど、……あのね、大人からすれば特別支援学校の伊知川くんが一緒にバンドをするって、すごいことだよ。だって、大人たちが、一緒にうまくやれていないんだから。しかも、バンドのレベルが高いとなると、そりゃ注目されるよね?」
いきなり、久世さんは伊知川くんに質問してきた。
「ボクは、一緒にバンドができて嬉しいです。ただ、注目されすぎです」
「そうだよね。でも、正直、こういう取り上げ方ばかりされるのは、嫌なんじゃない?」
え? 思いがけない質問だ。
久世さんは、私たちの本心が分かってくれている! こんな大人もいるんだ……。私は驚いた。
「正直、嫌です。ボクは特別支援学校生だから、それこそいつも特別扱いされてきましたが、バンドのメンバーとしてだけは特別扱いされたくないです」
「いいね! 伊知川くんはロックだ。そうだよな。海外の有名なアーティストにも、色んな障がいのある人がいるけど、例えばスティービー・ワンダーのように、その人たちは障がいがあることで売れてる訳じゃないもんな」
「そうです! スティービー・ワンダー好きです」
「そうか。伊知川くん。そういう怒りを忘れず、スティービーのように、そのまま音楽にぶつけるんだよ。リーダーのチヒロさんも同じ気持ちかい?」
「はい。もっと上手くなって、本当の実力で勝負したい」
チヒロは、私たちメンバー全員の願いを代弁してくれた。
「ただ、この前のバンド対決は、水都ラベラーが文句なしの優勝だと思うよ」
「そうですか?」とチヒロは驚いた顔をする。
「そうだよ。すべてをひっくるめて、どれだけ人の心を掴めたか、がこの対決の評価のポイントだから」
「でも、これからずっと、そういう特別扱いで受賞してしまうとやり切れない」
久世さんは、悩んで答えるチヒロの肩を叩いた。
「大丈夫。そういう障がい者と健常者のバンドで注目されるのは、最初だけさ。もう、そういう面で特に有名になってしまったから、次からの勝負ではシビアに実力が求められると思うよ」
「本当ですか?」
「うん。まずは演奏が一定のレベルに達しないと、メジャーデビューできないからね。1月に開催されるバンドコンテスト『YOKOHAMA WAVE』の東海予選は出るの?」
「はい!」と私が元気よく答えた。
「じゃあ、そのコンテストは完全に実力だけの勝負になるな。今回のバンド対決とはまるで違うよ。伊知川くんが特別支援学校生であろうとなかろうと関係ない」
「そうだったら、嬉しいです」とさらに私が答える。
「だって、僕は今度の東海予選の審査委員だから」
「ええっ!?」と今度は、梨香が声を上げた。
「アヤノさんのベースは安定してる。コーラスのハモリも絶妙だね。ドラムの梨香さんとのシンクロも心地いい」
あの久世さんにベースを褒めてもらえて、思わずニヤニヤしてしまう。
「欲を言うと、もう少しアグレッシブな演奏やアレンジになってもいいかな。チヒロさんを立てようとしすぎてて、もったいない」
久世さんのアドバイスは、そのとおりだと思う。私はいつも、ついチヒロの背中に隠れようとしてしまう。
「何でもったいないのかというと、伊知川くんは、常にアヤノさんのベースをよく聴いて、それを基準に唄っているからだよ。というか、伊知川くんはベースのアヤノさんを誰よりも信じ切っているね?」
「はい」と伊知川くんは照れくさそうに返事する。
そうなの? 私は初めて知った。
「アヤノさんのベースがアグレッシブになれば、伊知川くんのボーカルも枠組みを超えると思うよ」
収録はあっという間に過ぎていった。久世さんのトークに引き込まれ、私たちはテレビ番組の出演者であることを忘れてしまいそうになる。
さすが元バンドマンだけあって、アドバイスが的確だ。
その日の収録は、私たちにとって忘れられない時間となった。
セットの前には高価そうなカメラが何台も並んでいた。
これが、テレビのスタジオか……。
そのスタジオにある司会の席に、東海のローカルタレントの久世さんがいた。メガネをいつもしていて、シルバーヘアにTシャツとデニム姿で、とてもオシャレ。久世さんは東海エリアのFMラジオやテレビに多数出演する有名人だ。高校生の頃、バンドコンテストで優勝してメジャーデビューした経験があり、音楽のことに詳しいから、私たちからすれば憧れの存在でもある。
「わ、本物だ!」と私は思わず声を出す。伊知川くんも「すごおい! テレビの人だ」と言って固まった。すると、久世さんは吹き出した。
「本物だよー。よく来たね。ここに座って、まずはピンマイクを付けてもらってね」と隣の席へ誘導する。
このマイクを付けるのに、意外に時間がかかった。女性の若いスタッフが胸元にクリップで小さなマイクを付けるのはいいが、このマイクから伸びるケーブルを制服の中を通して背中に回さなければならないらしい。
マイクを付ける作業の途中で、久世さんは「この前の演奏聴いたけど、すごくよかったよ」と声をかけてくれる。
「いいえ、演奏は納得できなくて……」とチヒロが答えると、久世さんは「分かるよ。詳しくは本番で聞くね」と笑った。
マイクが完了すると、さっきのチャラい男性スタッフが来て、収録の流れを説明してくれる。
そしてマイクチェックを兼ねて、自己紹介の部分を一度練習した。
てっきり、番組の最初から最後まで生放送のように、止めないで収録するのかと思っていたが、違うらしい。これから、私たちの出演するコーナーだけを収録して、後から編集ではめ込むということだ。
そのコーナーでは最初に久世さんが高校生バンド対決の紹介をして、次に、そのステージの映像が流れてから、私たちの登場となる。
「もう、ノリノリでやっちゃってよ」というチャラいこのスタッフは、喋る内容もチャラい。しかし、この人のことを久世さんや他のスタッフが「ディレクター」と呼んでいたから、番組では偉い人なのかもしれない。
「じゃあ、収録始めます! 10秒前、8、7、6、5秒前……」
心の準備もできないまま、勢いで収録が始まった。
目の前は、カメラばかり。バンドのステージとはまるで見える景色が違うから、どんどん緊張してゆく。どこを見ていいのかも分からない。
緊張する私や伊知川くんと違って、チヒロと梨香は平然としていた。
私たちは、久世さんの隣に2列になって座っていた。
前列がチヒロと伊知川くん。後列が私と梨香。
すぐ隣にスタンバイしているが、久世さんが紹介するまで、私たちはカメラに映らないらしい。
「さて、先日、番組特別企画として高校生バンド対決が行われました。僕がSNSや動画投稿サイトで見つけた注目の高校生バンドを6組、独断でチョイスして対決していただいたんですが、これが、みんな素晴らしいパフォーマンスでした。まずは、その対決の模様をVTRでご覧ください」
私たちの目の前に並ぶカメラの下に、大きなテレビモニター画面が置かれている。この画面が久世さんから先日のバンド対決の様子に切り替わった。
ダイジェストで各バンドの演奏が流れる。私たちの演奏を改めて見ると、やっぱりボロボロだ。それと比較して、Say-Ryuのレベルの高さが際立っていた。
VTRではやっぱり、伊知川くんが特別支援学校に通っていることを、前面に押し出している。「障がいをはねのける奇跡の歌声」という大きなテロップが出て、インタビューも伊知川くんだけが使われていた。
あの悔しい気持ちが蘇ってくる。
「じゃあ、間もなくスタジオに返ってくるから、よろしくね」と久世さんが声をかけてくれた。
複雑なまま気持ちのまたスタジオに返り、久世さんが私たちを紹介する。
「どうでしたか? 東海エリアの高校生ミュージシャンはすごいですよね? 今回はこの対決で見事優勝をした大垣市のバンド『水都ラベラー』の皆さんにお越しいただきました! 自己紹介をお願いします」
久世さんの紹介があって、カメラ下に設置されたテレビモニターに私たちの姿が映る。
事前に練習したとおりに、私たちは一人ずつ、手短に自己紹介をした。
「本人は、何も意識していないだろうけど、……あのね、大人からすれば特別支援学校の伊知川くんが一緒にバンドをするって、すごいことだよ。だって、大人たちが、一緒にうまくやれていないんだから。しかも、バンドのレベルが高いとなると、そりゃ注目されるよね?」
いきなり、久世さんは伊知川くんに質問してきた。
「ボクは、一緒にバンドができて嬉しいです。ただ、注目されすぎです」
「そうだよね。でも、正直、こういう取り上げ方ばかりされるのは、嫌なんじゃない?」
え? 思いがけない質問だ。
久世さんは、私たちの本心が分かってくれている! こんな大人もいるんだ……。私は驚いた。
「正直、嫌です。ボクは特別支援学校生だから、それこそいつも特別扱いされてきましたが、バンドのメンバーとしてだけは特別扱いされたくないです」
「いいね! 伊知川くんはロックだ。そうだよな。海外の有名なアーティストにも、色んな障がいのある人がいるけど、例えばスティービー・ワンダーのように、その人たちは障がいがあることで売れてる訳じゃないもんな」
「そうです! スティービー・ワンダー好きです」
「そうか。伊知川くん。そういう怒りを忘れず、スティービーのように、そのまま音楽にぶつけるんだよ。リーダーのチヒロさんも同じ気持ちかい?」
「はい。もっと上手くなって、本当の実力で勝負したい」
チヒロは、私たちメンバー全員の願いを代弁してくれた。
「ただ、この前のバンド対決は、水都ラベラーが文句なしの優勝だと思うよ」
「そうですか?」とチヒロは驚いた顔をする。
「そうだよ。すべてをひっくるめて、どれだけ人の心を掴めたか、がこの対決の評価のポイントだから」
「でも、これからずっと、そういう特別扱いで受賞してしまうとやり切れない」
久世さんは、悩んで答えるチヒロの肩を叩いた。
「大丈夫。そういう障がい者と健常者のバンドで注目されるのは、最初だけさ。もう、そういう面で特に有名になってしまったから、次からの勝負ではシビアに実力が求められると思うよ」
「本当ですか?」
「うん。まずは演奏が一定のレベルに達しないと、メジャーデビューできないからね。1月に開催されるバンドコンテスト『YOKOHAMA WAVE』の東海予選は出るの?」
「はい!」と私が元気よく答えた。
「じゃあ、そのコンテストは完全に実力だけの勝負になるな。今回のバンド対決とはまるで違うよ。伊知川くんが特別支援学校生であろうとなかろうと関係ない」
「そうだったら、嬉しいです」とさらに私が答える。
「だって、僕は今度の東海予選の審査委員だから」
「ええっ!?」と今度は、梨香が声を上げた。
「アヤノさんのベースは安定してる。コーラスのハモリも絶妙だね。ドラムの梨香さんとのシンクロも心地いい」
あの久世さんにベースを褒めてもらえて、思わずニヤニヤしてしまう。
「欲を言うと、もう少しアグレッシブな演奏やアレンジになってもいいかな。チヒロさんを立てようとしすぎてて、もったいない」
久世さんのアドバイスは、そのとおりだと思う。私はいつも、ついチヒロの背中に隠れようとしてしまう。
「何でもったいないのかというと、伊知川くんは、常にアヤノさんのベースをよく聴いて、それを基準に唄っているからだよ。というか、伊知川くんはベースのアヤノさんを誰よりも信じ切っているね?」
「はい」と伊知川くんは照れくさそうに返事する。
そうなの? 私は初めて知った。
「アヤノさんのベースがアグレッシブになれば、伊知川くんのボーカルも枠組みを超えると思うよ」
収録はあっという間に過ぎていった。久世さんのトークに引き込まれ、私たちはテレビ番組の出演者であることを忘れてしまいそうになる。
さすが元バンドマンだけあって、アドバイスが的確だ。
その日の収録は、私たちにとって忘れられない時間となった。



