「……よかった、誰もいなくて」
公園まではあんまり距離がなかったけど、軽く走ってきたから少し弾んだ息のまま呟く。
少し色褪せた赤と青の滑り台やブランコ、シーソーなんかがある小ぢんまりとした公園。
小学生の頃まで遊んでいた、俺にとって思い出深い場所だった。
同時に誰にも会わずに一人になりたい時は、今もお世話になっている場所でもある。
時計の針が六に差し掛かろうとしてるからか、とうに小学生の影はなくて、あるとしても公園の外で犬の散歩をしてる人や自転車が時々通るくらい。
俺は何かに導かれるようにブランコに座ると、あてもなく身体を揺らした。
「よっ、と」
ほんのちょっと勢いをつけて、ブランコを漕ぐ。
ギィギィと少し軋んで揺れる音が、今はありがたい。
「お、よかった。まだ出来るじゃん」
思い返すとブランコを使ったのは久しぶりで、成長したから無理かもって思ってたんだよな。
いつもはベンチに座ってるから、こうして遊ぶのは新鮮だ。
でも公園には実質俺しかいないから、何を言っても虚しく響くだけで少し寂しい。
……あ、なんか泣きそう。
そう思ったと同時に目の前がぼんやりしてくる感覚があって、鼻の奥がツンと痛くなる。
一応公共の場だぞ、泣くなんて子どもじゃないんだし……しっかりしろ、俺!
「っ、ふ……っ」
なんて心の中で言ってみるけど、あんまり効果がないってことは分かってた。
それもこれも俺は人一倍気にしてしまうからで、なにより失敗するのが怖いから。
真面目って言ったら聞こえはいいけど、完璧にこなそうとする性格は直さないとって常々思う。
「ほんと……バカだ、おれ……」
小さな事で落ち込んで、普通なら『ウジウジするな』って怒られてもおかしくない。
あ、けど貴斗なら絶対言いそう。
眉を顰めた顔はあんまり怖くないけど、早口な関西弁で怒られるかもしれない。
……嫌だな、貴斗に怒られるの。
ただでさえ怒ってる時は特に聞き取るのが大変で、同時に俺の性格の悪さが露見される気がして嫌だった。
熱い雫がいくつも頬に伝うのを感じながら、俺は何度も顔を拭う。
それでも悲しい気持ちは消えてくれなくて、もしこのまま泣いてたら誰かが来てしまうんじゃないか、そんな考えが浮かんだ。
早く泣き止まないとなのに止め方が分からなくて、更に惨めな気分になってまた涙腺が緩む。
このまま身体の水分が抜けてしまいそうな、そういう錯覚すら覚えた時だった。
「──あれ」
不意に不思議そうな声がどこかから聞こえてきて、俺は無意識に俯けていた顔を上げる。
「へ」
まさか、なんで……貴斗がいるんだ?
公園の出入り口付近には貴斗が立っていて、小さな公園だからかここからでもはっきりと顔が見える。
「なんや、玲やん。どしたん、こんなとこで」
何してんの、と言わんばかりに貴斗が俺の向かって歩いてくるのが見えた。
「え、あ……」
どうしよう、泣いてるの見られた。
そう思ったら涙は引っ込んで……くれなかった。
むしろ羞恥で顔が熱くなっていって、じわじわと目尻に熱が溜まる。
なんでだ、なんで……俺は。
こっちに来る貴斗を見てられなくて、俺は反射的に顔を俯ける。
しばらくして貴斗の靴先が俯けた視界に入って、同時に俺の目の前がうっすらと暗くなった。
……これ、黙ってるのはもちろんだけど、今顔上げても詰むかも。
ただでさえ貴斗には泣いてるところを見られたかもしれなくて、そうじゃなくても無理矢理聞こうとしてくるだろう。
偏見も込みだけど貴斗は関西人の血が流れているからか、出会ってからずっとグイグイ来る。
周りが聞いてないことでも教えてくれて一人で笑ったり、かと思えば自分で自分に突っ込んだり、怒った時が一番怖いけど今ばかりは距離を詰められたくない。
「なあ」
「っ……!?」
ぽん、と『あくまで』優しく肩を叩かれただけなのに、びくりと身体が跳ねる。
「うお、ビビったぁ……んな強く叩いてへんで、一応言うとくけど」
なんやねんもぉ、なんて貴斗の間延びした明るい声がすぐ頭上から聞こえる。
「ふ、っ」
その声があまりに場違いで、図らずも小さく笑ってしまった。
おかしいな。さっきまでビクビクしてたはずなのに、さっきまで止まらなかった涙が貴斗のひと声で引っ込んでる。
「……ここ、よぉ来るんか」
すると貴斗の声がすぐ近くで聞こえた気がして、俺はそっと不自然にならない程度に目元を拭ってから、ほんの少し顔を上げた。
「っ近……うわぁ!?」
「え、おい!」
でもいきなり貴斗の人形みたいな顔が目と鼻の先にあって、俺は反射的に身体を起こした。
ブランコに座ってるから当たり前だけど背凭れはなくて、その反動のまま後ろに倒れそうになる。
でもすんでのところで貴斗が手を引いてくれて、なのに勢い余って俺が貴斗の胸元に倒れ込む形になって……いや駄目だろこんなの!?
シャツ越しにだけど貴斗のしっかりした身体が伝わってきて、なんだかひどく生々しい。
「ご、ごめ……っ」
同時に背中だかおでこだかに変な汗が浮かんだ気がして、俺は慌てて謝罪して離れようとした。
「──ちょうどええわ」
なのに、俺が腕に力を込めるよりも少し早く、貴斗の手が背中に回される。
「へ、っ」
自分以外の体温が触れたかと思ったら、そのままぽんぽんと優しく叩かれた。
「なんで泣いとったん。腹でも痛いんか?」
どこまでも優しい声で貴斗が続ける。
「お前、たまぁに一人で抱え込むとこあるやろ。やから大丈夫かて、今日ずっと心配しとったんよ」
どうやら貴斗には俺の考えてることなんかお見通しみたいで、穏やかな口調も相まってまた視界が滲む感覚があった。
泣くな、泣いたらもっと心配される。
優しくしないで、頼むから放っておいて──そう言えたらどんなに楽だろう。
「や、ちが……くて」
何か言わないとと思って反射的に口を開いた拍子に、まだ目尻に溜まっていた涙が顎を伝った。
そのままゆっくりと、貴斗の白く清潔なシャツに小さなシミを作っていく。
「お、れ……」
きっと貴斗に全部見られてるであろう、その軌跡を無意識に見つめながら、ひっそりと唇を噛んだ。
何が違うんだ、貴斗は心配してくれてるのに。
でも理由を言ったらおかしいって思われたり、嫌な顔をされるのが怖いから、だから最後には笑って誤魔化すのが癖になっていた。
頑張っても必ずどこかで失敗してしまうのが常で、空回りしないようにずっと気を張っている。
でも貴斗の前では弱音を吐いてもなぜか許される気がして、俺はぎゅうと手の平を握り締めながら唇を開く。
「……要領、悪いじゃん。頑張って力になろうとしても、どっかで必ず失敗するし。したらしたで、周りにどう思われるのか怖いし」
貴斗は何を言うでもなく、黙ったまま俺の言葉を聞いてくれた。
一定の感覚で背中を叩いてくれる手の平が優しくて、少し泣きそうになりながらにはなるけど。
「一回も『お前おかしいよ』とか、そういうのは言われたことないけど。失敗したら、みんなの顔見れなくなるというか……」
ポツポツと口に出していくと、俺って人間がいかに駄目な奴なのか思い知らされる。
誰にも何も言われてないのに勝手に落ち込んで、一人で抱え込んで……夕方の公園で泣いてるんだから、傍目から見たらすっごく変な奴だ。
「だ、だから一人で反省会してたんだ! もっと気を付けたらよかったとか、自分が持てる量だけ持ったらよかったとか」
俺が失敗したところを貴斗が見ていたのか分からないけど、あんまり心配させないように努めて明るく声を出した。
「そろそろ暗くなるし、今から帰ろうとしてたとこ。まさか貴斗に会えるって思わなかったなぁ」
あはは、と小さく笑う。
……ちゃんと笑えてるか分からないけど、もう泣いてないってアピールしておかないと。
そう思い込ませないと、また泣いちゃう。黙って背中を叩いてくれる、貴斗の手が泣きたくなるくらい優しいから。
「ほぉ。ほな、俺とこうしとる時間無駄やな。退こか」
「う、うん!」
途切れ途切れだけど、俺の気持ちはちゃんと伝わったみたいだ。
へらりと笑う貴斗の手が背中から離れた感覚があって、俺はいそいそと貴斗から退いた。
「よっ……と」
「ごめん、背中汚れたよね。怪我とか、どっか痛くない?」
貴斗が起き上がったのに合わせて背中に回り込む。
あっ、結構砂とかゴミとか付いてる。悪いことしちゃったな。
「や、なんも痛ないけど」
さっと背中に付いた汚れを手際よく払ってると、貴斗にしてはどこか歯切れ悪く呟く。
「そう? 俺重いし、今痛くなくても明日とか痛くなってるかもだし……我慢したら駄目だろ」
貴斗は我慢強いところがあるから、どこかをぶつけてもすぐに『大丈夫』って言う。
派手に転んだとかならまだしも不可抗力とはいえ、最近甘いもの食べてばっかの俺がいきなり倒れてきたら、どこかしら怪我してもおかしくない。
「我慢してへんよ」
貴斗の肩がかすかに揺れて、顔は見えないけど声音から笑ってるんだってなんとなく理解した。
……貴斗が笑う時の顔とか声とか、好きだな。大声で笑うんじゃなくて控えめで、ちょっと上品というか。
「──よし、これで大丈夫!」
そんなことを考えながら、俺は貴斗の背中をポンと叩く。
白いシャツだからまだ少し汚れが目立ってるけど、洗濯したら取れる……はず。
「ん、あんがと」
すると背中を叩いたのが合図だったみたいに、貴斗がゆっくり立ち上がる。
そのまま俺がさっきまで使ってたブランコに座って、じっと見つめてきた。
「っ」
貴斗にまっすぐ見下ろされるのは、いつまで経っても慣れない。
綺麗な顔をしていて、なのに話すと明るくて……時々俺と話してるのが申し訳なくなるから。
「な、なんで公園通ってきたの? 家とかバ先とか、こっちじゃないじゃん」
沈黙が耐えられなくて笑って言ってみたけど、貴斗は軽く眉間に皺を寄せて黙ったままだ。
あれ、本当に俺なんか変なこと言っちゃった……? やっぱさっきので肋とか、どっかが折れたとか……?
「ご、ごめ」
「──ちょっとは俺に頼ってもええんちゃうか」
「へ、っ……?」
謝罪しないとと思ったら勝手に唇から声が出て、でも俺が最後まで言う前に、貴斗の大きくて綺麗な手が伸ばされる。
「わっ」
そのままわしゃわしゃと頭を撫でられた。
背中を叩いてくれた時よりもずっと雑だったけど、どうしてか貴斗が怒ってるように感じる。
「た、貴斗……?」
「お前、二年なってからずーーーーーっと誰かしら手伝っとるやん。去年はそうでもなかったんに、俺のことほったらかしして……ちったぁ俺の気持ちも考えぇや」
はぁ、と貴斗が呆れ混じりに息を吐く。
えっと、何を言いたいのか分からないんですけど……?
というか気持ちって、同じクラスだし週に何回か話してるのに?
「え……と、何か相談受けてる? それか俺、気付かないうちに貴斗を傷付けるようなこと言っちゃった?」
もし後者だったらちゃんと謝るから教えて欲しい、そんな意味で貴斗を見つめる。
でも貴斗は俺の質問にむっつりと黙るだけで、何を言おうとしてるのかイマイチ分からない。
首を傾げていると、また貴斗が大きな溜め息を吐いた。
「はぁ……ほんまもぉ、そういうとこや言うてもお前は絶対気ぃつかんし。どないしたらええんやろ、これ」
あーとかうーとか、貴斗は明後日の方を向いて何かをブツブツ言っている。
「え……ええ?」
俺はといえば困惑するしかできなくて、でも未だ撫でられるのが気持ちよくて、止めてほしくないと思った。
……や、止めてほしくないってなんだよ! そんな、貴斗とは友達だけど、そういう感情がある訳じゃ……っ。
自分が少しでもそういう考えを持ったのが信じられなくて、なにより貴斗が言おうとしてるのが何かすら分からなくて。
なんて考えてたら不意に頭を撫でてくる手が離れて、寂しさを感じた。
「──っしゃ、ウジウジ悩むん終わり!」
「っ!?」
同時に唐突な大声が聞こえてきて、俺は反射的に肩を竦める。
や、やっぱ怒られる……?
恐る恐る貴斗を見上げると、俺の予想に反して貴斗はほんのりと頬を染めていた。
「俺な、お前の……玲のこと好きなんよ、まぁ、その……そういう意味で」
「……へ」
突然何を言って……え、貴斗が? 俺のこと好きって、なんで……?
俺は文字通り目を点にして、何度も瞬きを繰り返す。
でも目の前の友人は本気で言っているみたいで、そのまま上を向くと顔を覆った。
「あー……ほんま、今言うつもり無かったんに。お前のせいやからな、これ」
ブツブツと独り言を言う貴斗を、俺はどこか夢か何かみたいな心地で見上げる。
そ、そりゃあ驚いてるのが一番だけど。
でもこんな、いきなり告白されるなんて思わないだろ。
「え、あ……そ……なの、か」
あはは、と場違いも場違いすぎる笑いが口から漏れる。
「笑い事ちゃうわ」
「ごめん」
すかさず貴斗からツッコミが入って、俺は流れるように謝罪した。
「……けどまぁ、今すぐ答えてほしいとは言わん」
俺の言葉に貴斗は小さく笑いながら、今度はどこか遠い目をしてオレンジやピンクが混ざりつつある空を見上げる。
「ゆっくり、ゆっくり……俺のこと考えてほしいんよ」
声音は穏やかで、あまり言葉に勢いがないからか、どうしてか貴斗が儚く見えた。
長いまつ毛が頬に柔らかく影を落としていて、夕暮れ時のオレンジが映える。
「けどその間、お前は誰か手伝おうとするやろ? やから俺と仕事分担しよか、みたいな」
そこで言葉を切ると、貴斗はひょいとブランコから下りて、まだしゃがんだままの俺に目線を合わせてきた。
「ま……何言いたいかってな、玲と一緒に居る口実がほしい言うか」
言いながらガシガシと貴斗が頭を搔いて、困ったように笑う。
俺は俺でそんな貴斗に多少なりと見蕩れている自覚があって、でもこの気持ちがなんなのか知りたくて。
「……まだ、うん。ちょっとだけ待っててほしい、かも……です」
ボソボソとだけど、なんとかそれだけを唇に乗せる。
「ほんま? 待っとるよ、けど返事聞くまで毎日ダル絡みするからな、覚悟せぇ」
貴斗をまっすぐ見る勇気がなくて、俯きがちになったけど……嬉しそうな、本気か冗談か分からない声につられて、俺も緩く口角を上げた。
「ほどほどで、お願いします」
「おう、明日からするから待っとけ」
そう言った俺の頭を、柔らかく目を細めた貴斗が撫でてくる。
さっきよりも少し優しい手つきが擽ったくて、でも貴斗が満足するまで撫でられていた。
公園まではあんまり距離がなかったけど、軽く走ってきたから少し弾んだ息のまま呟く。
少し色褪せた赤と青の滑り台やブランコ、シーソーなんかがある小ぢんまりとした公園。
小学生の頃まで遊んでいた、俺にとって思い出深い場所だった。
同時に誰にも会わずに一人になりたい時は、今もお世話になっている場所でもある。
時計の針が六に差し掛かろうとしてるからか、とうに小学生の影はなくて、あるとしても公園の外で犬の散歩をしてる人や自転車が時々通るくらい。
俺は何かに導かれるようにブランコに座ると、あてもなく身体を揺らした。
「よっ、と」
ほんのちょっと勢いをつけて、ブランコを漕ぐ。
ギィギィと少し軋んで揺れる音が、今はありがたい。
「お、よかった。まだ出来るじゃん」
思い返すとブランコを使ったのは久しぶりで、成長したから無理かもって思ってたんだよな。
いつもはベンチに座ってるから、こうして遊ぶのは新鮮だ。
でも公園には実質俺しかいないから、何を言っても虚しく響くだけで少し寂しい。
……あ、なんか泣きそう。
そう思ったと同時に目の前がぼんやりしてくる感覚があって、鼻の奥がツンと痛くなる。
一応公共の場だぞ、泣くなんて子どもじゃないんだし……しっかりしろ、俺!
「っ、ふ……っ」
なんて心の中で言ってみるけど、あんまり効果がないってことは分かってた。
それもこれも俺は人一倍気にしてしまうからで、なにより失敗するのが怖いから。
真面目って言ったら聞こえはいいけど、完璧にこなそうとする性格は直さないとって常々思う。
「ほんと……バカだ、おれ……」
小さな事で落ち込んで、普通なら『ウジウジするな』って怒られてもおかしくない。
あ、けど貴斗なら絶対言いそう。
眉を顰めた顔はあんまり怖くないけど、早口な関西弁で怒られるかもしれない。
……嫌だな、貴斗に怒られるの。
ただでさえ怒ってる時は特に聞き取るのが大変で、同時に俺の性格の悪さが露見される気がして嫌だった。
熱い雫がいくつも頬に伝うのを感じながら、俺は何度も顔を拭う。
それでも悲しい気持ちは消えてくれなくて、もしこのまま泣いてたら誰かが来てしまうんじゃないか、そんな考えが浮かんだ。
早く泣き止まないとなのに止め方が分からなくて、更に惨めな気分になってまた涙腺が緩む。
このまま身体の水分が抜けてしまいそうな、そういう錯覚すら覚えた時だった。
「──あれ」
不意に不思議そうな声がどこかから聞こえてきて、俺は無意識に俯けていた顔を上げる。
「へ」
まさか、なんで……貴斗がいるんだ?
公園の出入り口付近には貴斗が立っていて、小さな公園だからかここからでもはっきりと顔が見える。
「なんや、玲やん。どしたん、こんなとこで」
何してんの、と言わんばかりに貴斗が俺の向かって歩いてくるのが見えた。
「え、あ……」
どうしよう、泣いてるの見られた。
そう思ったら涙は引っ込んで……くれなかった。
むしろ羞恥で顔が熱くなっていって、じわじわと目尻に熱が溜まる。
なんでだ、なんで……俺は。
こっちに来る貴斗を見てられなくて、俺は反射的に顔を俯ける。
しばらくして貴斗の靴先が俯けた視界に入って、同時に俺の目の前がうっすらと暗くなった。
……これ、黙ってるのはもちろんだけど、今顔上げても詰むかも。
ただでさえ貴斗には泣いてるところを見られたかもしれなくて、そうじゃなくても無理矢理聞こうとしてくるだろう。
偏見も込みだけど貴斗は関西人の血が流れているからか、出会ってからずっとグイグイ来る。
周りが聞いてないことでも教えてくれて一人で笑ったり、かと思えば自分で自分に突っ込んだり、怒った時が一番怖いけど今ばかりは距離を詰められたくない。
「なあ」
「っ……!?」
ぽん、と『あくまで』優しく肩を叩かれただけなのに、びくりと身体が跳ねる。
「うお、ビビったぁ……んな強く叩いてへんで、一応言うとくけど」
なんやねんもぉ、なんて貴斗の間延びした明るい声がすぐ頭上から聞こえる。
「ふ、っ」
その声があまりに場違いで、図らずも小さく笑ってしまった。
おかしいな。さっきまでビクビクしてたはずなのに、さっきまで止まらなかった涙が貴斗のひと声で引っ込んでる。
「……ここ、よぉ来るんか」
すると貴斗の声がすぐ近くで聞こえた気がして、俺はそっと不自然にならない程度に目元を拭ってから、ほんの少し顔を上げた。
「っ近……うわぁ!?」
「え、おい!」
でもいきなり貴斗の人形みたいな顔が目と鼻の先にあって、俺は反射的に身体を起こした。
ブランコに座ってるから当たり前だけど背凭れはなくて、その反動のまま後ろに倒れそうになる。
でもすんでのところで貴斗が手を引いてくれて、なのに勢い余って俺が貴斗の胸元に倒れ込む形になって……いや駄目だろこんなの!?
シャツ越しにだけど貴斗のしっかりした身体が伝わってきて、なんだかひどく生々しい。
「ご、ごめ……っ」
同時に背中だかおでこだかに変な汗が浮かんだ気がして、俺は慌てて謝罪して離れようとした。
「──ちょうどええわ」
なのに、俺が腕に力を込めるよりも少し早く、貴斗の手が背中に回される。
「へ、っ」
自分以外の体温が触れたかと思ったら、そのままぽんぽんと優しく叩かれた。
「なんで泣いとったん。腹でも痛いんか?」
どこまでも優しい声で貴斗が続ける。
「お前、たまぁに一人で抱え込むとこあるやろ。やから大丈夫かて、今日ずっと心配しとったんよ」
どうやら貴斗には俺の考えてることなんかお見通しみたいで、穏やかな口調も相まってまた視界が滲む感覚があった。
泣くな、泣いたらもっと心配される。
優しくしないで、頼むから放っておいて──そう言えたらどんなに楽だろう。
「や、ちが……くて」
何か言わないとと思って反射的に口を開いた拍子に、まだ目尻に溜まっていた涙が顎を伝った。
そのままゆっくりと、貴斗の白く清潔なシャツに小さなシミを作っていく。
「お、れ……」
きっと貴斗に全部見られてるであろう、その軌跡を無意識に見つめながら、ひっそりと唇を噛んだ。
何が違うんだ、貴斗は心配してくれてるのに。
でも理由を言ったらおかしいって思われたり、嫌な顔をされるのが怖いから、だから最後には笑って誤魔化すのが癖になっていた。
頑張っても必ずどこかで失敗してしまうのが常で、空回りしないようにずっと気を張っている。
でも貴斗の前では弱音を吐いてもなぜか許される気がして、俺はぎゅうと手の平を握り締めながら唇を開く。
「……要領、悪いじゃん。頑張って力になろうとしても、どっかで必ず失敗するし。したらしたで、周りにどう思われるのか怖いし」
貴斗は何を言うでもなく、黙ったまま俺の言葉を聞いてくれた。
一定の感覚で背中を叩いてくれる手の平が優しくて、少し泣きそうになりながらにはなるけど。
「一回も『お前おかしいよ』とか、そういうのは言われたことないけど。失敗したら、みんなの顔見れなくなるというか……」
ポツポツと口に出していくと、俺って人間がいかに駄目な奴なのか思い知らされる。
誰にも何も言われてないのに勝手に落ち込んで、一人で抱え込んで……夕方の公園で泣いてるんだから、傍目から見たらすっごく変な奴だ。
「だ、だから一人で反省会してたんだ! もっと気を付けたらよかったとか、自分が持てる量だけ持ったらよかったとか」
俺が失敗したところを貴斗が見ていたのか分からないけど、あんまり心配させないように努めて明るく声を出した。
「そろそろ暗くなるし、今から帰ろうとしてたとこ。まさか貴斗に会えるって思わなかったなぁ」
あはは、と小さく笑う。
……ちゃんと笑えてるか分からないけど、もう泣いてないってアピールしておかないと。
そう思い込ませないと、また泣いちゃう。黙って背中を叩いてくれる、貴斗の手が泣きたくなるくらい優しいから。
「ほぉ。ほな、俺とこうしとる時間無駄やな。退こか」
「う、うん!」
途切れ途切れだけど、俺の気持ちはちゃんと伝わったみたいだ。
へらりと笑う貴斗の手が背中から離れた感覚があって、俺はいそいそと貴斗から退いた。
「よっ……と」
「ごめん、背中汚れたよね。怪我とか、どっか痛くない?」
貴斗が起き上がったのに合わせて背中に回り込む。
あっ、結構砂とかゴミとか付いてる。悪いことしちゃったな。
「や、なんも痛ないけど」
さっと背中に付いた汚れを手際よく払ってると、貴斗にしてはどこか歯切れ悪く呟く。
「そう? 俺重いし、今痛くなくても明日とか痛くなってるかもだし……我慢したら駄目だろ」
貴斗は我慢強いところがあるから、どこかをぶつけてもすぐに『大丈夫』って言う。
派手に転んだとかならまだしも不可抗力とはいえ、最近甘いもの食べてばっかの俺がいきなり倒れてきたら、どこかしら怪我してもおかしくない。
「我慢してへんよ」
貴斗の肩がかすかに揺れて、顔は見えないけど声音から笑ってるんだってなんとなく理解した。
……貴斗が笑う時の顔とか声とか、好きだな。大声で笑うんじゃなくて控えめで、ちょっと上品というか。
「──よし、これで大丈夫!」
そんなことを考えながら、俺は貴斗の背中をポンと叩く。
白いシャツだからまだ少し汚れが目立ってるけど、洗濯したら取れる……はず。
「ん、あんがと」
すると背中を叩いたのが合図だったみたいに、貴斗がゆっくり立ち上がる。
そのまま俺がさっきまで使ってたブランコに座って、じっと見つめてきた。
「っ」
貴斗にまっすぐ見下ろされるのは、いつまで経っても慣れない。
綺麗な顔をしていて、なのに話すと明るくて……時々俺と話してるのが申し訳なくなるから。
「な、なんで公園通ってきたの? 家とかバ先とか、こっちじゃないじゃん」
沈黙が耐えられなくて笑って言ってみたけど、貴斗は軽く眉間に皺を寄せて黙ったままだ。
あれ、本当に俺なんか変なこと言っちゃった……? やっぱさっきので肋とか、どっかが折れたとか……?
「ご、ごめ」
「──ちょっとは俺に頼ってもええんちゃうか」
「へ、っ……?」
謝罪しないとと思ったら勝手に唇から声が出て、でも俺が最後まで言う前に、貴斗の大きくて綺麗な手が伸ばされる。
「わっ」
そのままわしゃわしゃと頭を撫でられた。
背中を叩いてくれた時よりもずっと雑だったけど、どうしてか貴斗が怒ってるように感じる。
「た、貴斗……?」
「お前、二年なってからずーーーーーっと誰かしら手伝っとるやん。去年はそうでもなかったんに、俺のことほったらかしして……ちったぁ俺の気持ちも考えぇや」
はぁ、と貴斗が呆れ混じりに息を吐く。
えっと、何を言いたいのか分からないんですけど……?
というか気持ちって、同じクラスだし週に何回か話してるのに?
「え……と、何か相談受けてる? それか俺、気付かないうちに貴斗を傷付けるようなこと言っちゃった?」
もし後者だったらちゃんと謝るから教えて欲しい、そんな意味で貴斗を見つめる。
でも貴斗は俺の質問にむっつりと黙るだけで、何を言おうとしてるのかイマイチ分からない。
首を傾げていると、また貴斗が大きな溜め息を吐いた。
「はぁ……ほんまもぉ、そういうとこや言うてもお前は絶対気ぃつかんし。どないしたらええんやろ、これ」
あーとかうーとか、貴斗は明後日の方を向いて何かをブツブツ言っている。
「え……ええ?」
俺はといえば困惑するしかできなくて、でも未だ撫でられるのが気持ちよくて、止めてほしくないと思った。
……や、止めてほしくないってなんだよ! そんな、貴斗とは友達だけど、そういう感情がある訳じゃ……っ。
自分が少しでもそういう考えを持ったのが信じられなくて、なにより貴斗が言おうとしてるのが何かすら分からなくて。
なんて考えてたら不意に頭を撫でてくる手が離れて、寂しさを感じた。
「──っしゃ、ウジウジ悩むん終わり!」
「っ!?」
同時に唐突な大声が聞こえてきて、俺は反射的に肩を竦める。
や、やっぱ怒られる……?
恐る恐る貴斗を見上げると、俺の予想に反して貴斗はほんのりと頬を染めていた。
「俺な、お前の……玲のこと好きなんよ、まぁ、その……そういう意味で」
「……へ」
突然何を言って……え、貴斗が? 俺のこと好きって、なんで……?
俺は文字通り目を点にして、何度も瞬きを繰り返す。
でも目の前の友人は本気で言っているみたいで、そのまま上を向くと顔を覆った。
「あー……ほんま、今言うつもり無かったんに。お前のせいやからな、これ」
ブツブツと独り言を言う貴斗を、俺はどこか夢か何かみたいな心地で見上げる。
そ、そりゃあ驚いてるのが一番だけど。
でもこんな、いきなり告白されるなんて思わないだろ。
「え、あ……そ……なの、か」
あはは、と場違いも場違いすぎる笑いが口から漏れる。
「笑い事ちゃうわ」
「ごめん」
すかさず貴斗からツッコミが入って、俺は流れるように謝罪した。
「……けどまぁ、今すぐ答えてほしいとは言わん」
俺の言葉に貴斗は小さく笑いながら、今度はどこか遠い目をしてオレンジやピンクが混ざりつつある空を見上げる。
「ゆっくり、ゆっくり……俺のこと考えてほしいんよ」
声音は穏やかで、あまり言葉に勢いがないからか、どうしてか貴斗が儚く見えた。
長いまつ毛が頬に柔らかく影を落としていて、夕暮れ時のオレンジが映える。
「けどその間、お前は誰か手伝おうとするやろ? やから俺と仕事分担しよか、みたいな」
そこで言葉を切ると、貴斗はひょいとブランコから下りて、まだしゃがんだままの俺に目線を合わせてきた。
「ま……何言いたいかってな、玲と一緒に居る口実がほしい言うか」
言いながらガシガシと貴斗が頭を搔いて、困ったように笑う。
俺は俺でそんな貴斗に多少なりと見蕩れている自覚があって、でもこの気持ちがなんなのか知りたくて。
「……まだ、うん。ちょっとだけ待っててほしい、かも……です」
ボソボソとだけど、なんとかそれだけを唇に乗せる。
「ほんま? 待っとるよ、けど返事聞くまで毎日ダル絡みするからな、覚悟せぇ」
貴斗をまっすぐ見る勇気がなくて、俯きがちになったけど……嬉しそうな、本気か冗談か分からない声につられて、俺も緩く口角を上げた。
「ほどほどで、お願いします」
「おう、明日からするから待っとけ」
そう言った俺の頭を、柔らかく目を細めた貴斗が撫でてくる。
さっきよりも少し優しい手つきが擽ったくて、でも貴斗が満足するまで撫でられていた。



