貴斗くんは玲くんが気になる

「帰ろや玲〜!」

 ホームルームが終わるとすぐさま貴斗がやってきて、にこにこと笑みを浮かべながら誘ってくる。

 二年になってからは別々で帰っていたのに、数日前に言っていた『ダル絡みする』という言葉通り、出来る限り俺と一緒にいたがる。

 俺からしたら一年の時みたいに一緒にいられて嬉しいけど、やっぱり告白の返事を待ってもらってるからかな。

 はっきり好意を伝えられた時と後じゃ、どう貴斗と接したらいいのか分からなくて、自分でも笑ってしまうくらい挙動不審になってる自覚があった。

「……うん」

 小さく頷くと、ここしばらくでお決まりになりつつある『いつもの言葉を』をじっと待つ。

「ほな、今日も行こか。ゲーセン!」

 にっかりと白い歯を見せて笑う貴斗につられるように、俺も軽く口角を上げる。

 というのも、息抜きと称してここのところ毎日のようにゲームセンターに行っていた。

 半分は俺と一緒に居たいから、あとの半分は単に貴斗が何かして遊びたいからなんだと思う。

「な、今日カフェ寄らん?」

 校門を出て少しすると、貴斗がふと呟いた。

「いいけど……遅くならない?」

 いつも行くゲーセンから少し歩くとカフェがあるけど、学生がたくさん居るからか並ぶだけでも時間を取られる。

 そもそも、貴斗はゲーセンみたいな騒がしい場所の方が好きだ。

 本人には悪いけど人形みたいな綺麗な見た目に反して、オシャレなカフェで飲み物を飲む貴斗があんまり想像できない。

「言うて、玲と話す口実作っとるだけやし。ゲーセン行ったらお前ゲームの方に夢中なるやん。こっちがなんか言ってもあんま話さへんし」

「あ、あー……」

 確かにおっしゃる通りです。

 思い当たる節があって、俺は曖昧な笑みを返す。

 だって普段はあんまりゲームしないし、やるとしてもスマホゲームがほとんどだから、ついつい夢中で貴斗が何か言ってるのに対して生返事になってる自覚はある。

「まぁ玲が楽しいんならええけど。真剣にやっとる玲見るんも好きやし」

「っ」

 不意に貴斗が優しく微笑んで、自然な仕草で頭を撫でてくるからか、俺は俺でドギマギしてしまう。

 告白の返事は急がなくていいって言われたけど、また一緒に過ごすようになると、今までは無かったスキンシップが増えた。

 そのほとんどが不意打ちで、貴斗の気分で頭を撫でたり肩を組まれたり……なんなら手を繋がれた事もある。

 俺よりも大きくて長い手は温かくて、背中に変な汗が浮かんだ事が何度もあった。

 それも人目が無いのをわざわざ確認して、ほんの数秒でも繋いでくるから、こっちとしてはいつ手を繋がれるのか、自分でも笑ってしまうくらいびくびくしてると思う。

 ……でも大切にされてるみたいで嬉しくて、貴斗と手を繋ぐのは好きで。

「待つの嫌やったら、早いとこ行ったら大丈夫やろ。なんなら走るか?」

「え、ちょ」

 隣りを歩く貴斗が歩くペースを少し早めながら言うから、俺は慌てて着いていく。

 二十センチ近く身長差があると歩幅も全然違うから、俺は小走りで隣りを歩こうとしたけど、少しして貴斗はまたペースを緩めた。

「いや、走ったら逆に追い付かれへんか。玲遅いもんな」

 本当なら、ここは『遅くない』って言うところなんだろうな。

「……たか、と」

 やや上がる呼吸もそのままに俺は立ち止まって、そっと貴斗の名前を呼んだ。

「んー?」

 俺が足を止めたのに気付くと、少し前を歩いていたのを引き返してきてくれる。

「なんや、疲れたん?」

 大丈夫か、と尋ねてくる貴斗の声はやっぱり優しい。

 なんなら覗き込むように俺の顔を見てきて、『おんぶしたろか』って冗談混じりに聞いてくる。

「や、大丈夫……だけど」

 笑ったらいいのか単に聞き流したらいいのか分からなくて、苦く笑った。

 もし『今日は手を繋がないの?』って言ったら……貴斗はどんな顔するかな。

 まぁ貴斗のことだから、きっととびきりの笑顔を浮かべて『しゃーないなぁ』って言いながら手を出してくれる、なんて想像をしてしまう。

 いや、もちろん俺の予想だからなんとも言えないんだけど!

 というか、少なくとも貴斗のこと好きになってる……? じゃないとこんなこと考えないよな……?

「そうかぁ? しゃーないから手ぇ握っといたるわ、お前ドン臭いから追い付かれへんようなったらかなんし」

「ひぇっ……!?」

 ぐるぐると自問自答してると、不意に貴斗の手が俺のそれに触れた。

 しかもただ繋ぐんじゃなくて、指と指を絡め合わせるような……こ、これってもしかしなくても恋人繋ぎってやつでは……!?

「ふっ、なんやその声。先言うとくけど、嫌や言うても離さへんからな。だんまり決め込んだお仕置きや思とけ」

 その言葉通り、貴斗は小さく笑うとぎゅうと手に力を込める。

 へ、変な声出たのは認めるけど! お仕置きって、そんな言い方しなくても……!

「ぼちぼち修学旅行やなぁ。どこ回ろか」

 文字通り火が出そうなくらい顔が熱くなるのが分かって、でも貴斗は気付いてるのかいないのか、楽しそうに言う。

 確かに修学旅行まであと一週間もないけど、班には貴斗の他に女子も何人か居る。

 きっと『一緒に回ろう』って、貴斗のこと取り合うだろうな。

「……みんなで決めないとじゃん、俺らだけじゃなくて」

 ちょっと……ほんのちょっと想像したら嫌で、つい拗ねたような口調になる。

「俺ら二人だけ、っていっこも言ってへんけど……あ、みんなの目ぇ盗んで抜け出す? 抜け出しちゃう?」

 ニヤニヤと笑う貴斗がなんだか癪(しゃく)で、無性に困らせたくなった。

 よく考えたら貴斗が驚いた顔はあんまり見た事ないし、不意打ちされた仕返しだ。

「んー、どうしよ」

 俺は考え込むふりをすると、手の平にそっと力を込めた。

「っ、おま……!」

 繋がれた手が一瞬びくりと震えたかと思ったら、面白いくらいに貴斗が目を見開くのが目に入る。

「……なに」

 このままそっぽを向いてしまいたかったけど、俺は軽く目に力を込めて貴斗を見上げる。

 ……きっと耳とか赤くなってるだろうな、顔もだけど身体も熱いから。

 でもそれ以上に貴斗がどういう反応をするのか気になって、羞恥を押し殺して貴斗を見つめた。

「図星やろ、その顔。言うてみ? ん?」

 けれど貴斗は少し驚いただけで、首を傾げて楽しそうに俺を見下ろしてきた。

 なんならちょっと顔が近くなって、からかうような口調も合わさって二重の意味で頬が熱を持つ。

 子どもみたい、って思われてそうだな。

「……やだ、ハズい」

 俺は堪らず顔を俯けて、きゅっと唇を噛んだ。

 自分の顔がいいって自覚してないのか、それとも確信犯なのか……いや確信犯だったらもっとまずいけど。

「えー、可愛いなぁもう」

 貴斗の楽しそうな声が聞こえる。

 手を繋いでるから、自然と俺に歩幅を合わせるように歩いてくれるのが憎い。

 カフェに寄るか、このままゲーセンに行くか、まだ決めてないけど……人通りが増えてきたら、貴斗がパッと手を離すのは確定している。

 それが名残惜しくて、でも言ったら言ったで無意識に告白の返事をしたみたいで癪で。

 ……あ、貴斗のこと好きなんだな。

「──なぁ、俺のこと好きやろ」

 なんて考えてたら、まるで俺の心を読んだみたいに貴斗の少し低い声が耳に入った。

「っ知らない!」

 反射的に叫んだら、貴斗は俺を見つめながら緩やかに眉を下げた。

「あー、ほら。まぁたそうやって逃げようとする。まぁええけど……いつまで黙ってられるか楽しみやわぁ」

 ふふふ、と貴斗が控えめに笑う。

「な、なっ……!?」

 前言撤回、ハメられた! 確信犯だろ、こんなの……!

 今まであれこれ悩んで、考えていたのがバカみたいで、でも貴斗の言う通り黙ってられなくなりそうで。

「……りょ、こう」

 俺は震えそうになる唇を叱咤(しった)して、脚を止めるとぼそりと呟いた。

「うん?」

 つられるように貴斗も立ち止まって、不思議そうに俺の方を振り返る。

 太陽の光がピアスに反射してちょっと眩しいけど、こんなのは言い訳だ。

「修学、旅行……終わったら、言うから。告白の、返事」

 貴斗の顔を見るのが恥ずかしくて、最後の方は俯きがちになってしまったけど、しっかり伝わったみたいだ。

「そぉか。ほな、期待して待っとくな」

 くすりと小さく笑う貴斗の声が頭上から響く。

 もう気持ちを伝えたも同然かもしれない。

 なのに貴斗は俺の気持ちを尊重してくれて、『待ってる』って言葉をくれた。

「……ん」

 今はそれだけで十分嬉しい。

 待たせてしまうのは申し訳ないけど、貴斗なら『やっと聞けた』とか言って笑うんだろうな。

 どんな顔で、どんな声で、俺に返してくれるのかまだ分からないけど……もうしばらく『友達』として一緒に過ごしたいと思う。

「──やっぱこのままゲーセン行こか。遊ぶ時間無くなりそうやし」

 ふと貴斗が前を向いて、かと思ったらにこりと俺を見て笑う。

「うん、そだね」

 耳赤くなってて可愛いな、赤いって言ったらはぐらかされるかな。

 指摘したい気持ちをぐっと抑えて、俺もつられるように口角を上げる。

 夏特有のジメジメした空気が肌を刺して、こうして手を繋いでるだけでも暑い。

 でも俺も貴斗もそれ以上言葉を交わさない代わりに、どちらからともなく手に力を込めた。

 修学旅行まであと一週間もないけど、旅行中は思い出たくさん作るぞ。

 その間、貴斗と少しでも一緒に過ごせたら嬉しい。

 我ながらやっぱり子どもっぽいと思うけど、俺には言葉よりも行動で伝える方が合ってるのかもしれないな。

「……貴斗」

「おう」

 無意識に貴斗の名前を口の中で言うと、前を向いたまま相槌を打ってくれる。

「ごめん、なんでもない」

 嬉しくて、でも恥ずかしいから曖昧に笑って誤魔化した。

「なんやねん、呼び損やん」

 軽く頬を膨らませて、怒ったふうに貴斗が唇を尖らせる。

「ふふ、ごめん」

 その顔がおかしくて、堪えきれずに小さく笑うと、貴斗も笑みを浮かべた。

「あーあ、次謝ったらジュース奢ってもらおかなー」

 でもそれも一瞬で、貴斗は芝居かかったふうに、間延びした声で空を見上げる。

「え、それは困る! 今お金ないのに」

「ゲーセン行ったらめっちゃ使うからやん。もうやめとけ言うてもやろうとするの、誰やねん」

「う……ごもっとも、です」

 だって楽しいから、気付いたらお金使ってて……今日まででどれくらい使ったのか考えたくないな。

「ま、今日は気分ええからジュース奢ったるわ。その代わり貸しイチな」

 にこりと貴斗が空いた方の人差し指を立てて笑う。

「わ、分かった。俺に出来る事ならなんでも言って!」

「おう」

 緩く口角を上げて、繋いでいる手にまた力が込められた。

 無意識なのか意図してるのか分からないけど、俺もお返しに同じくらい力を込める。

 叶うならこのまま手を繋いでいたい、そう思いながらゲームセンターまでの道を二人並んで歩いた。