花が散った青い春に何の意味があるのだろうか

どれぐらい経ったのか分からない。何の前触れもなく、急に暗闇から海の声が聞こえた。

「僕、幸せだな…」
「いきなりどうしたんだよ」
「改めてそう思った」

 急な言葉に、俺は何も言えなかった。それでも海は続ける。

「翼は僕のことどう思ってる?」

 男にも女にも見えないのに、男にも女にも見える顔。中性的であり無性的な海の顔は、消した電気のせいでよく見えなかった。

「僕ね、海に受け止めてもらえて嬉しかった」

 いつもの少し高めな声とは違って低く落ち着いており、海の声のはずなのに全くの別人の声に聞こえる。その声音からは感情を読み取ることはできない。だけど、どこか寂しさを感じるのは何故だろう。

「翼」

 いつの間にか寝返りを打った海が俺を見つめているような気がしたが、生憎暗闇に紛れていて何も見ることはできなかった。そのまま海は言葉を続ける。
 まるで俺がそこにいないかのように。俺の返事なんて期待していないかのように。

「僕のことを可哀想だと思わないで」
「それは、」
「お願い」
「……分かった」

 そう答えれば、少し間が空いた後「ありがとう」と小さく呟いたのが聞こえた。そして、その後は規則正しい呼吸音が響くだけだった。

 でも俺はこのまま寝られる気がしなくて、カーディガンを羽織って旅館を出た。