花が散った青い春に何の意味があるのだろうか

 部屋に戻るなり、すぐに湯舟に湯を張る。旅館的には温泉を売りにしているらしいが、どうにも大浴場は苦手だった。それは海も同じようで、先に足元だけ海水を流してから2人で湯が溜まるのを待っていた。

 程なくして、湯がいい具合に張られた。それを確認し、海に声をかける。

「お湯張ったから先入っていいよ」
「え、ほんと?ありがと~」

 パタパタと風呂場に向かった海を見送り外を見ると、いつの間にか日が沈んでいた。まるで墨汁を零したかのような黒色をした海は、先ほどまでの爽やかさを微塵も感じさせない。

(怖…。夜の海ってこんな感じだったっけ)

 そんなことを思いながらガラス越しに眺めていると、海が予想よりも早く髪を乾かしながら戻って来た。

「あれ、早くないか?」
「だってご飯もうすぐでしょ?仲居さん来ちゃうと思って」
「そういえばそうだな。じゃあ俺も入ってくるわ」
「はーい」

 何となく海水でべたべたする体を早く流したくて、早足で風呂場に向かう。少し熱いくらいの湯船に浸かり、手足を伸ばした。

「はぁー…」

 つい声が出てしまう。
 いつもより少し熱めだが、それが心地よかった。
 
 できるだけ早く風呂を上がり浴衣に着替えると、すでに仲居さんが食事の準備をしてくれていた。

「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそごゆっくりしていただいて。お料理はテーブルの上に用意しておりますので」

 仲居さんはそう言って部屋を出て行った。
 テーブルの上に置かれた食事を見れば、それはそれは豪勢なものでとても美味しそうに見える。海も待ちきれないのか既に席に座ってそわそわしていた。

「じゃあ食べようか」
「うん!」
「「いただきまーす」」

 目の前の料理は、どれも手が込んでいて見た目も美しいものだった。何を食べても本当に美味しい。

「これ美味しい!」
「こっちの魚もなかなかいけるぞ」

 2人で楽しく話しながら箸を進めれば、あっという間に皿は空になっていた。食後のデザートまでしっかり完食して、2人揃って息を吐く。

「ふぅ~、食べた」
「もう入らないね」

 中井さんに電話を掛けると食器を引き上げつつ、ふかふかの敷布団を部屋中に敷いてくださった。日本文化の良いところが前面に出ている中、海が満足そうに布団に寝転んだ。俺もその隣に腰を下ろす。

 それからしばらくはお互い何も言わずにぼーっとしていた。
 遊んだ満足感や満腹感など、様々な満ちた感情にうとうとしてしまう。

「寝るか」
「えー、もう?」
「眠いし、また明日も遊べばいいだろ」
「ええー」

 文句言いたげな海を笑いながら、部屋の電気に手を伸ばす。

「ほら、おやすみ」
「…おやすみ」

 少しふて腐った声に笑ってしまった。
 電気を消せば、真っ暗になった部屋に月明かりだけが差し込んだ。