「これ、お母さんが買ってくれました!」
練習場にやってくるなり、伊知川くんは、銀色に輝くブルースハープを見せてきた。
あのショッピングセンターでのライブの日から、伊知川くんのお母さんは、部活を続けることを許可したらしい。最近では、練習で遅くなるとお母さんが車で送り迎えまでするようになった。
「お、いいじゃん」
チヒロはブルースハープを手に持っている伊知川くんを見て、嬉しそうだ。先週、メンバー4人で駅前ショッピングセンターの楽器屋に行った時、伊知川くんに「この楽器、やってみたらどうだ?」と進めたのは、チヒロだった。
「小さい時、ハーモニカは得意だったんです。耳コピしやすいから」
「キーは何?」と私が聞く。
「キー?」
「ケースにアルファベットが書いてあるでしょ?」と私はケースを指差した。
「えーっと、Dです」
「だったら、このバンドの曲で使えるのがたくさんあるね。でも、私たちの曲でどうやって吹くか、耳コピのお手本になる演奏がないから、使うのが厳しくない?」
言いながら、私の言っている意味が伊知川くんに通じているか、少し不安になる。
「大丈夫です。このバンドの楽曲をAIに聴かせて、ブルースハープ用にアレンジしてもらったのを手本にできます」
通じていた。AIは使いこなせるんだ。
「なるほどね」
「昨日、『キララ』で試してみました」
「確かにあの曲のキーはDだ。買ったブルースハープと『キララ』が同じキーってよく分かったね?」
「買う時、お母さんに教えてもらいました」
「あのお母さん?」
「はい。実はお母さんは以前、音楽の先生をしていたんです」
「へぇー、意外」
「ボク、これ上手に吹けたら、アヤノさん、喜んでくれますか?」
「喜ぶ? ……うん。そりゃ、嬉しいよ」
「じゃ、頑張ります」
こういう幼くて無邪気な伊知川くんは、かわいい。でもライブの時は、物悲しげて、成熟した大人のように豹変する。そのギャップがたまらない。
最近、伊知川くんが私だけをよく見ているように感じる。気のせいかな? 話す時の距離も近いような……。
「おい、伊知川。女はアヤノだけじゃないんだぞ」とチヒロが笑って割り込んでくる。
梨香も「そうだ、そうだ」と言ってドラムを叩き始めた。
「じゃあ、『キララ』やってみるぞ」
チヒロのかけ声に伊知川くんは「はい!」と返事する。
この曲は、伊知川くんの提案で「キララ」というタイトルにしたが、この言葉がかわいいから歌詞の中にも「キララ」という言葉を入れるように変えた。もう、伊知川くんだけの曲になりつつある。
間奏でいきなり、ブルースハープを吹けるだろうか?
歪んだギターの音色が、スローに響いた。
──Sha la la って口ずさんでみて
──Aha ha haって一人笑い飛ばした
──あらら… あなたに出会って
──私はすっかり陽気になった それって気まま?
──キララッ 夜空の星はshinin’
──そう、嗚呼 月に願った「逢いたい」
──ねえMama 私、間違ってないね?
──こんなHappyな感覚に溺れたまま
──だけど現実はいつだってSo甘くない
──部屋の隅に咲くマリーゴールド
──冷ややかな風が吹き抜けて
──黄色い花が気まぐれに揺れた Hah~
──闇夜の静寂に祈りを馳せれば
──幾つになったって ジュリエットになれる lala
──あなたと二人で暮らすシルエットを
──イメージしてみる...uh 悪くない…かな?
──ヒロインは私 BGMにメヌエット
──意地悪にあなたを独り占めしたいだけだよ ただ
間奏に入った。チヒロは伊知川くんのためにソロを弾かないで、コードだけをストロークしている。
どうだ……?
え?
伊知川くんがベンド、やってる! 半音下げる難しいブルースハープの奏法を、いとも簡単にやってしまう。私はできずに諦めたのだけど。
哀愁漂うブルースハープの音色が、スローなチヒロのエレキギターとマッチする。
すごい。
その演奏の最中、顧問の島田先生が練習場に入ってきた。私たちの前に立って、演奏を止めるよう手を振っている。
いいところだったのに。
私たちは、弾く手を止め、音を消した。
「すまん、すまん! ちょっと急ぎだったもんで、練習中に悪い」と島田先生は慌てている。
「何だよ? またイベント出演のお誘いか?」とチヒロが先生を挑発する。
「キミたちは先日のショッピングセンターのライブが、SNSで拡散されているのを知っているか?」
「ああ。バンドのSNSでライブの切り抜き動画を上げたら、かなりバズっているみたいだな」
チヒロだけでなく、私や梨香、伊知川くんも知っている。拡散してくれるのは嬉しいが、一部で「奇跡の声を持つ障がい者」だとか「障がい者とのコラボ」など、伊知川くんの障がいの部分を強調していて、私は少し嫌な気持ちになっている。障がい者がメンバーかどうかではなく、純粋に音楽を聴いてほしいのだ。
「それを見た岐阜タイムズの記者さんが、取材させてほしいって言われてな……」
「それって、伊知川くんが障がい者だから、無理矢理美談にまとめようとしていませんか?」
私は島田先生を問い詰める。
「それは、分からないが、多くの人に活動を知られるのは悪くないだろ?」
「もちろん知ってほしいけど、伊知川くんが傷付きませんか?」と言って、私は伊知川くんを見る。
「いいですよ。ボクは障がいの部分を取り上げられても構わないです。知ってもらった方が、バンドとして活動していくのにプラスかもしれません」
「ほら、伊知川くんもそう言ってるじゃないか」と島田先生は得意げだ。
「チッ。分かったよ。で、その取材はいつなんだ?」とチヒロが聞く。
「実は、今日、これからだ」
「今日!? ヤダ、メイクしなきゃ」と梨香は違う意味で困っていた。
「よかれと思って、先に記者さんの取材依頼を許可したから、今、その記者がここに向かってる」
「また、勝手にOKしたのかよ」とチヒロは不満をぶちまけた。
「まあまあ、結果オーライじゃないか」
「これからは、先に私たちに相談してくれないと困るから……」と私が話している最中に、練習場のドアが開いて用務員の先生が入ってきた。
「岐阜タイムズの記者が来られましたので、お連れしました」
「もう?!」
後ろにカメラを持った女性が立っている。
「どうぞどうぞ!」と島田先生はその女性記者を練習場内へ入れて案内した。
若くてキレイな記者だ。島田先生がデレデレになっている。道理で簡単に取材を許可する訳だ。
「岐阜タイムズの末松です。よろしくお願いします。さっそくですけど、何枚か写真を撮りますね」
女性記者の末松さんは、集合してポーズをしたり、楽器を持っていたりする写真を手早く撮影する。やっぱり伊知川くんばかりたくさん写真を撮っていたのが気になった。
「どうしてこのバンドに入ろうと思ったのですか?」と記者は伊知川くんばかりに質問する。
「最初にアヤノさんがボクの歌を聴いて、その次にバンドメンバーがやってきて、みんなの前で唄ったら、誘ってもらえました」
「特別支援学校以外の人と活動するのは、これが初めて?」
「はい」
「伊知川さんは、不安じゃなかった?」
「不安だったけど、役に立ちたいって思うようになって……」
「障がい者と健常者がもっとうまくやっていくには、どんなことが必要だと思いますか?」
「それは、……うーん、難しいです」
「障がい者として、このバンドで活動している上で、困ったことはありますか?」
私はこの記者が気に入らない。
「すいません。そもそも、私たちにとって伊知川くんが障がい者かどうかは関係ないんです。同じバンドの仲間ですから」
私は割って入った。伊知川くんのことを何も知らないくせに、よく障がいのことをズケズケと聞けるものだ。
「すいません」
記者は、謝って、そこから冷静に私たちの意見も聞くようになった。
しばらく質問をして、メモをした後、「ありがとうございました」と言って記者は去る。
私たちは障がい者だからといって、伊知川くんを特別視はしていない。ただボーカルの才能があるから、ここにいてもらっている大切な仲間だ。それを記者に力説したら、おそらく分かってくれていると信じたい。
私たちはどんな記事になるのか不安に思いながら、また練習を再開した。
次の日の早朝、まだ寝ている私の部屋にお母さんがノックもせずに入ってくる。
「アヤノ! すごいよ」
朝からお母さんのテンションが高くてついていけない。
「何? まだ寝てたいのに」
「ほら!」
目をこすりながら新聞を見ると、一面にカラー写真で私たちの記事がデカデカと掲載されていた。
「わ! こんなに大きい」
見出しに、「特別支援学校生と大垣高校生による奇跡のコラボバンド」「障がいは関係ないと胸を張る」と書かれている。
「アヤノ、すごいじゃない。記者さんがあなたたちの活動をすごく褒めているよ」
「あの記者さん、ちゃんと約束守ってくれたんだ」
記事を読んだら、記者の末松さんは私たちが求めたとおり、伊知川くんを特別視していないことを書いてくれていた。
これは嬉しい。
ただ、取り上げ方が大きすぎる。
「この記事はネットもたくさん出回るみたいね。親戚にも連絡しなきゃ。」
「ネットも!?」
私は、また不安になった。
練習場にやってくるなり、伊知川くんは、銀色に輝くブルースハープを見せてきた。
あのショッピングセンターでのライブの日から、伊知川くんのお母さんは、部活を続けることを許可したらしい。最近では、練習で遅くなるとお母さんが車で送り迎えまでするようになった。
「お、いいじゃん」
チヒロはブルースハープを手に持っている伊知川くんを見て、嬉しそうだ。先週、メンバー4人で駅前ショッピングセンターの楽器屋に行った時、伊知川くんに「この楽器、やってみたらどうだ?」と進めたのは、チヒロだった。
「小さい時、ハーモニカは得意だったんです。耳コピしやすいから」
「キーは何?」と私が聞く。
「キー?」
「ケースにアルファベットが書いてあるでしょ?」と私はケースを指差した。
「えーっと、Dです」
「だったら、このバンドの曲で使えるのがたくさんあるね。でも、私たちの曲でどうやって吹くか、耳コピのお手本になる演奏がないから、使うのが厳しくない?」
言いながら、私の言っている意味が伊知川くんに通じているか、少し不安になる。
「大丈夫です。このバンドの楽曲をAIに聴かせて、ブルースハープ用にアレンジしてもらったのを手本にできます」
通じていた。AIは使いこなせるんだ。
「なるほどね」
「昨日、『キララ』で試してみました」
「確かにあの曲のキーはDだ。買ったブルースハープと『キララ』が同じキーってよく分かったね?」
「買う時、お母さんに教えてもらいました」
「あのお母さん?」
「はい。実はお母さんは以前、音楽の先生をしていたんです」
「へぇー、意外」
「ボク、これ上手に吹けたら、アヤノさん、喜んでくれますか?」
「喜ぶ? ……うん。そりゃ、嬉しいよ」
「じゃ、頑張ります」
こういう幼くて無邪気な伊知川くんは、かわいい。でもライブの時は、物悲しげて、成熟した大人のように豹変する。そのギャップがたまらない。
最近、伊知川くんが私だけをよく見ているように感じる。気のせいかな? 話す時の距離も近いような……。
「おい、伊知川。女はアヤノだけじゃないんだぞ」とチヒロが笑って割り込んでくる。
梨香も「そうだ、そうだ」と言ってドラムを叩き始めた。
「じゃあ、『キララ』やってみるぞ」
チヒロのかけ声に伊知川くんは「はい!」と返事する。
この曲は、伊知川くんの提案で「キララ」というタイトルにしたが、この言葉がかわいいから歌詞の中にも「キララ」という言葉を入れるように変えた。もう、伊知川くんだけの曲になりつつある。
間奏でいきなり、ブルースハープを吹けるだろうか?
歪んだギターの音色が、スローに響いた。
──Sha la la って口ずさんでみて
──Aha ha haって一人笑い飛ばした
──あらら… あなたに出会って
──私はすっかり陽気になった それって気まま?
──キララッ 夜空の星はshinin’
──そう、嗚呼 月に願った「逢いたい」
──ねえMama 私、間違ってないね?
──こんなHappyな感覚に溺れたまま
──だけど現実はいつだってSo甘くない
──部屋の隅に咲くマリーゴールド
──冷ややかな風が吹き抜けて
──黄色い花が気まぐれに揺れた Hah~
──闇夜の静寂に祈りを馳せれば
──幾つになったって ジュリエットになれる lala
──あなたと二人で暮らすシルエットを
──イメージしてみる...uh 悪くない…かな?
──ヒロインは私 BGMにメヌエット
──意地悪にあなたを独り占めしたいだけだよ ただ
間奏に入った。チヒロは伊知川くんのためにソロを弾かないで、コードだけをストロークしている。
どうだ……?
え?
伊知川くんがベンド、やってる! 半音下げる難しいブルースハープの奏法を、いとも簡単にやってしまう。私はできずに諦めたのだけど。
哀愁漂うブルースハープの音色が、スローなチヒロのエレキギターとマッチする。
すごい。
その演奏の最中、顧問の島田先生が練習場に入ってきた。私たちの前に立って、演奏を止めるよう手を振っている。
いいところだったのに。
私たちは、弾く手を止め、音を消した。
「すまん、すまん! ちょっと急ぎだったもんで、練習中に悪い」と島田先生は慌てている。
「何だよ? またイベント出演のお誘いか?」とチヒロが先生を挑発する。
「キミたちは先日のショッピングセンターのライブが、SNSで拡散されているのを知っているか?」
「ああ。バンドのSNSでライブの切り抜き動画を上げたら、かなりバズっているみたいだな」
チヒロだけでなく、私や梨香、伊知川くんも知っている。拡散してくれるのは嬉しいが、一部で「奇跡の声を持つ障がい者」だとか「障がい者とのコラボ」など、伊知川くんの障がいの部分を強調していて、私は少し嫌な気持ちになっている。障がい者がメンバーかどうかではなく、純粋に音楽を聴いてほしいのだ。
「それを見た岐阜タイムズの記者さんが、取材させてほしいって言われてな……」
「それって、伊知川くんが障がい者だから、無理矢理美談にまとめようとしていませんか?」
私は島田先生を問い詰める。
「それは、分からないが、多くの人に活動を知られるのは悪くないだろ?」
「もちろん知ってほしいけど、伊知川くんが傷付きませんか?」と言って、私は伊知川くんを見る。
「いいですよ。ボクは障がいの部分を取り上げられても構わないです。知ってもらった方が、バンドとして活動していくのにプラスかもしれません」
「ほら、伊知川くんもそう言ってるじゃないか」と島田先生は得意げだ。
「チッ。分かったよ。で、その取材はいつなんだ?」とチヒロが聞く。
「実は、今日、これからだ」
「今日!? ヤダ、メイクしなきゃ」と梨香は違う意味で困っていた。
「よかれと思って、先に記者さんの取材依頼を許可したから、今、その記者がここに向かってる」
「また、勝手にOKしたのかよ」とチヒロは不満をぶちまけた。
「まあまあ、結果オーライじゃないか」
「これからは、先に私たちに相談してくれないと困るから……」と私が話している最中に、練習場のドアが開いて用務員の先生が入ってきた。
「岐阜タイムズの記者が来られましたので、お連れしました」
「もう?!」
後ろにカメラを持った女性が立っている。
「どうぞどうぞ!」と島田先生はその女性記者を練習場内へ入れて案内した。
若くてキレイな記者だ。島田先生がデレデレになっている。道理で簡単に取材を許可する訳だ。
「岐阜タイムズの末松です。よろしくお願いします。さっそくですけど、何枚か写真を撮りますね」
女性記者の末松さんは、集合してポーズをしたり、楽器を持っていたりする写真を手早く撮影する。やっぱり伊知川くんばかりたくさん写真を撮っていたのが気になった。
「どうしてこのバンドに入ろうと思ったのですか?」と記者は伊知川くんばかりに質問する。
「最初にアヤノさんがボクの歌を聴いて、その次にバンドメンバーがやってきて、みんなの前で唄ったら、誘ってもらえました」
「特別支援学校以外の人と活動するのは、これが初めて?」
「はい」
「伊知川さんは、不安じゃなかった?」
「不安だったけど、役に立ちたいって思うようになって……」
「障がい者と健常者がもっとうまくやっていくには、どんなことが必要だと思いますか?」
「それは、……うーん、難しいです」
「障がい者として、このバンドで活動している上で、困ったことはありますか?」
私はこの記者が気に入らない。
「すいません。そもそも、私たちにとって伊知川くんが障がい者かどうかは関係ないんです。同じバンドの仲間ですから」
私は割って入った。伊知川くんのことを何も知らないくせに、よく障がいのことをズケズケと聞けるものだ。
「すいません」
記者は、謝って、そこから冷静に私たちの意見も聞くようになった。
しばらく質問をして、メモをした後、「ありがとうございました」と言って記者は去る。
私たちは障がい者だからといって、伊知川くんを特別視はしていない。ただボーカルの才能があるから、ここにいてもらっている大切な仲間だ。それを記者に力説したら、おそらく分かってくれていると信じたい。
私たちはどんな記事になるのか不安に思いながら、また練習を再開した。
次の日の早朝、まだ寝ている私の部屋にお母さんがノックもせずに入ってくる。
「アヤノ! すごいよ」
朝からお母さんのテンションが高くてついていけない。
「何? まだ寝てたいのに」
「ほら!」
目をこすりながら新聞を見ると、一面にカラー写真で私たちの記事がデカデカと掲載されていた。
「わ! こんなに大きい」
見出しに、「特別支援学校生と大垣高校生による奇跡のコラボバンド」「障がいは関係ないと胸を張る」と書かれている。
「アヤノ、すごいじゃない。記者さんがあなたたちの活動をすごく褒めているよ」
「あの記者さん、ちゃんと約束守ってくれたんだ」
記事を読んだら、記者の末松さんは私たちが求めたとおり、伊知川くんを特別視していないことを書いてくれていた。
これは嬉しい。
ただ、取り上げ方が大きすぎる。
「この記事はネットもたくさん出回るみたいね。親戚にも連絡しなきゃ。」
「ネットも!?」
私は、また不安になった。



