こうして日曜日がやって来る。
晴人と雅子は帝都庭園の入り口で明と見合い相手を待っていた。
「遅いわね。お相手を迎えにいったんでしょ?田村さん何かしでかしたのかしら?」
「いや、まさかそんなことはないだろう」
晴人と雅子が心配していると、先から人力車がやって来た。
「なんだ、車じゃないのか」
「そうね。だから、おそかったのかしら?」
二人が凝視する中、明と見合い相手を乗せた人力車は止まった。
明が先に降り、振り返って手を差し出す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
明に促され、人力車から小柄な女性が降りてきた。
飛び柄の小紋に、刺繍の施された半衿。きちんとまとめた髪には、小さなリボンが添えられている。
色白で、静かな佇まいの女性だった。
「待たせたな、晴人、雅子さん」
「ずいぶん遅かったじゃない」
雅子が待ちくたびれたとばかりに明へ言った。
「いや、迎えに行ったら、人力車を手配してくれていて……。車で来れなくなったんだ」
明は苦笑しながら、隣の女性を振り返る。
「こちら、今日のお相手の恵子さん」
「西田恵子と申します。本日はよろしくお願いいたします」
恵子は丁寧に頭を下げた。
「九条晴人です。こちらこそ、よろしくお願いします」
晴人も軽く会釈する。
「田上雅子です。今日は楽しみましょうね」
雅子がにこやかに笑う。
「はい……」
恵子は小さく頷いた。
「それじゃあ、行きましょう」
雅子が先に歩き出す。
「帝都庭園、楽しみだわね!」
「雅子さん。今日は俺の見合いなんだけど……」
「だからこそよ、楽しみましょう!」
雅子は振り返りくすりと笑った。
明は何とも言えない顔をしながら、恵子と並んで歩き出す。
日曜日ということと、開園したばかりということが相まってか、アベックや家族連れで賑わっていた。
「結構人気なのね」
雅子は辺りを見回している。
「そのようだな。思ったより人が多い」
晴人も少し驚いている。
「あーー、せっかくカメラ持参で来たのに。人が多いから写り込んじゃうわね」
雅子は残念そうに言うと、首からぶら下げている小型カメラを手に取った。
「えっ?!雅子さん。カメラなんか……」
「そうよ。カメラ。せっかくのダブルデートですからね。記念にと思って」
「雅子は、写真撮影が趣味なんだよ」
晴人が補足した。
「腕には自信があるわ。ヨーロッパにいた頃、ロバートに教わったの」
言って、雅子はカメラを構えてみせる。
「……ロバートって、また男かい?!」
明は、晴人へ視線を移す。
「ああ、社交界仲間だったらしい」
晴人が平然と言うが、明は戸惑いを隠せない。
「……あーー、ロバートとは何もないわ。口説かれたことはあるけど」
雅子が悪びれもせず言う。
「なっ?!」
明は、赤裸々な雅子の発言に声を失った。晴人という婚約者の前でそんなことを言うのかと。
それは恵子も同じのようで、目を見開いて雅子と晴人を凝視している。
「ふふふ、私たち、こんな感じなの」
「いや、雅子さんがだろ?少なくとも晴人は、そういう話はしないぞ」
なあ、と、明は晴人へ同意を求めていた。
恵子に、軽い男と思われたくないという気持ちも明にはあった。義理でやって来ているとはいえ、見合いの延長のようなもの、後々、周りに何を言われるかとビクビクしていたのだ。
「まあ、雅子は特別だからね。恵子さん、びっくりしたでしょ?」
晴人に問いかけられ、恵子は返事に詰まっている。
「恵子さん、遠慮はいらないわよ。私はこんな女なの。というか、お喋りなだけよ」
「いやいや、お喋りという範囲じゃないだろう!」
あまりにも自由奔放すぎると明は雅子へ食って掛かった。
その様子を、また恵子が驚いた顔で見ている。
「あら、恵子さんがびっくりしているわ。田村さん、もう少し落ち着いてくださる?」
「あっ、恵子さんお見苦しいところをお見せしました……」
雅子の一撃に明は、恵子がいたのだとハッとした。
「いや、なんか、大声出してしまって……」
「い、いえ……」
戸惑い気味に、恵子も答える。
「じゃあ、とりあえず記念に写真を!」
「いや、雅子。あちらの方が人が多い」
「人が多いと写り込んじゃうでしょ?」
「だが、景色が良いということじゃないのか?」
晴人の指摘に雅子も考える。
「そうね、せっかくなら景色の良いところのほうがいいわよね。ここじゃあ松の木一本だけだもの絵にならないわ……」
晴人の言い分に納得した雅子は、さっさと歩き出した。
「あっ、雅子さん!」
明が慌てて後を追う。
「行きましょうか。恵子さん」
立ちすくむ恵子へ、晴人が声をかけた。
確かに──。
人は多かったが、そこには池があり、ほとりに花の終わったアヤメらしき緑が植わっていた。
その足元にはツツジの低木が連なっており、散策するには良い目の保養になっている。
「あら、綺麗ね。ここがいいわ!田村さん、恵子さん並んで!」
雅子が、人がはけるのを見計らいながらカメラを構える。
だが、女の雅子がしかも高級な小型カメラを構えていることが逆に珍しく見えるのか、人だかりができ始める。
「い、いや、写真は……」
皆に見られている中で撮影、それも恵子と二人では抵抗があると明はゴネる。
「あら、田村さん。写真嫌いなの?でも、ちゃんとデートしてきましたって証拠になるじゃない?」
雅子も負けていなかった。
「わかったよ!恵子さん、少しだけ付き合ってくださいませんか?」
恵子は小さく頷いたが、どこか落ち着きがなかった。
やはり人目が気になるのだろう。
「じゃあ、池を背にして、ああ、もっと近寄って!田村さん、恵子さんの肩に手を添えてみて!」
次から次へと出される注文に、田村も恵子も赤面している。
遠巻きに眺めている野次馬も、雅子の指示にニヤついていた。
「いや、もう、なんでもいいから!早く撮ってくれよ!」
明は、周囲の目がたまらないとやけになる。
「もう、せっかくなのに。わかったわ」
こうしてどうにか一枚写真を撮り終わるが、
「さあ、次はどこで撮ろうかしら」
雅子はやる気になっていた。
「もういいだろう? 俺たち、見世物じゃないんだから」
明は、まだ顔が赤い。
「そう? じゃあ、もう少し庭園を見て回りましょうよ」
「それなら賛成だ」
晴人が頷く。
四人は池のほとりを歩きながら、帝都庭園をゆっくりと見て回った。
雅子は気に入った景色を見つけるたびに足を止め、明と恵子をカメラにおさめた。
「雅子さん、また撮るのかい?……俺たち、何枚撮られるんだ?」
明がぼやく。
「いいじゃないか。暇つぶしにはなる」
「晴人、お前は俺が撮られる側だから、そんなことが言えるんだよ」
そんな二人のやり取りを聞きながら、恵子は小さく笑った。
「ふふ……」
「恵子さんも、もっと笑って!」
雅子がすかさずカメラを向ける。
「あっ……」
恵子は戸惑いながらも、雅子に促されるまま微笑んだ。
ぱちり。
また一枚、写真が撮られた。
「よし、そろそろ浅草へ行きましょう!」
「浅草?」
明が目を丸くする。
「ええ。せっかく街まで出てきたんですもの」
雅子は、カメラを大事そうに首へ掛け直した。
「では、行こうか」
晴人が先に歩き出す。
明も恵子を促し、その後を追った。
こうして四人は、帝都庭園を後にした。
晴人と雅子は帝都庭園の入り口で明と見合い相手を待っていた。
「遅いわね。お相手を迎えにいったんでしょ?田村さん何かしでかしたのかしら?」
「いや、まさかそんなことはないだろう」
晴人と雅子が心配していると、先から人力車がやって来た。
「なんだ、車じゃないのか」
「そうね。だから、おそかったのかしら?」
二人が凝視する中、明と見合い相手を乗せた人力車は止まった。
明が先に降り、振り返って手を差し出す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
明に促され、人力車から小柄な女性が降りてきた。
飛び柄の小紋に、刺繍の施された半衿。きちんとまとめた髪には、小さなリボンが添えられている。
色白で、静かな佇まいの女性だった。
「待たせたな、晴人、雅子さん」
「ずいぶん遅かったじゃない」
雅子が待ちくたびれたとばかりに明へ言った。
「いや、迎えに行ったら、人力車を手配してくれていて……。車で来れなくなったんだ」
明は苦笑しながら、隣の女性を振り返る。
「こちら、今日のお相手の恵子さん」
「西田恵子と申します。本日はよろしくお願いいたします」
恵子は丁寧に頭を下げた。
「九条晴人です。こちらこそ、よろしくお願いします」
晴人も軽く会釈する。
「田上雅子です。今日は楽しみましょうね」
雅子がにこやかに笑う。
「はい……」
恵子は小さく頷いた。
「それじゃあ、行きましょう」
雅子が先に歩き出す。
「帝都庭園、楽しみだわね!」
「雅子さん。今日は俺の見合いなんだけど……」
「だからこそよ、楽しみましょう!」
雅子は振り返りくすりと笑った。
明は何とも言えない顔をしながら、恵子と並んで歩き出す。
日曜日ということと、開園したばかりということが相まってか、アベックや家族連れで賑わっていた。
「結構人気なのね」
雅子は辺りを見回している。
「そのようだな。思ったより人が多い」
晴人も少し驚いている。
「あーー、せっかくカメラ持参で来たのに。人が多いから写り込んじゃうわね」
雅子は残念そうに言うと、首からぶら下げている小型カメラを手に取った。
「えっ?!雅子さん。カメラなんか……」
「そうよ。カメラ。せっかくのダブルデートですからね。記念にと思って」
「雅子は、写真撮影が趣味なんだよ」
晴人が補足した。
「腕には自信があるわ。ヨーロッパにいた頃、ロバートに教わったの」
言って、雅子はカメラを構えてみせる。
「……ロバートって、また男かい?!」
明は、晴人へ視線を移す。
「ああ、社交界仲間だったらしい」
晴人が平然と言うが、明は戸惑いを隠せない。
「……あーー、ロバートとは何もないわ。口説かれたことはあるけど」
雅子が悪びれもせず言う。
「なっ?!」
明は、赤裸々な雅子の発言に声を失った。晴人という婚約者の前でそんなことを言うのかと。
それは恵子も同じのようで、目を見開いて雅子と晴人を凝視している。
「ふふふ、私たち、こんな感じなの」
「いや、雅子さんがだろ?少なくとも晴人は、そういう話はしないぞ」
なあ、と、明は晴人へ同意を求めていた。
恵子に、軽い男と思われたくないという気持ちも明にはあった。義理でやって来ているとはいえ、見合いの延長のようなもの、後々、周りに何を言われるかとビクビクしていたのだ。
「まあ、雅子は特別だからね。恵子さん、びっくりしたでしょ?」
晴人に問いかけられ、恵子は返事に詰まっている。
「恵子さん、遠慮はいらないわよ。私はこんな女なの。というか、お喋りなだけよ」
「いやいや、お喋りという範囲じゃないだろう!」
あまりにも自由奔放すぎると明は雅子へ食って掛かった。
その様子を、また恵子が驚いた顔で見ている。
「あら、恵子さんがびっくりしているわ。田村さん、もう少し落ち着いてくださる?」
「あっ、恵子さんお見苦しいところをお見せしました……」
雅子の一撃に明は、恵子がいたのだとハッとした。
「いや、なんか、大声出してしまって……」
「い、いえ……」
戸惑い気味に、恵子も答える。
「じゃあ、とりあえず記念に写真を!」
「いや、雅子。あちらの方が人が多い」
「人が多いと写り込んじゃうでしょ?」
「だが、景色が良いということじゃないのか?」
晴人の指摘に雅子も考える。
「そうね、せっかくなら景色の良いところのほうがいいわよね。ここじゃあ松の木一本だけだもの絵にならないわ……」
晴人の言い分に納得した雅子は、さっさと歩き出した。
「あっ、雅子さん!」
明が慌てて後を追う。
「行きましょうか。恵子さん」
立ちすくむ恵子へ、晴人が声をかけた。
確かに──。
人は多かったが、そこには池があり、ほとりに花の終わったアヤメらしき緑が植わっていた。
その足元にはツツジの低木が連なっており、散策するには良い目の保養になっている。
「あら、綺麗ね。ここがいいわ!田村さん、恵子さん並んで!」
雅子が、人がはけるのを見計らいながらカメラを構える。
だが、女の雅子がしかも高級な小型カメラを構えていることが逆に珍しく見えるのか、人だかりができ始める。
「い、いや、写真は……」
皆に見られている中で撮影、それも恵子と二人では抵抗があると明はゴネる。
「あら、田村さん。写真嫌いなの?でも、ちゃんとデートしてきましたって証拠になるじゃない?」
雅子も負けていなかった。
「わかったよ!恵子さん、少しだけ付き合ってくださいませんか?」
恵子は小さく頷いたが、どこか落ち着きがなかった。
やはり人目が気になるのだろう。
「じゃあ、池を背にして、ああ、もっと近寄って!田村さん、恵子さんの肩に手を添えてみて!」
次から次へと出される注文に、田村も恵子も赤面している。
遠巻きに眺めている野次馬も、雅子の指示にニヤついていた。
「いや、もう、なんでもいいから!早く撮ってくれよ!」
明は、周囲の目がたまらないとやけになる。
「もう、せっかくなのに。わかったわ」
こうしてどうにか一枚写真を撮り終わるが、
「さあ、次はどこで撮ろうかしら」
雅子はやる気になっていた。
「もういいだろう? 俺たち、見世物じゃないんだから」
明は、まだ顔が赤い。
「そう? じゃあ、もう少し庭園を見て回りましょうよ」
「それなら賛成だ」
晴人が頷く。
四人は池のほとりを歩きながら、帝都庭園をゆっくりと見て回った。
雅子は気に入った景色を見つけるたびに足を止め、明と恵子をカメラにおさめた。
「雅子さん、また撮るのかい?……俺たち、何枚撮られるんだ?」
明がぼやく。
「いいじゃないか。暇つぶしにはなる」
「晴人、お前は俺が撮られる側だから、そんなことが言えるんだよ」
そんな二人のやり取りを聞きながら、恵子は小さく笑った。
「ふふ……」
「恵子さんも、もっと笑って!」
雅子がすかさずカメラを向ける。
「あっ……」
恵子は戸惑いながらも、雅子に促されるまま微笑んだ。
ぱちり。
また一枚、写真が撮られた。
「よし、そろそろ浅草へ行きましょう!」
「浅草?」
明が目を丸くする。
「ええ。せっかく街まで出てきたんですもの」
雅子は、カメラを大事そうに首へ掛け直した。
「では、行こうか」
晴人が先に歩き出す。
明も恵子を促し、その後を追った。
こうして四人は、帝都庭園を後にした。


