贋作ワルツ

 外見が完成してくると、今度は内面の構造の違いが気になってきた。表情のコピーはもはや完璧に近い。スミレの笑い方は、目尻が先に下がってからクシャッとなって、遅れて口角を上げる。この筋肉の動かし方と、「うんうん」という相槌のリズム、褒められたときの「やめてよー」の語尾の伸ばし方も、鏡の前で特訓した。

 声質の違いはあるけれど、だいたい同じところまで持って来られている。ゴールはもう目の前だ。
 体育が始まる前、みんな着替えてから髪を纏めだす。ゆるく束ねる人もいれば、三つ編みにする人もいる。体育ガチ勢の人たちは、ポニーテールにしたり、しっかりとお団子に仕上げる。

 スミレの場合、その中間という感じで、二つに分けて編み込みにすることが多い。今日もそれを頑張ってやっているけれど、彼女は不器用だから、あまり上手くは出来ていない。毎回見ていたから知っている。体育の時間だけの髪型だから、綺麗に結うのを手伝うのではなく、いつもその様子を眺めていた。

 案の定、後ろ側は見えないから、編み目はぐちゃぐちゃで、すぐにほどけてしまうだろう。まあ、終われば解くからそれでいいのだけれど。
 スミレの編み方を真似て、自分の髪も編み込むが、終了時まで崩れずに綺麗なまま持ちこたえた。手先が器用だから、こういうヘアアレンジは得意で……。

 終了のチャイムが鳴ると、スミレは髪をバサッと解き、手櫛で整えながらこちらに駆け寄ってきた。

「モカって、編み込み上手だよね」

 そう言われて、はっとする。――本物より上手いのは、変だ。

 でも、なぜだか分からないけれど、スミレの不器用な部分は、真似することはなかった。ペンをよく落とすところ、下手くそな玉結び、崩れる前髪やこぼれるグラノラも。

 彼女の世話をするのは私の仕事だったけれど、真似するのは、綺麗で完璧、感じがよくみんなに愛される、スミレだけなのだ。理想のスミレにしか興味がないことに気づいてしまった。
 私がなりたいのは、スミレそのものではなく、自分が作り上げた完成型のスミレの偶像だ。

 その頃から、私の中からゆっくりした話し方やのんびりした歩幅が失われていき、自分の理想に近づくほど、本来の自分を置き去りにしていく。


 その夜、兄の部屋の戸が開いていたから、ダーウィンのケージを覗いてみる。相変わらず、かまくらみたいなシェルターに籠り、丸くなっている。もうお腹がいっぱいなんだろう。

「お、モカ、髪変えたよな? なんか、誰かに似てない?」
「……似てない」
「そう? なんか、インフルエンサーとかにいそう」

 兄はそう言いながらも、すでにケージの方に身体を向けて、コオロギを一匹ダーウィンの傍にぽいっと放った。

「ダーウィンもう寝てるじゃん……」

 食べ残した時の騒音の恐怖を思い出して、二匹目を放とうとする兄の手を、慌てて制止する。

「だって、夜中に腹減ったらかわいそうだろ? まあ、お前の方は……誰かの真似もいいけどさ」
「なに、急に……」

 突然の兄の説教モードに警戒する。たまに、説法みたいなのしてくるの、本当にうざい。

「自分らしくいろ、とか言うけど、本来の自分って、生まれてから見てきた誰かの、真似の集合体だろ? 喋り方、立ち振る舞いとかも。生き物は、真似して育つもんなんだよ」

 正論だと思う。でも、「ほっといてよ」と言い捨てて自室に戻った。
 ベッドに潜り込んでからも、心はざわついたままで、どうすることが正解なのか、もう分からない。このイライラする怒りみたいな感情は、リンリンリーンと泣き叫ぶコオロギのせいにするしかない。

 深夜になっても、鳴き声は止まることが無かったから、起き上がって、イヤホンをつけて『別れのワルツ』を流し始めた。今日はスミレノートを開くのではなく、卓上鏡の照明を付けてから、まだ慣れないアイシャドウのパレットを開いた。

 スミレがよく使っているブルベカラーのくすみピンクを、ブラシで少しずつ馴染ませていく。イエベカラーの方が似合うのに、そっちは全く減っていない。うまく乗せられなくて、何度も拭き取ってはやり直す。ブルーのコントロールカラーを仕込んでから塗ると、いい感じに仕上がった。またスミレになるために時間を溶かしてしまったことへの罪悪感が押し寄せてくる。
 しかし、鏡の前にいる私は、とても綺麗で可愛い。


 翌日の昼休み、トイレの手洗い場でティントを塗り終えた時、私の隣にスミレが並んだ。仕事で遅刻してくるというのは知っていたけれど、ここで会うとは思わずに驚く。

「今来たんだ」と微笑むスミレの顔が、一瞬引きつった気がした。気のせいかもしれないけれど、私も「大変だね」と笑みを返す。その時、鏡に映った二人は、同じ髪型で、同じ色の唇をしていて、かなり奇妙だった。でも、似ているのに、なんか違う。

 鏡の中の二人を、審査員みたいに見比べることが止められない。窓からの木漏れ日に照らされたスミレの髪は透明感のあるココア色になるのに、私の髪はただの栗色にしか見えない。彼女のほうが自然で、綺麗だ。メイクも似合っていて、表情も柔らかくて、誰からも愛されている。

 いくら髪やメイク、雰囲気や仕草を真似ても、彼女の隣に立った途端に、全部が「偽物」だと思い知らされる。ラズベリーピンクは、私の唇の上で変に浮いていて、借り物の色にしか見えなかった。どれだけ努力しても、本物にはなれない。