夏休みも始まって程なくした日。
俺たちは電車に揺られて海を目指していた。
終業式を終えたのはつい先日。
1学期の終業式の日に「受験生だからと勉強を疎かにするな」と担任のお小言を聞き流し、午前中の駐輪場で何気なく提案したことが始まりだった。
「海、行かね?」
無計画で雑な俺の提案に海は少しだけ困りつつ、けれどどこか嬉しそうな表情をして頷いてくれた。
そんな小さなやり取りを経て、俺たちは本当に海へ向かうことになったのだ。
海と2人で遊びに行ったことは何度もある。
でも今回は今までとは違い、泊まりで海に行くことになった。そう言いだしたのはどっちだったか。もう覚えていない。
「暑いな」
「そりゃ夏だもん」
電車を乗り継いで着いたのは、泳ぐような観光向けの海ではなくどちらかというと靴を脱いで軽く遊ぶことがメインの海だった。海がここがいいと希望を出してくれたため、行き先を決めるのは楽だった。それにしてもこの海は想像以上に人がいない。
「海なんて久しぶりに来た!」
「なかなか来ることないもんな」
「じゃあ早く入ろうよ!」
「おい待て!先に旅館に行って、荷物置いてからな!」
海に飛び込もうとしていた海の肩を掴み、何とか引き留める。海は不満そうな顔で振り返った。
「いいじゃん、ちょっとぐらい」
「濡れたままチェックインするは嫌だ」
「えー……じゃあ後で来ようね」
海は渋々といった様子で了承してくれた。
そのまま旅館まで歩き、チェックインを済ます。高校生は同意書が必要らしいが、代表者の俺の書類だけで良かったようだ。
「では、ごゆっくりお寛ぎください」
仲居さんに部屋まで案内してもらえば、畳の良い香りが鼻腔をくすぐる。海も気に入ったのか、ニコニコしながら部屋の中を見て回っている。
「じゃあ、荷物解いたら海行くか」
「うん!」
海は嬉しそうに鼻歌を歌いながら荷物を軽くしていた。
俺もある程度荷物を解いて、貴重品だけ持って海に向かった。
海に着く頃には日差しが強くなっており、日焼け止めを塗っていない肌がジリジリと焼かれているのを感じた。サンダルを脱いで、海に足を浸けた海は目を輝かせている。俺も倣って海水に触れれば、思っていたより冷たく熱を冷ましてれる感覚がした。
「海、好きなんだよね~」
「海って名前だから、だっけ」
「うん、なんか親近感があって。ほら、僕のこと受け止めてくれそうな感じしない?」
海はそう言いながら両手を広げて俺の方を見る。
海の後ろに広がる青空さえも、海に手を伸ばしているように錯覚してしまうほどその景色は美しかった。バシャッという音がして、水飛沫が舞う。気づいたときには海の全身は海面下に沈んでいた。
「海!!」
急いで起こそうと手を伸ばすと、逆に海に腕を引っ張られた。
突然のことにバランスを崩し、海に覆いかぶさるように倒れてしまう。
「おい!何すんだよ!」
「あはは、ずぶ濡れだ~」
「誰のせいだと思ってんだ?」
ケラケラと楽しそうに笑う海を見れば、怒っているこっちの方が馬鹿らしくなってくる。
海は立ち上がると、今度は俺の手を引いた。そのまま勢いよく引っ張られて立ち上がれば、目の前には青い空が広がっていた。
「どこからが海でどこからが空か分からなくなりそうだね」
「…そうだな」
海がそう言うから、思わず見入ってしまう。
どこまでいっても青くて、境界線なんて見当たらない。その奇妙さが何とも言えない美しさを孕んでいる。
「そこの兄ちゃん」
振り返ると、1人の老人が手招きをしていた。
不思議に思いながら近づくと、杖を突いた老人は俺の濡れた服を見て顔を顰める。
「この辺りは潮の満ち引きが激しいから気を付けるんだよ。最近だと、それを利用した自殺も多いからね」
「ご心配ありがとうございます」
老人はそれだけ言うと去って行った。
海は遠くから俺たちの様子を伺っていたようで、戻るなり心配そうに何かあったのか聞いてきた。
「大丈夫だった?」
「うん、この辺りは潮の満ち引きが激しいから気をつけろってさ」
「ふーん。…じゃあ、そろそろ旅館に戻ろ」
やけに素直な海はそのまま砂浜へと足を向けた。
後ろに広がる恐ろしい程の青には、もう目を向けていなかった。
俺たちは電車に揺られて海を目指していた。
終業式を終えたのはつい先日。
1学期の終業式の日に「受験生だからと勉強を疎かにするな」と担任のお小言を聞き流し、午前中の駐輪場で何気なく提案したことが始まりだった。
「海、行かね?」
無計画で雑な俺の提案に海は少しだけ困りつつ、けれどどこか嬉しそうな表情をして頷いてくれた。
そんな小さなやり取りを経て、俺たちは本当に海へ向かうことになったのだ。
海と2人で遊びに行ったことは何度もある。
でも今回は今までとは違い、泊まりで海に行くことになった。そう言いだしたのはどっちだったか。もう覚えていない。
「暑いな」
「そりゃ夏だもん」
電車を乗り継いで着いたのは、泳ぐような観光向けの海ではなくどちらかというと靴を脱いで軽く遊ぶことがメインの海だった。海がここがいいと希望を出してくれたため、行き先を決めるのは楽だった。それにしてもこの海は想像以上に人がいない。
「海なんて久しぶりに来た!」
「なかなか来ることないもんな」
「じゃあ早く入ろうよ!」
「おい待て!先に旅館に行って、荷物置いてからな!」
海に飛び込もうとしていた海の肩を掴み、何とか引き留める。海は不満そうな顔で振り返った。
「いいじゃん、ちょっとぐらい」
「濡れたままチェックインするは嫌だ」
「えー……じゃあ後で来ようね」
海は渋々といった様子で了承してくれた。
そのまま旅館まで歩き、チェックインを済ます。高校生は同意書が必要らしいが、代表者の俺の書類だけで良かったようだ。
「では、ごゆっくりお寛ぎください」
仲居さんに部屋まで案内してもらえば、畳の良い香りが鼻腔をくすぐる。海も気に入ったのか、ニコニコしながら部屋の中を見て回っている。
「じゃあ、荷物解いたら海行くか」
「うん!」
海は嬉しそうに鼻歌を歌いながら荷物を軽くしていた。
俺もある程度荷物を解いて、貴重品だけ持って海に向かった。
海に着く頃には日差しが強くなっており、日焼け止めを塗っていない肌がジリジリと焼かれているのを感じた。サンダルを脱いで、海に足を浸けた海は目を輝かせている。俺も倣って海水に触れれば、思っていたより冷たく熱を冷ましてれる感覚がした。
「海、好きなんだよね~」
「海って名前だから、だっけ」
「うん、なんか親近感があって。ほら、僕のこと受け止めてくれそうな感じしない?」
海はそう言いながら両手を広げて俺の方を見る。
海の後ろに広がる青空さえも、海に手を伸ばしているように錯覚してしまうほどその景色は美しかった。バシャッという音がして、水飛沫が舞う。気づいたときには海の全身は海面下に沈んでいた。
「海!!」
急いで起こそうと手を伸ばすと、逆に海に腕を引っ張られた。
突然のことにバランスを崩し、海に覆いかぶさるように倒れてしまう。
「おい!何すんだよ!」
「あはは、ずぶ濡れだ~」
「誰のせいだと思ってんだ?」
ケラケラと楽しそうに笑う海を見れば、怒っているこっちの方が馬鹿らしくなってくる。
海は立ち上がると、今度は俺の手を引いた。そのまま勢いよく引っ張られて立ち上がれば、目の前には青い空が広がっていた。
「どこからが海でどこからが空か分からなくなりそうだね」
「…そうだな」
海がそう言うから、思わず見入ってしまう。
どこまでいっても青くて、境界線なんて見当たらない。その奇妙さが何とも言えない美しさを孕んでいる。
「そこの兄ちゃん」
振り返ると、1人の老人が手招きをしていた。
不思議に思いながら近づくと、杖を突いた老人は俺の濡れた服を見て顔を顰める。
「この辺りは潮の満ち引きが激しいから気を付けるんだよ。最近だと、それを利用した自殺も多いからね」
「ご心配ありがとうございます」
老人はそれだけ言うと去って行った。
海は遠くから俺たちの様子を伺っていたようで、戻るなり心配そうに何かあったのか聞いてきた。
「大丈夫だった?」
「うん、この辺りは潮の満ち引きが激しいから気をつけろってさ」
「ふーん。…じゃあ、そろそろ旅館に戻ろ」
やけに素直な海はそのまま砂浜へと足を向けた。
後ろに広がる恐ろしい程の青には、もう目を向けていなかった。



