地元の新聞に取り上げられた影響は、その後も大きかった。
その翌週には、地元のケーブルテレビや名古屋のテレビ局などがニュースで私たちを取材した。こんな扱いを私たちは受けたことがないから、毎回戸惑う。
私たちのバンドのSNSはフォロワー数が一気に伸び、1万を超えた。コメントもたくさん入りすぎて、返信しきれない。
大垣の街で有名になっていくのが、最初は嬉しかった。しかし、「障がい者と健常者の高校生バンド」というイメージだけが、私たちを置いて独り歩きし、私たちの知らないところで勝手にストーリーがつくられてしまう。
「あなたたちは偉いね」と学校内外の人たちから褒められる機会がどんどん増えていった。
私たちは、ほかの部活をしている生徒と同じように、ただやりたいからバンド活動をしているだけだ。それなのに、伊知川くんは「相当な苦労をして困難に立ち向かう人」、私やチヒロ、梨香は「障がい者を受け入れる善人」というイメージが張り付いてしまう。他の部活をしている生徒と何も変わらないのに、すごいことをやってのけているかのような扱いを受けると違和感しか感じない。
伊知川くんやチヒロ、梨香、私は聖人じゃないのに。
泥臭くバンドをやっている、ただの高校生だ。
しかし、この流れは変えられなかった。
その数日後、部活の練習中に、島田先生がまた唐突に練習場へやってきた。慌てて、私たちは演奏を止める。
「有名人のキミたちに、テレビ局からオファーがきたぞ」
「有名人って、そんな言い方しないでください。私たちは、フツーの高校生です」
思わずムカっとした私は、先生に口ごたえしてしまう。
「うーん、ボクは普通の高校生ではないですが、特別支援学校にいるフツーの生徒ではあります」と伊知川くんが話すと、島田先生は笑った。
「そうだな。キミたちはフツーの生徒だ。しかし、自分だけの表現力で勝負しようと努力しているから、先生からすると、自慢の生徒だよ」
「また、お涙ちょうだい、みたいな取り上げ方をするニュース取材か?」
先日のニュース取材で嫌気がさしているチヒロは、先生に食ってかかる。
「いや、今回は違う。名古屋ステーションテレビの深夜に放送している音楽番組みたいだ。ほら、これが出演依頼書だよ」と島田先生が持っていた紙を見せてくれた。
メディアが取材や出演のお願いに来る場合は、事前に依頼書という1枚の紙が高校にメールで送られてくる。ここに、番組名や、ディレクターの名前、取材希望日、取材内容などがまとめられてある。
「わ、『キンシャチ・カウントダウン』じゃん!」
梨香は、声を張り上げた。
「キンシャチ・カウントダウン」は、J-POPの最新楽曲をランキング形式で紹介するほか、東海3県のアーティストやライブを取り上げる憧れの番組だ。
「ボクもこの番組大好きです。いつも配信で見ています」
伊知川くんまでテンションが上がっている。
しかし、メディアに出て、苦しむことがあることを知っているから、私とチヒロは慎重だった。
依頼書には「番組ナビゲーターの久世が、SNSや動画投稿サイトで見つけた注目の高校生バンド6組による決戦」と書いてある。名古屋のイベント会場で、この6組が演奏で対決し、この模様が収録されて短く放送されるらしい。優勝者は、番組にゲスト出演できるみたいだ。
「私たちが注目の高校生バンド6組に選ばれたってこと?」
私の問いに、島田先生は「そうだよ。すごいじゃないか」と答える。
「この6組にSay-Ryuも入っているな」
沙希がいる、同じ大垣のライバルバンドが、出演予定として記入してある。去年、バンドコンテスト「YOKOHAMA WAVE」の東海予選で、私たちはSay-Ryuに負けて3位だった。Say-Ryuは2位で全国大会に行ったものの入賞できずデビューを逃したから、今年こそは、と強い想いを抱いているはず。
ちなみに去年、この東海予選で優勝したのは名古屋の高校2年生のバンドだ。全国大会でも入賞し、そのメンバーは今、高校3年生だが、推薦で東京の大学に進学するらしい。そして、大学生になってから、メジャーデビューするそうだ。
代替わりして、暫定的に今、東海エリアの高校生バンドで頂点にいるのは、沙希のいるSay-Ryuということになる。
「え? 優勝したらあのナビゲーターの久世さんに会えるんですか!?」
伊知川くんは、もう出演する気になってしまっている。
「沙希が出るなら、負ける訳にいかないな」とチヒロが決心して言う。
「本番に向けて、ちょうどいい模試みたいなもんね」と私が言うと、伊知川くんが私の正面に立って、両肩に手を置く。伊知川くんの顔がすぐそこに……。
「アヤノさんが乗ってくれて嬉しいです。これは、真剣勝負だから、特別支援学校のボクがいるかどうかは関係ありません!」
時々、伊知川くんの行動は、少女マンガのスパダリのように大胆になるから、照れてしまう。
「おい、だから、このバンドの女はアヤノだけじゃないんだぞ」
いつものように、チヒロは冷やした。
ひょっとして、伊知川くんは私のこと、好きなんだろうか……? まさか、ね。
「じゃあ、テレビ局の依頼は承認しておくぞ」と言って、島田先生は職員室へ戻っていった。
コンテスト東海予選に向けて、前哨戦となる高校生バンド対決は、名古屋市の久屋大通の屋外特設ステージで行われた。バンド1組の持ち時間は10分。このバンド対決はテレビ局のイベントの一環で行われるので、有名なタレントが近くの別のステージで会場を盛り上げている。ものすごい人だ。
11月下旬ともなると、昼間でも屋外は寒い。私たちは冬用の制服姿で出番を待つ。
高校生バンドのコンテストや大きなイベントでは、ステージ衣装は制服が原則となっている。ショッピングセンターのイベントのように服装が自由ではないから、チヒロや梨香は不満そうだ。
ステージの脇には、控室のような位置づけで四方をシートで覆った大きなテントが用意され、ここにバンド6組が集まった。
「今日、よろしくね」とSay-Ryuの沙希が私たちに声をかけてきた。
「久しぶりだな」とSay-Ryuのベースのリョウタくんがチヒロに話しかける。前髪が長くて背が高いリョウタくんはチヒロとは保育園からの幼なじみで、梨香も含めて同じ中学校の出身だ。このリョウタくんは、チヒロの元カレらしい。
「よっ」と片手をあげて挨拶するキザなSay-Ryuのドラムの黒田くんは、私と同じ中学出身で、吹奏楽部でも一緒だったから昔からよく知っている。
リョウタくんも黒田くんも、いや、沙希も含めて演奏力やコーラスワークは東海エリアで群を抜いている。このバンドに私たちは勝たなければならない。
テントには、他に愛知県名古屋市のバンドが2組、三重県四日市市のバンドが1組、岐阜県高山市のバンドが1組いる。
みんなは待ち時間の間、バンドや演奏の話をして探りを入れる。仲良くはしたいが、この後に対決が待っているから、他のバンドに対して敵意のようなものが常に漂っていた。
「見たよ、テレビで。伊知川くんはもう、東海の有名人だな。昔から、音楽は好きなのか?」
名古屋のバンドメンバーの1人が言った。
「はい」と伊知川くんは緊張して答える。
「審査で有利かもね」と沙希は嫌味っぽく言う。
「そんなの関係ない。私たち水都ラベラーは、実力で勝負するから」と私は沙希に返す。
「もちろん、こっちもよ。負けられない。今年も『YOKOHAMA WAVE』の東海予選を勝ち抜いて、去年果たせなかった入賞とデビューを絶対掴み取ってやる」と沙希が挑発的に言うと、黒田くんとリョウタくんは「まあまあ」となだめた。
微妙な空気の中、番組のスタッフの人たちが入ってきて、出番の順番を決めるクジを持ってきた。各バンドのリーダーがそのクジを引く。
私たち水都ラベラーの出番は5番目。そして、最後の6番目がSay-Ryuに決まった。
「ステージの司会を務めます、名古屋ステーションテレビのアナウンサー、太田です。今日はよろしくね」
テレビでよく見るアナウンサーがテントに来て、声をかけてくれた。みんなは大喜びで、太田アナとケータイで写真を撮る。
ほかにも審査員や番組ディレクターなど、たくさんの人が来てくれたが、覚えきれない。
「それでは間もなく本番、始まります」
無線機をつけたスタッフが私たちのいる声をかけ、1組目のバンドが出ていく。
テント内には、ステージの模様が映るモニターが設置されていた。先ほど挨拶に来てくれた太田アナウンサーがBGMとともに、ステージの中央に現れる。
いよいよ、勝負が始まった。
その翌週には、地元のケーブルテレビや名古屋のテレビ局などがニュースで私たちを取材した。こんな扱いを私たちは受けたことがないから、毎回戸惑う。
私たちのバンドのSNSはフォロワー数が一気に伸び、1万を超えた。コメントもたくさん入りすぎて、返信しきれない。
大垣の街で有名になっていくのが、最初は嬉しかった。しかし、「障がい者と健常者の高校生バンド」というイメージだけが、私たちを置いて独り歩きし、私たちの知らないところで勝手にストーリーがつくられてしまう。
「あなたたちは偉いね」と学校内外の人たちから褒められる機会がどんどん増えていった。
私たちは、ほかの部活をしている生徒と同じように、ただやりたいからバンド活動をしているだけだ。それなのに、伊知川くんは「相当な苦労をして困難に立ち向かう人」、私やチヒロ、梨香は「障がい者を受け入れる善人」というイメージが張り付いてしまう。他の部活をしている生徒と何も変わらないのに、すごいことをやってのけているかのような扱いを受けると違和感しか感じない。
伊知川くんやチヒロ、梨香、私は聖人じゃないのに。
泥臭くバンドをやっている、ただの高校生だ。
しかし、この流れは変えられなかった。
その数日後、部活の練習中に、島田先生がまた唐突に練習場へやってきた。慌てて、私たちは演奏を止める。
「有名人のキミたちに、テレビ局からオファーがきたぞ」
「有名人って、そんな言い方しないでください。私たちは、フツーの高校生です」
思わずムカっとした私は、先生に口ごたえしてしまう。
「うーん、ボクは普通の高校生ではないですが、特別支援学校にいるフツーの生徒ではあります」と伊知川くんが話すと、島田先生は笑った。
「そうだな。キミたちはフツーの生徒だ。しかし、自分だけの表現力で勝負しようと努力しているから、先生からすると、自慢の生徒だよ」
「また、お涙ちょうだい、みたいな取り上げ方をするニュース取材か?」
先日のニュース取材で嫌気がさしているチヒロは、先生に食ってかかる。
「いや、今回は違う。名古屋ステーションテレビの深夜に放送している音楽番組みたいだ。ほら、これが出演依頼書だよ」と島田先生が持っていた紙を見せてくれた。
メディアが取材や出演のお願いに来る場合は、事前に依頼書という1枚の紙が高校にメールで送られてくる。ここに、番組名や、ディレクターの名前、取材希望日、取材内容などがまとめられてある。
「わ、『キンシャチ・カウントダウン』じゃん!」
梨香は、声を張り上げた。
「キンシャチ・カウントダウン」は、J-POPの最新楽曲をランキング形式で紹介するほか、東海3県のアーティストやライブを取り上げる憧れの番組だ。
「ボクもこの番組大好きです。いつも配信で見ています」
伊知川くんまでテンションが上がっている。
しかし、メディアに出て、苦しむことがあることを知っているから、私とチヒロは慎重だった。
依頼書には「番組ナビゲーターの久世が、SNSや動画投稿サイトで見つけた注目の高校生バンド6組による決戦」と書いてある。名古屋のイベント会場で、この6組が演奏で対決し、この模様が収録されて短く放送されるらしい。優勝者は、番組にゲスト出演できるみたいだ。
「私たちが注目の高校生バンド6組に選ばれたってこと?」
私の問いに、島田先生は「そうだよ。すごいじゃないか」と答える。
「この6組にSay-Ryuも入っているな」
沙希がいる、同じ大垣のライバルバンドが、出演予定として記入してある。去年、バンドコンテスト「YOKOHAMA WAVE」の東海予選で、私たちはSay-Ryuに負けて3位だった。Say-Ryuは2位で全国大会に行ったものの入賞できずデビューを逃したから、今年こそは、と強い想いを抱いているはず。
ちなみに去年、この東海予選で優勝したのは名古屋の高校2年生のバンドだ。全国大会でも入賞し、そのメンバーは今、高校3年生だが、推薦で東京の大学に進学するらしい。そして、大学生になってから、メジャーデビューするそうだ。
代替わりして、暫定的に今、東海エリアの高校生バンドで頂点にいるのは、沙希のいるSay-Ryuということになる。
「え? 優勝したらあのナビゲーターの久世さんに会えるんですか!?」
伊知川くんは、もう出演する気になってしまっている。
「沙希が出るなら、負ける訳にいかないな」とチヒロが決心して言う。
「本番に向けて、ちょうどいい模試みたいなもんね」と私が言うと、伊知川くんが私の正面に立って、両肩に手を置く。伊知川くんの顔がすぐそこに……。
「アヤノさんが乗ってくれて嬉しいです。これは、真剣勝負だから、特別支援学校のボクがいるかどうかは関係ありません!」
時々、伊知川くんの行動は、少女マンガのスパダリのように大胆になるから、照れてしまう。
「おい、だから、このバンドの女はアヤノだけじゃないんだぞ」
いつものように、チヒロは冷やした。
ひょっとして、伊知川くんは私のこと、好きなんだろうか……? まさか、ね。
「じゃあ、テレビ局の依頼は承認しておくぞ」と言って、島田先生は職員室へ戻っていった。
コンテスト東海予選に向けて、前哨戦となる高校生バンド対決は、名古屋市の久屋大通の屋外特設ステージで行われた。バンド1組の持ち時間は10分。このバンド対決はテレビ局のイベントの一環で行われるので、有名なタレントが近くの別のステージで会場を盛り上げている。ものすごい人だ。
11月下旬ともなると、昼間でも屋外は寒い。私たちは冬用の制服姿で出番を待つ。
高校生バンドのコンテストや大きなイベントでは、ステージ衣装は制服が原則となっている。ショッピングセンターのイベントのように服装が自由ではないから、チヒロや梨香は不満そうだ。
ステージの脇には、控室のような位置づけで四方をシートで覆った大きなテントが用意され、ここにバンド6組が集まった。
「今日、よろしくね」とSay-Ryuの沙希が私たちに声をかけてきた。
「久しぶりだな」とSay-Ryuのベースのリョウタくんがチヒロに話しかける。前髪が長くて背が高いリョウタくんはチヒロとは保育園からの幼なじみで、梨香も含めて同じ中学校の出身だ。このリョウタくんは、チヒロの元カレらしい。
「よっ」と片手をあげて挨拶するキザなSay-Ryuのドラムの黒田くんは、私と同じ中学出身で、吹奏楽部でも一緒だったから昔からよく知っている。
リョウタくんも黒田くんも、いや、沙希も含めて演奏力やコーラスワークは東海エリアで群を抜いている。このバンドに私たちは勝たなければならない。
テントには、他に愛知県名古屋市のバンドが2組、三重県四日市市のバンドが1組、岐阜県高山市のバンドが1組いる。
みんなは待ち時間の間、バンドや演奏の話をして探りを入れる。仲良くはしたいが、この後に対決が待っているから、他のバンドに対して敵意のようなものが常に漂っていた。
「見たよ、テレビで。伊知川くんはもう、東海の有名人だな。昔から、音楽は好きなのか?」
名古屋のバンドメンバーの1人が言った。
「はい」と伊知川くんは緊張して答える。
「審査で有利かもね」と沙希は嫌味っぽく言う。
「そんなの関係ない。私たち水都ラベラーは、実力で勝負するから」と私は沙希に返す。
「もちろん、こっちもよ。負けられない。今年も『YOKOHAMA WAVE』の東海予選を勝ち抜いて、去年果たせなかった入賞とデビューを絶対掴み取ってやる」と沙希が挑発的に言うと、黒田くんとリョウタくんは「まあまあ」となだめた。
微妙な空気の中、番組のスタッフの人たちが入ってきて、出番の順番を決めるクジを持ってきた。各バンドのリーダーがそのクジを引く。
私たち水都ラベラーの出番は5番目。そして、最後の6番目がSay-Ryuに決まった。
「ステージの司会を務めます、名古屋ステーションテレビのアナウンサー、太田です。今日はよろしくね」
テレビでよく見るアナウンサーがテントに来て、声をかけてくれた。みんなは大喜びで、太田アナとケータイで写真を撮る。
ほかにも審査員や番組ディレクターなど、たくさんの人が来てくれたが、覚えきれない。
「それでは間もなく本番、始まります」
無線機をつけたスタッフが私たちのいる声をかけ、1組目のバンドが出ていく。
テント内には、ステージの模様が映るモニターが設置されていた。先ほど挨拶に来てくれた太田アナウンサーがBGMとともに、ステージの中央に現れる。
いよいよ、勝負が始まった。



