ステージでは、緊張した高校生のバンドが持ち時間10分で、次々と演奏を繰り広げていく。会場は観客が埋め尽くし、盛り上がっていた。
東海エリアの選りすぐりのバンドを集めただけあって、どこもレベルが高い。私たち水都ラベラーと沙希のいるSay-Ryu以外の4つのバンドは、キーボードがメンバーにいて、エレクトロに遊んだ音を奏でる。エレキギターの音もクリアで、ファンクのようなサウンドだ。
これに対し、水都ラベラーとSay-Ryuは、時代に逆行するようなゴリゴリのロックだ。これをどう評価されるか、不安で仕方がない。
「どのバンドも個性的で、うまいですね」と伊知川くんが言う。
「私たちも負けていられないよ」と私が言うと、「そうだな」とチヒロが相槌を打つ。
すぐ近くで、沙希らも食い入るようにステージを映し出すモニターを眺めていた。
「年々、東海エリアのバンドのレベルが上がってない?」と沙希は黒田くんにつぶやく。
こういうバンド対決は、他のバンドが全部、自分たちよりもうまく見えてしまう。でも、私たちは私たちだけの演奏で勝負するしかないんだ。
「それでは、水都ラベラーさん、お願いします」
ついに、私たちの出番が回ってきた。出演は残すところ、私たちと沙希のSay-Ryuのみ。
「頑張りなよ」と沙希は私たちに声をかけてくれた。頷いて、テントから出ると、脇から階段を上がって、ステージに上がる。
広い!
ステージが見たこともない広さだ。ステージの前には多くの人が埋め尽くしている。
照明が眩しい。
「水都ラベラーの皆さん。いいですか。それではまず、セッティングの開始です!」
ステージの中央に立つ太田アナが、号令をかける。
私たちは、慌てて楽器のセッティングに取り掛かった。このセッティングは5分以内、とルールで定まっている。5分を超えると減点になるから注意しなければいけない。
私や伊知川くん、梨香はセッティングが早い。特に準備に時間がかかる要素がないからだ。いつも時間がかかるのはチヒロ。
足元に音を変えるペダル式のエフェクターを奥から、いつも手間取る。しかし、今日は早かった。チヒロが手を上げる。セッティングが完了した、という合図だ。
ここまでは順調だ。
「それでは、演奏に入る前に意気込みを伺います。バンドのリーダーのチヒロさん。お願いします」
「大垣市でロックをメインにオリジナルの楽曲で勝負している、水都ラベラーです。夢はメジャーデビューです。よろしくお願いします!」
チヒロのインタビューが終わり、太田アナがステージの脇へ退いた。いよいよ、演奏開始だ。
……と思ったら、端の審査員席にいる男性が立ち上がって手をふり、ステージの進行を止める。あの男性が座っている机の上には「番組プロデューサー」と書かれたプレートが置いてあった。この番組で一番偉い人かな?
変な間ができて、会場がザワついた。そのプロデューサーの男性はしきりに伊知川くんを指差して、太田アナに横柄に指示する。
嫌な予感がした。演奏前に伊知川くんを指差す必要なんてないはずだ。
すると、再び太田アナがステージに戻ってきた。
「さて、先ほど、リーダーのチヒロさんに意気込みを語ってもらったのですが、もう一人、お話を伺いたいと思います。ボーカルの伊知川さん!」
太田アナの予期しない呼びかけに、伊知川くんは驚いている。
「伊知川さんは、他のメンバーと同じ高校じゃないんですよね? どこの高校ですか?」
「あ、はい。ボクは特別支援学校です」
この番組は伊知川くんを特別扱いして取り上げようとしている。こんなのルール違反だ。
「障がいがあるそうですね」
「生まれつき、軽度の知的障がいと自閉スペクトラム症があります」
すると、観客からはち切れそうなほどの拍手が巻き起こる。
「すごいですね! そのハンディを乗り越えて、今日はステージで勝負するんですね!」
「はい。でも、ハンディだなんて思っていません」
伊知川くんはただ本心を喋っているだけなのに、会場の人たちは聖人を見るような目で「すごいぞ!」「立派だ!」などと伊知川くんに声をかけた。
演奏前に、ステージの空気感がすっかり変わった。
ここのすべての人が伊知川くんを応援し、贔屓しようとする雰囲気になっている。これじゃ、感動ポルノだ。
ただ、演奏だけで勝負しようとする私たちを置き去りにしていく。
違うんだ。純粋に音楽を聴いてほしいだけなのに。
インタビューをしている太田アナは、目頭を押さえながら話す。
「つらいこともたくさんあったでしょうに、すごいですね。障がいがある伊知川さんはSNSで注目を集めるシンガーです。すべての人に困難から立ち上がる勇気を与えてくれるのではないでしょうか。それでは、伊知川さんがボーカルを勤める水都ラベラーの演奏をお聴きください」
他のバンドとは明らかに違うように締めくくって、太田アナはステージの脇へ行った。
この、空気感で私たちの演奏が始まる。もう、後戻りはできなかった。
1曲目の「キララ」のイントロをチヒロが弾いただけで、会場の人たちは自然と手拍子をする。そして、伊知川くんが唄い出すだけで歓声が起こった。こんなのは望んでない。他のバンドと同じように扱ってほしい。
私たちの中で何かが狂い出した。
いつも冷静なチヒロが、間奏のワンフレーズを間違え、さらにサビの繰り返しを飛ばしてしまう。いつも完璧なチヒロがおかしい。雰囲気に呑み込まれていた。会場の手拍子の音が大きいから、梨香のリズムもズレる。苦しい演奏だ。
それとは真逆に、伊知川くんは冷静だ。演奏の間違いがあっても、つなぎ合わせて唄い、何とか乗り越えようとしてくれている。しかし、演奏はチグハグで、苦しみ続けた。
2曲目の「サクら」は、変な熱狂をしている観客に慣れて、何とか演奏は立て直す。それでも、いつものパフォーマンスに比べれば、60点くらいの出来でしかなかった。
深い悲しみに覆われて、私たちのステージは終わった。顔をしかめる私たちの気持ちなど置いてけぼりにして、この日一番の盛大な拍手が会場から巻き上がる。アンコールまで出たが、太田アナがステージに入って「アンコールはありません」と断った。
肩を落とし、私たちはステージを降りる。
「ごめん」
控えのテントに戻ると、チヒロは頭を下げて言う。いつも強気なチヒロが、弱々しい。相当反省しているようだ。
「謝らないでください。ボクもダメでした」
伊知川くんは、チヒロをかばう。
「悪いのは、チヒロだけじゃないよ。私もリズムが狂ってしまったもん」と梨香もフォローした。
「私も、会場の雰囲気にのみ込まれちゃった……。コンテストまでまだ時間があるから、立て直そうよ」と私はチヒロを抱きしめる。
チヒロは「ごめん。ごめん」と繰り返した。
私たちの後に出たSay-Ryuは、圧巻のパフォーマンスをステージで繰り広げる。
沙希のボーカルとギターは、去年よりもさらに技術を上げていた。ベースとドラムは息ぴったりで、王者の風格を漂わせる。
完全な敗北だった。
最後に、出演した全バンドのメンバーがステージに上がる。
ここで、審査員から準優勝と優勝が発表されるのだ。
今日のパフォーマンスでは、入賞などありえないことが分かっていた私たちは、ただ、突っ立っていた。
「それではまず、審査委員長のプロデューサーから、準優勝のバンドの発表です。お願いします!」
太田アナに促されて、審査委員長がステージ中央のマイクの前に立った。私たちの演奏直前に、伊知川くんを無理矢理インタビューするよう太田アナに指示した番組プロデューサーだ。
このプロデューサーは、紙に書かれたバンド名を読み上げる。
しかし、ここで思いがけないことが起こった。
「準優勝のバンドは、Say-Ryuです!」
まさか。
どうみても、今日のステージで圧倒的に良かったのは、Say-Ryuだった。優勝はSay-Ryu以外ありえないはずなのに。
表彰式をもらう沙希や黒田くん、リョウタくんは悔しがっていた。
「それでは、優勝者の発表です。審査委員長、お願いします」
言い終わると太田アナが、チラッと私たちを見た。
私たちが優勝ではないのは分かっていたが、それでも、嫌な予感がした。
「優勝のバンドは……」と審査委員長が言うと、会場にBGMでドラムロールが流れる。
そのドラムロールが終わり、会場が静寂に包まれると、間を置いて審査委員長のプロデューサーは大声で告げた。
「優勝のバンドは、水都ラベラーです! おめでとう!」
優勝したのが、私たち?
東海エリアの選りすぐりのバンドを集めただけあって、どこもレベルが高い。私たち水都ラベラーと沙希のいるSay-Ryu以外の4つのバンドは、キーボードがメンバーにいて、エレクトロに遊んだ音を奏でる。エレキギターの音もクリアで、ファンクのようなサウンドだ。
これに対し、水都ラベラーとSay-Ryuは、時代に逆行するようなゴリゴリのロックだ。これをどう評価されるか、不安で仕方がない。
「どのバンドも個性的で、うまいですね」と伊知川くんが言う。
「私たちも負けていられないよ」と私が言うと、「そうだな」とチヒロが相槌を打つ。
すぐ近くで、沙希らも食い入るようにステージを映し出すモニターを眺めていた。
「年々、東海エリアのバンドのレベルが上がってない?」と沙希は黒田くんにつぶやく。
こういうバンド対決は、他のバンドが全部、自分たちよりもうまく見えてしまう。でも、私たちは私たちだけの演奏で勝負するしかないんだ。
「それでは、水都ラベラーさん、お願いします」
ついに、私たちの出番が回ってきた。出演は残すところ、私たちと沙希のSay-Ryuのみ。
「頑張りなよ」と沙希は私たちに声をかけてくれた。頷いて、テントから出ると、脇から階段を上がって、ステージに上がる。
広い!
ステージが見たこともない広さだ。ステージの前には多くの人が埋め尽くしている。
照明が眩しい。
「水都ラベラーの皆さん。いいですか。それではまず、セッティングの開始です!」
ステージの中央に立つ太田アナが、号令をかける。
私たちは、慌てて楽器のセッティングに取り掛かった。このセッティングは5分以内、とルールで定まっている。5分を超えると減点になるから注意しなければいけない。
私や伊知川くん、梨香はセッティングが早い。特に準備に時間がかかる要素がないからだ。いつも時間がかかるのはチヒロ。
足元に音を変えるペダル式のエフェクターを奥から、いつも手間取る。しかし、今日は早かった。チヒロが手を上げる。セッティングが完了した、という合図だ。
ここまでは順調だ。
「それでは、演奏に入る前に意気込みを伺います。バンドのリーダーのチヒロさん。お願いします」
「大垣市でロックをメインにオリジナルの楽曲で勝負している、水都ラベラーです。夢はメジャーデビューです。よろしくお願いします!」
チヒロのインタビューが終わり、太田アナがステージの脇へ退いた。いよいよ、演奏開始だ。
……と思ったら、端の審査員席にいる男性が立ち上がって手をふり、ステージの進行を止める。あの男性が座っている机の上には「番組プロデューサー」と書かれたプレートが置いてあった。この番組で一番偉い人かな?
変な間ができて、会場がザワついた。そのプロデューサーの男性はしきりに伊知川くんを指差して、太田アナに横柄に指示する。
嫌な予感がした。演奏前に伊知川くんを指差す必要なんてないはずだ。
すると、再び太田アナがステージに戻ってきた。
「さて、先ほど、リーダーのチヒロさんに意気込みを語ってもらったのですが、もう一人、お話を伺いたいと思います。ボーカルの伊知川さん!」
太田アナの予期しない呼びかけに、伊知川くんは驚いている。
「伊知川さんは、他のメンバーと同じ高校じゃないんですよね? どこの高校ですか?」
「あ、はい。ボクは特別支援学校です」
この番組は伊知川くんを特別扱いして取り上げようとしている。こんなのルール違反だ。
「障がいがあるそうですね」
「生まれつき、軽度の知的障がいと自閉スペクトラム症があります」
すると、観客からはち切れそうなほどの拍手が巻き起こる。
「すごいですね! そのハンディを乗り越えて、今日はステージで勝負するんですね!」
「はい。でも、ハンディだなんて思っていません」
伊知川くんはただ本心を喋っているだけなのに、会場の人たちは聖人を見るような目で「すごいぞ!」「立派だ!」などと伊知川くんに声をかけた。
演奏前に、ステージの空気感がすっかり変わった。
ここのすべての人が伊知川くんを応援し、贔屓しようとする雰囲気になっている。これじゃ、感動ポルノだ。
ただ、演奏だけで勝負しようとする私たちを置き去りにしていく。
違うんだ。純粋に音楽を聴いてほしいだけなのに。
インタビューをしている太田アナは、目頭を押さえながら話す。
「つらいこともたくさんあったでしょうに、すごいですね。障がいがある伊知川さんはSNSで注目を集めるシンガーです。すべての人に困難から立ち上がる勇気を与えてくれるのではないでしょうか。それでは、伊知川さんがボーカルを勤める水都ラベラーの演奏をお聴きください」
他のバンドとは明らかに違うように締めくくって、太田アナはステージの脇へ行った。
この、空気感で私たちの演奏が始まる。もう、後戻りはできなかった。
1曲目の「キララ」のイントロをチヒロが弾いただけで、会場の人たちは自然と手拍子をする。そして、伊知川くんが唄い出すだけで歓声が起こった。こんなのは望んでない。他のバンドと同じように扱ってほしい。
私たちの中で何かが狂い出した。
いつも冷静なチヒロが、間奏のワンフレーズを間違え、さらにサビの繰り返しを飛ばしてしまう。いつも完璧なチヒロがおかしい。雰囲気に呑み込まれていた。会場の手拍子の音が大きいから、梨香のリズムもズレる。苦しい演奏だ。
それとは真逆に、伊知川くんは冷静だ。演奏の間違いがあっても、つなぎ合わせて唄い、何とか乗り越えようとしてくれている。しかし、演奏はチグハグで、苦しみ続けた。
2曲目の「サクら」は、変な熱狂をしている観客に慣れて、何とか演奏は立て直す。それでも、いつものパフォーマンスに比べれば、60点くらいの出来でしかなかった。
深い悲しみに覆われて、私たちのステージは終わった。顔をしかめる私たちの気持ちなど置いてけぼりにして、この日一番の盛大な拍手が会場から巻き上がる。アンコールまで出たが、太田アナがステージに入って「アンコールはありません」と断った。
肩を落とし、私たちはステージを降りる。
「ごめん」
控えのテントに戻ると、チヒロは頭を下げて言う。いつも強気なチヒロが、弱々しい。相当反省しているようだ。
「謝らないでください。ボクもダメでした」
伊知川くんは、チヒロをかばう。
「悪いのは、チヒロだけじゃないよ。私もリズムが狂ってしまったもん」と梨香もフォローした。
「私も、会場の雰囲気にのみ込まれちゃった……。コンテストまでまだ時間があるから、立て直そうよ」と私はチヒロを抱きしめる。
チヒロは「ごめん。ごめん」と繰り返した。
私たちの後に出たSay-Ryuは、圧巻のパフォーマンスをステージで繰り広げる。
沙希のボーカルとギターは、去年よりもさらに技術を上げていた。ベースとドラムは息ぴったりで、王者の風格を漂わせる。
完全な敗北だった。
最後に、出演した全バンドのメンバーがステージに上がる。
ここで、審査員から準優勝と優勝が発表されるのだ。
今日のパフォーマンスでは、入賞などありえないことが分かっていた私たちは、ただ、突っ立っていた。
「それではまず、審査委員長のプロデューサーから、準優勝のバンドの発表です。お願いします!」
太田アナに促されて、審査委員長がステージ中央のマイクの前に立った。私たちの演奏直前に、伊知川くんを無理矢理インタビューするよう太田アナに指示した番組プロデューサーだ。
このプロデューサーは、紙に書かれたバンド名を読み上げる。
しかし、ここで思いがけないことが起こった。
「準優勝のバンドは、Say-Ryuです!」
まさか。
どうみても、今日のステージで圧倒的に良かったのは、Say-Ryuだった。優勝はSay-Ryu以外ありえないはずなのに。
表彰式をもらう沙希や黒田くん、リョウタくんは悔しがっていた。
「それでは、優勝者の発表です。審査委員長、お願いします」
言い終わると太田アナが、チラッと私たちを見た。
私たちが優勝ではないのは分かっていたが、それでも、嫌な予感がした。
「優勝のバンドは……」と審査委員長が言うと、会場にBGMでドラムロールが流れる。
そのドラムロールが終わり、会場が静寂に包まれると、間を置いて審査委員長のプロデューサーは大声で告げた。
「優勝のバンドは、水都ラベラーです! おめでとう!」
優勝したのが、私たち?



