「先輩だったんですね。タメかと思った」
皆の死角になる屋上の隅っこの方まで連れて行かれ何かと思いきや、まず第一声がそれでちょっとだけムッとする。
こっちだって、まさか年下だったなんて思わなかった。
てっきり年上、大学生だと思っていたのに。
それにしても明るい場所で改めて見るとやはりかなりのイケメンだった。
笑顔はなく目つきも鋭いが、そこがカッコいい。まさにクールイケメン。
さぞやモテることだろう。羨ましい。
でもとにかく、もう一度彼に会うことが出来たのだ。
改めてお礼が言えると俺は笑顔をつくる。
「びっくりしたよ。同じ高校だったんだな。昨日は本当にありがとう」
今はバイト中ではないので昨日よりもフランクにお礼を言う。
「それで、俺に何の用?」
すると彼はあの時のように俺のことをじっと見つめた。
「昨日の件で」
「ああ」
「あのカフェに行きづらくなった責任とってください」
「……は?」
俺はパチパチと目を瞬いた。
「……え? ごめん、どういうこと?」
全然意味がわからなくて訊く。
すると彼は先ほどよりも少し早口で答えた。
「あんたがもっとしっかり注意出来ていれば、俺がああして出ることもなかった」
痛いところを突かれ、うっと言葉に詰まる。
「そ、それは、ごめんだけど……」
「だから、責任」
感情の分かりにくい真顔でもう一度言われて俺は困惑する。
「えっと、責任って、ど、どうすれば……?」
笑顔が引きつるのを感じながら俺は首を傾げる。
「一緒に新たな行きつけのカフェを探してください」
「へ?」
そんな間の抜けた声が出てしまっても、この場合仕方がないと思う。
***
そして。
なぜか俺は次の日曜、彼――皇城冬真と所謂カフェ巡りをすることになった。
最寄り駅で待ち合わせ、今は目当てのカフェに向かって賑やかな商店街を歩いているところである。
「というか別に全然気にすることないし、どんどん来てくれて構わないのに」
「俺が嫌なんです」
「そ、そっか……」
俺は苦笑する。
何度言っても彼の答えは頑なだった。
確かにうちのカフェは常連客が多い。
彼を見てあの時のイケメンだと気づくお客さんはいるだろう。
現に、俺も学校で声を掛けられてすぐに気付いた。
彼はそれが嫌なのだろう。
(やっぱ悪いことしちゃったなぁ……)
急に申し訳なくなって、改めて謝罪する。
「ホントごめんな。俺、店員なのに全然役に立たなくて……あのときお前がいてくれなかったらどうなってたか」
「あんなバカ稀だ」
「え?」
「あんたが気にする必要はない」
彼の端正な横顔を見上げる。
……今のは、ひょっとして励ましてくれたのだろうか。
いきなり責任を取れなんて言われてどうなることかと思ったが、普通にいい奴みたいだ。
嬉しくなって思わず顔が緩んでしまった。
「それに新人のあんたに任せる店もどうかと思うし」
「あー、でもあのとき男は俺しかしなくてさ。ああいう客の対応はやっぱ男の方がいいだろ」
と、そこで気づく。
「てか、俺が新人だって知ってたんだ?」
すると、彼は少しバツが悪そうな顔をした。
「……あの店は前から使ってるし、新人が入ればわかる」
「そうだったのか」
(……ん?)
ということは、入りたての頃の俺のダメダメな仕事ぶりも見られていたということだろうか。
だとしたらかなり恥ずかしい。
と、そんな話をしているうちに目当ての店の前に辿り着いた。
「まずはここなんてどうだ?」
「ここは……」
冬真の眉間にぎゅっと皴が寄る。
そこは所謂昔ながらの喫茶店で、俺たち男子高校生にはちょっと敷居が高い佇まいをしている。
「わかる。俺も最初は入るのに勇気要った。けど、とにかくオトナな雰囲気で良いんだって」
と言っても、俺もこの店に入るのはこれで3度目くらいだ。
扉を開けるとカランコロンとドアベルの音が響いて、コーヒーの良い香りに包まれる。
薄暗い店内には静かにジャズが流れていて、外の賑やかさとは隔離された感覚がした。
「いらっしゃいませ。お二人様でよろしいですか?」
「はい」
上品な女性店員さんに案内されて、俺たちは窓際のソファ席に座った。
やはりうちのカフェよりお客さんの年齢層は高いと感じた。
「ご注文はお決まりですか?」
「あ、アイスコーヒーをお願いします」
「……ロイヤルミルクティーを、ホットで」
「かしこまりました」
店員さんが去っていってから俺は訊く。
「ひょっとして紅茶派?」
「どちらかというと」
少し意外だった。
そのクールな見た目から、カプチーノとかブラックが好きそうだと思ったけれど。
ロイヤルミルクティーを頼んだところをみると、案外甘党なのかもしれない。
「いいだろ? 雰囲気」
「はい。でも……」
メニュー表を見て冬真は渋い顔をした。
言わんとすることはわかる。価格帯のことだろう。確かにどのドリンクもうちの店の倍近くする。
そんな彼に俺は笑顔で言った。
「あ、心配するなよ。今日ここは俺が支払うからな。この間のお礼」
すると彼は驚いたように顔を上げ、それからなぜかムッとしたように首を振った。
「自分の分は自分で払います」
「え? でも」
「そんなつもりであんたを誘ったわけじゃないんで」
なんだか急に不機嫌になってしまった彼に俺は「そ、そうか?」としか返せなかった。
間もなくして注文したものが運ばれてきた。
お洒落な柄のティーカップを口につけた冬真は目を丸くした。
「どうだ?」
「美味い」
どうやら味の方は気に入ってくれたようで、俺はほっとした。
「どうだった?」
一軒目のカフェを出て、俺は訊く。
「6点」
「6点?」
高いのか低いのかイマイチわからず首を傾げる。
「えーと、ちなみに俺んとこの店は」
「8点」
おそらく10点満点なのだろう。
ということは、うちの店はなかなか高評価だ。
「確かに雰囲気はいいし紅茶も美味かったが、頻繁に入れる店じゃない」
「だよなぁ……じゃあ次行くか。お前が行きたいって言ってたとこ」
そのカフェは俺も入ったことがなかった。
とにかく女子に人気なイメージで、どうも入りにくかったのだ。
「お前は来たことあるのか?」
注文の順番待ちをしながら小声で訊く。
先ほど店員さんからもらったメニュー表を見ているが、色々ありすぎて迷っていた。
「テイクアウトで何度か」
「あー、テイクアウト……」
そうこうしているうちに俺たちの番が来てしまった。
「お先どうぞ」
「えっ」
冬真に先を譲られ、彼のオーダーの仕方をお手本にしようと思っていた俺は慌てた。
「いらっしゃいませ」
「あ、えーと、アイスカフェラテのS、あ、ショートをお願いします」
「カスタムはよろしいですか? キャラメルシロップなどがおすすめですが」
「あ、えっと……じゃあ、それ追加でお願いします」
「かしこまりました」
……妙に緊張してしまった。
なのに次の冬真は何やら長い呪文のような名前をスラスラと唱え始めて俺は目を丸くした。
「なんだよお前、めっちゃ慣れてんじゃん」
ドリンクを受け取り空いていたカウンター席に腰掛けた俺は、隣に座った冬真に半眼で言う。
すると冬真はふっと口端を上げた。
「先輩、本当にカフェの店員なんですか?」
「う、うちは、カスタムとかそういうのないんだよ」
「知ってます」
揶揄われたのだとわかり、俺はストローでそのかなり甘いアイスカフェラテを思い切り吸い込んだ。
店内を見渡すとやっぱり圧倒的に女子が多い。
あとカップルも多くて、俺にとっては少しだけ肩身が狭かった。
それは冬真も同じだったようで……。
「7点」
店内を出てすぐに冬真がそう言った。
俺は苦笑する。
「やっぱお前にとってうちの店って特別だったんだな」
「値段も学生向きで、でも落ち着いてるし」
「うんうん。わかるわかる」
「それに、あんたもいるし」
「え?」
またじっと見つめられて俺は首を傾げる。
「俺が?」
「……いえ、なんでもないです」
はぁ、となんだか大きな溜息を吐かれて俺は更に首を傾げた。
それからもう一件チェーン店に入ったが冬真の評価は7点。俺の店には及ばずだった。
その店を出るともう辺りは暗くて、今日はお開きということになった。
「飲んでばっかだったからお腹タプタプだな」
別れ際、改札前でお腹をさすっていると冬真は言った。
「次バイトいつ入ってます?」
「え? 火曜日だけど」
「また行きます」
「なんだよ、結局来るのかよ」
思わずそう突っ込んでいた。
「ダメですか?」
「ダメなわけないだろ? だから気にせずどんどん来いって。なんならサービスするし、この間のお礼もしたいし」
「いいんですか? 新人がそんなの決めて」
「勿論先輩には訊いてみるけど。お前は店の恩人なんだしきっとOKしてくれると思う」
すると冬真は小さく笑った。
「楽しみにしてます」
「ああ。――あ、そうだ。俺のことは律って呼んでくれよ。「あんた」はちょっと寂しいっつーか他人行儀っつーか……」
「律先輩」
「!」
早速呼ばれて、つい顔が緩んでしまった。
と、ぺこりと冬真は頭を下げた。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「こっちこそ! 行きたかった店にも入れたし、ありがとな」
「じゃあ、また火曜日」
「ああ、待ってる!」
笑顔で言うと、冬真もその鋭い目を細め微笑んでくれた。



