花が散った青い春に何の意味があるのだろうか

 足音と海の音。気づけば、そこは昼間に訪れた海だった。
 人の気配なんてしない海岸に下りれば、そこは異世界のような違和感を感じさせた。

「あんなの、海じゃない」

 ポツリと呟いた言葉を誰も笑ってくれない。思考を振り払いたいだけなのに、呼吸さえもままならない。
 今が何時なのかなんてどうでも良かった。ただ、これが現実だと思いたくなかった。

 波打ち際まで近づき、海を眺める。夜の砂浜は昼間よりも冷たい空気が流れており、俺の体温を容赦なく奪っていく。真夏なのに悪寒がするほど寒い。

「なんで、こんなことになったんだろう」

 足元を見ても、もう昼間に訪れた時に付けた沢山の足跡は1つも見当たらなかった。まるで初めから足跡なんてそこに存在しなかったように思えてしまう。
 それが無性に、苦しくて、

「海」

 返事をするように波が押し寄せては引いていく。

「…海」

 どれだけ手を伸ばしても届かない。
 だから足を進めた。いつか海に受け入れてもらえると信じていたから。

「海っ!!」

 気が付いたら俺は大声で叫んでいた。それは悲鳴に近い何かだったのかもしれない。自分でも何の意味があるのか分からないまま、泣きながら叫び続けた。

 すると突然、後ろから誰かに抱きしめられた。

「おい!何をしているんだ!!」

 俺を後ろから抱きしめたのは昼に会った老人だった。

「お前、どうしてここにいるんだ!?」
「……」
「とにかくこっちへ来い」

 老人は俺の腕を引き、半ば強引に海から引き上げられる。自分の腰辺りまで海に入っていたことに今更ながら気づいた。抵抗しようと思えばできたはずだが、何故か体が動かなかった。

 半ば引きずられるように浜辺に戻ると、やっと解放された。

「ここで何をしていた?」
「えっと…」

 言い淀んでいると、老人は何かを悟ったようで深いため息を吐く。

「とりあえず、今日は宿に帰れ。自殺なら今日はやめておくんだな」
「え…?いや、俺、…死のうとしてないですよ」
「はあ?」

 老人は俺を海から引き上げる時に杖を浜辺に投げたようで、それを拾い上げているところだった。

「じゃあ、どうして潮が満ちている海に水着も着ずに入って行ったんだ?」
「…」
「安心しろ、わしには口外するような知人は居らん」
「……海に、受け止めてほしかったんです」

 老人は何も言わなかった。
 ただ黙って俺の言葉を待っている。

「海は生きてるんです。だから俺もその一部に、」

 それ以上上手く言葉に出来ない俺の肩に、老人は優しく手を置いた。

「何かあったのは分かった。でも気が動転している時に海に入るのはよくない」

 諭すような口調だったが、俺の耳は殆ど聞き取れていなかった。

「でも、」
「明日、またここに来るといい。今は帰りなさい」
「……はい」

 渋々返事をしたのを確認してから、老人は去って行った。