大正道楽事件簿

「はあ……甘いものはいいなぁ」

あんみつを食べ終わった明はすっかり満足した様子で、茶をすすっている。

「田村さん、今日はずいぶん疲れたみたいね」

雅子が笑う。

「誰のせいだと思ってるんだよ」

「私?」

「そうだよ!」

「まあまあ。楽しめたのだからいいじゃないか」

晴人が、のんびりと二人のやり取りを眺めていた。

「それにしても、この店のあんみつって美味しいわね」

雅子も満足そうに匙を置く。

「あら?」

雅子が一点を見つめた。

「どうした?」

晴人が尋ねる。

「ほら、あの方」

雅子の視線の先に、男が座っていた。

「あっ!」

明も気づいた。

「さっき写真を撮ってくれた人じゃないか!」

男もこちらに気づき、軽く会釈してくる。

「ああ、先ほどはどうも」

「こちらこそ。写真、ありがとうございました」

雅子が笑顔で頭を下げる。

「いえ、どういたしまして」

男も笑って答えた。

と──。

恵子が匙を落とす。

「恵子さん?」

「す、すみません。ついうっかりして……」

恵子は慌てて匙を取ろうとした。

「ああ、俺が」

明は、恵子が落とした匙を床から拾い上げた。

「ありがとうございます……」

礼を言う恵子は、どこか緊張している。粗相をしてしまったからなのだろうと明は思い、なんとか気をそらそうと話題を探した。

しかし適当な話が出てこない。

「それにしても、男一人であんみつなのね……」

雅子が、隙をつくように言うと、先ほどの男をちらりと見た。

「ああ、きっと、凄い甘党なんだろうなぁ」

「田村さん、そこなの?」

雅子が吹き出した。

「別にいいじゃないか。甘いものが好きなのだろう」

晴人は、いたって平然としている。

「まあ、それもそうよね。お好きなのよね」

雅子も納得したように頷いた。

「では、そろそろ」

晴人が財布をだした。

恵子が慌てる。

「ああ、ここは俺たちがというか晴人に任せておけばいいですよ」

明は恵子に、勘定は心配いらないと告げる。

「そうそう。殿方に任せておくのが一番」

雅子も呑気にかまえている。

「あ、あの、ごちそうさまでした……」

恵子が頭を下げた。

「いや、気にしないでください。恵子さん。本日はありがとうございました」

晴人が声を掛ける。

「こちらこそ……」

恵子は再び小さく頭を下げた。

「それじゃあ、今日はこの辺でお開きね」

雅子が笑う。

「勘定を!」

晴人が店の奥へ声をかけた。

「じゃあ先に出ておくわ」

雅子が立ち上がる。

「恵子さん、行きましょうか」

明の申し出に、恵子はやはりおとおどしている。

「ああ、本当に会計のことは気にしなくていいんですよ」

明は、恵子を納得させようと朗らかに言った。

そして数日後──。

いつものカフェで、晴人と雅子が顔を突き合わせている。

「綺麗に撮れてるわね」

雅子が得意気に言った。

テーブルには写真が並べられている。

あのデートの時に撮影した写真だ。

「あーー、やっぱり背後に人が映り込んじゃってるわ」

「それは仕方ないさ。あの人出だ」

残念そうにしている雅子に晴人は優しく声をかけた。

「でも、せっかくの記念写真ですもの。というより、田村さんと恵子さんの記念でもあるわけでしょ?二人だけで写ってるべきなのよねぇ」

「だが、ちゃんとピントは合ってる。背後の人影もうまくぼかしてるし……」

そこまで言って、晴人は黙り込んだ。

そして、写真を次々見比べ始めた。

「どうかした?」

晴人の挙動を不思議そうに雅子が見ている。

「いや、気のせいか?」

晴人は写真を見つめ考えこんだ。

「マスター、天眼鏡《むしめがね》貸してくれないかい?」

突然の申し出にマスターもあたふたしつつ、いつも新聞を読むときに使っている天眼鏡を晴人へ差し出した。

晴人はマスターから天眼鏡を受け取ると写真にかざして熱心に見入っている。

「……」

「どうしたの?」

「いや……これは偶然なのだろうか?」

晴人は雅子に天眼鏡を差し出した。

「何?」

写真を拡大するが、雅子は何が何だか分からず晴人を見る。

「ここだよ」

晴人が写真を指さした。

「……え?これ……」

雅子も晴人の言わんとすることに気がつく。

ぶっきらぼうな表情の明とはにかむ恵子が写っている。その背後には家族連れが写り込んでいた。

そして、一人の男も──。

晴人は雅子に何枚か写真を手渡す。

雅子は一枚づつ天眼鏡で写真を確認したが、さっと顔色を変えた。

「俺の見間違いではなさそうだな」

「ええ、同じ人!こっちにも!え?!やだ!この人、こちらを見てるわよ!」

「ただの通りすがりにしてはおかしいだろ?」

晴人が差し出した写真すべてに同じ男が写り込んでいる。

「そうね、偶然とは言い切れないわね……」

雅子も晴人に同意した。

「だが、これには男は写っていないんだ」

言いながら晴人は、四人で撮った写真を雅子に見せる。

「……あら?本当。写ってないわね。じゃあ、やっぱり偶然?」

「そうかな?」

晴人は何か核心を持ってか、ゆっくり口角を上げた。

「……この時は、写れなかったんだよ」