贋作ワルツ

 翌朝の通学時に、いつものように乗り換え駅のホームでスミレと電車を待っていると、同じ時間帯に見かける他校の男子が、まっすぐこちらに歩いて来た。私たちはいつも女性専用車両に乗るけれど、その隣の列に並んでいる男子グループのうちの一人だ。

 紺色のブレザーを着ているから隣駅の男子校の生徒だということは間違いない。背が高くてシュッとしていて整った顔立ちなので、うちのクラスでも「かっこいい人がいる」と以前話題になっていたことがある。名前も噂話の中で何度か耳にした覚えがあって、確か、神谷くんとかそんな名前だったと思う。今は、そんな印象とは違う緊張した面持ちで立っている。

「あの、これ、読んでもらえませんか」

 空気が一瞬止まった。差し出されたのは白い封筒で、彼の声からは緊張しているのが伝わってくる。列に並んでいる、うちの学校の女子がヒソヒソ話しているのはしっかりと聞こえるけど、彼は周囲の注目を浴びているはずなのに、全く気にしていないようだ。どうしてもスミレに手紙を渡したかったのだろう。その勇気にみんな感心している。

 スミレは少し目を丸くしてから、いつもの調子で「ありがとう」と受け取り、彼は深く頭を下げて隣の列に戻っていく。友人たちに肩や背中を叩かれて、よくやったという感じで英雄みたいになっている。

 その瞬間に電車が到着し、みんな一斉に乗り込んだ。電車の中で、スミレは鞄の奥にその封筒をしまい、こっちを向いて瞼を閉じた。
 あっ、前髪か、と気づいてコームを取り出し、斜めに綺麗に整えてあげる。

 その日、スミレが手紙の内容に触れることはなかった。
多分断るのかな? と思っていたけれど、違ったようだ。


 翌朝、登校時にホームで電車を待っていたら、昨日の男子が駆け寄って来た。
「おはよ」とスミレと挨拶を交わしている。これは……、どういうことなんだろう。昨日までは、知らない人だったのに。まさか……。

 彼が自分の列に戻るとスミレがぽつりと言った。

「付き合うことにした」
「え……」
「断ってばっかりなのも、疲れたし、いいかなぁって思って」

 声が少しだけ硬くて、こちらを見ないから本心は読めない。でも、私はできるだけ明るい声で「よかったね!」と言った。

 ちゃんと笑えていたと思う。精一杯の友達らしく……。うん、上手く出来た。

 みんなが噂するくらいのカッコイイ人に告白されて、それを受け入れるのは当然だと思う。お似合いだし、珍しくスミレと釣り合う人だし、誰も文句のつけようがないカップルだと頭では分かっている。

 ただ、胸に小さな棘が一本刺さって、抜こうとするともっと奥へと入っていく感覚に襲われる。でも、処方箋はなくて、そのまま放置するしか方法はなかった。

 その夜、帰宅後にスミレノートを開いても、指が動かなくて、残したい言葉が見つからない。棘を取り除こうと、綺麗なスミレを思い浮かべたり、可愛いスミレの言動を振り返ってみる。しかし、色々試したけれどダメで、どんどん深く抉るように、心を引き裂いていく。