「デートじゃん」
翌日、月曜。
いつものように屋上で昼飯を食べながら昨日の話をすると、友人の勇樹が言った。
勇樹は一年の頃からの友達で、とにかく陽キャで顔が広い。
勇樹のお陰で俺もこのいつメンに入れたようなものだ。
そんな勇樹から「デート」なんてワードが出てきて俺は目を瞬いた。
「は?」
「デートだな」
「間違いない」
他の友人らもうんうん頷いていて、俺はいやいやと首を振る。
「カフェ巡りしただけだって」
「だから、それってデートだろ」
「……?」
頭に疑問符が大量に浮かぶ。
――デート?
デートというのは、カップルがどこかに出かけることを言うはずだ。
確かに俺たちは昨日ふたりで出かけたが、俺たちはカップルではない。
「そっかそっかあ、ついに俺らの律にもいい相手が出来たわけか~」
がばっと勇樹の腕が肩に回り、箸で摘まんでいた肉団子が危うく弁当箱の外に落ちるところだった。
「あぶねーって」
「なんか大事な娘を嫁にやる気分だぜ」
「何言ってんだ」
芝居がかった口調で勇樹は続ける。
「こりゃあ、ガチで一度確認しに行かなきゃな」
「この間の一年だろ?」
「明日会うんだっけか?」
「やーめーろ!」
腕をどかし、何やら悪ノリし始めた友人たちに俺は言う。
「てか、なんだよいい相手って、そういうのじゃないし」
「でもお前だってこの間、惚れたとかなんとか言ってたじゃねーか」
「そ、それは、憧れ的な意味で」
思い出して顔が熱くなった。
確かにあのときは本気でカッコいいと思ったし、男が男に惚れる瞬間ってあるんだなと思った。
でも、付き合いたいとかそういう意味ではない。
というか、そんなこと考えること自体、冬真に申し訳なかった。
「でもよ〜、あの一年は絶対律のこと狙ってるよな」
「はあ?」
「間違いない」
「というわけで、明日の放課後、律のバ先に全員集合な」
「おう!」
「俺らの可愛い律に相応しい男かどうか、ちゃんと見極めねーとな」
「だから、やめろって!」
流石に我慢できず俺は自分でも珍しく声を荒げた。
「冬真に失礼だろうが! あんないい奴が俺を狙うとかありえないだろ!?」
そうだ。
あんなイケメンでいい奴が俺なんて好きになるわけがない。
モテるだろうし、もしかしたら既に彼女だっているかもしれない。あのビジュだ。いたって全然おかしくない。
アイツが俺を狙っているなんて失礼が過ぎる。
(絶対にありえない!)
「てかお前ら面白がってるだけだろ!」
「あ、バレた?」
にへらと笑う勇樹。
でも別の友人は真面目な顔をして言った。
「心配してんだよ」
「心配?」
「お前すぐに騙されそうだし。マルチとか」
「あー、確かに」
「冬真はそんなんじゃ!」
「まぁまぁ、それは半分冗談だとして、俺らも一度行ってみたかったんだって律のバ先」
ふんっと息を吐いて、俺は先ほど食べ損ねた肉団子を口に入れた。
「……来るのは全然構わないけど、煩くするなよ」
「わかってるって!」
「俺カフェって入るの初めてかも」
「マジかよって俺も初だわ」
そうして笑い合う友人たちを見ながら、俺も自然とまた笑顔に戻っていった。
……たまに悪ノリはするけれど、基本みんないい奴だ。
人より不出来な俺だが、これまで運よくずっと友人には恵まれていて、こんな俺の友達でいてくれるみんなにはいつも感謝している。
冬真もそうだ。
まだ友達とは言えないかもしれないけれど、こんな俺を助けてくれた優しい後輩。
(これから、もっと仲良くなれたらいいなぁ)
小さな雲がたくさん連なる秋空を見ながら俺はそんなことを考えていた。
***
そして火曜日の放課後、勇樹たちは本当に店にやってきた。
「いらっしゃいませ。本当に来たんだな」
「行くって言っただろ? で、例の一年は?」
店内を見回しながら勇樹に小声で問われ、俺も小声で答える。
「まだ来てない」
「そっか」
「それでお客さま、ご注文は?」
「あー、じゃあ俺はアイスコーヒー」
「えーと、俺何にしよう。律のおすすめは?」
そうして友人たちはそれぞれ注文したドリンクを持って奥のテーブル席へとぞろぞろ進んで行った。
煩くしないかと少しハラハラしたが、煩くなったら注意しにいけばいいかと俺は笑顔でそれを見送った。
(冬真、遅いな)
とっくに一年の授業も終わっているはずだ。
俺はガラス張りのドアから人通りの絶えない商店街を見つめ、小さく息をついた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様ー!」
結局、冬真は現れないままバイト上がりの時刻になってしまった。
勇樹たちは早々に諦め、2時間前くらいに帰っていった。
(用事でも出来たんかな)
折角先輩からドリンク一杯サービスの話を貰っていたのに。
「あ、ごめん、星野君。帰り際に傘立て出しておいてくれる?」
「了解です」
そうだ。今日は夜から雨が降り出すとお天気アプリで見た。
夜8時。この時間になると商店街のほとんどの店が閉まり、人通りもまばらになる。
店頭に傘立てを出しつつ空を見上げると既にポツポツと降り出していて、俺はバッグから折り畳み傘を取り出した。
傘を広げ歩き出そうとした、そのときだ。
(え?)
向かいの街灯の下に、見覚えのある姿があった。
「冬真!?」
名を呼び制服姿の冬真の元へと向かう。
彼は傘を差していなくて、そのサラサラの髪がしっとりと濡れてしまっていた。
慌てて傘を差し出し言う。
「なんだ、いつ来たんだ? 俺、今終わったとこで」
すると冬真は鋭い目で俺をじっと見つめたまま静かに答えた。
「知ってます」
「え?」
そして俺はハっとする。
「も、もしかして、店に入れなくてずっとここにいたのか!?」
こくりと頷く冬真。
そんなに入りづらかったのかよと思いながら俺は謝る。
「ごめん、俺全然気づかなくて」
「違う」
「え?」
冬真は俯くと、低く呟くように言った。
「律先輩の友だちが来てたから」
それも知っていたのかと驚く。
ということは2時間以上ここにいたことになる。
「なんか、嫌で」
「嫌って、何が」
「……」
冬真は黙ってしまって俺は首を傾げる。
「冬真?」
「……帰る」
そう短く言って、傘も差さずに行ってしまう冬真を俺は慌てて追いかける。
「ちょ、ちょっと待てって! 風邪ひくぞ!」
身長差があるため少し腕を上げ背後から傘を差してやると、冬真はそれを乱暴に払いのけた。
「要らない!」
「……冬、真……?」
ショックを受けていると、冬真はそんな俺をハッとしたように見つめ、なぜか一瞬泣きそうな顔をした。
そんな冬真に訊く。
「なに、怒ってんだ?」
「……」
「ごめん。俺バカだから、ちゃんと言ってくれないとわからなくて」
すると冬真は俺から視線をそらし、またゆっくりと口を開いた。
「……あんたが、あの店で他の奴と仲良くしてるの、見たくなくて」
「他の奴って……?」
「学校は仕方ないけど、あのカフェでそういうのは見たくなかった」
それを聞いてもやっぱり意味がわからなくて、俺はもう一度謝る。
「ごめん、どういうことだ?」
と、そのときだった。
伸びてきた腕にぐいっと傘を持つ手を引かれたかと思うと、視界が冬真でいっぱいになった。
――え?
ふにっと唇に冷たいものが当たった。
それが冬真の唇だと気付いて、俺は目をいっぱいに見開く。
ちゅっと小さく音を立ててそれが離れて、冬真は固まっている俺の眼前で言った。
「こういうことです」
「……っ!?」
びっくりした俺は傘から手を離し、慌てて冬真から距離を取った。
「な、な、なっ!?」
キスされた。
(冬真に、キスされた……!?)
まだ感触の残る唇を押さえながら俺が妙な声を上げていると、冬真は俺の傘を持ったままこちらを睨むようにして続けた。
「俺、律先輩のこと狙ってるんで」
「!?」
そのどこかで聞いたようなフレーズに、すぐにピンとくる。
「まさかお前、昨日の話」
「はい。昨日の屋上での先輩たちの話、全部聞いてました」
俺が口をぱくぱくとさせていると。
「あの人たちの言うとおりです。俺、律先輩のことを狙ってます」
「な、なんで、俺……」
意味がわからない。
なんでこんなイケメンが俺なんかを狙うのか。
マジで意味がわからない!
(ん? 狙う……?)
そこで俺はハっとする。
「ま、まさか、マルチ!?」
「違います!」
苛ついたように即答された。
「マルチでキスなんかしねーだろ」
「じゃ、じゃあ、なんで……」
呆れたように大きく溜息を吐かれ、冬真は低い声で話し始めた。
「きっと覚えてないだろうけど、律先輩があの店でバイト始めて最初に接客したの俺なんですよ」
「えっ!?」
「ド緊張して、手も声も震えてて、あげくホットを頼んだのにアイスが出てきて」
思い出したようにじわじわと顔が熱くなっていく。
確かに、そんな失敗をした覚えはある。
でも、あのときはとにかくいっぱいいっぱいで、お客さんのことまで覚えていなかった。
「最初は大丈夫かコイツと思ったけど、いつの間にか目が離せなくなってて……気づいたら好きになってました」
急に真面目な顔で言われて、ボンっと一気に全身の熱が上がった。
(好き? 冬真が、俺のことを……?)
と、冬真が俺の方に一歩足を踏み出した。
「律先輩も俺に惚れてくれたんですよね?」
「!?」
それを聞いてぎょっとする。
「ま、まさか」
「はい。それもばっちり聞いてました。なので脈ありかなとデートに誘ったのに、全然気付いてくれないし。先輩、鈍感すぎません?」
「な、なっ」
驚きと、怒りと、恥ずかしさと……嬉しさと。
色んな感情が織り交ざって俺が完全にパニックを起こしていると、すっと傘が差し出された。
「とにかく、そういうことなんで。またカフェ巡りしましょうね、律先輩」
雨に濡れたイケメンがにぃっと笑って、そんなワルい笑顔もカッコイイなんて思ってしまったあたり、俺も大概で。
――いつの間にかカフェで始まっていた俺達の攻防戦は、すぐにでも決着がついてしまいそうである。
END.



