大正道楽事件簿

「晴人」

明が呼びかける。

車の中──。

包まれた指抜きを先程から晴人は、じっと見つめていた。

「……何故だろう」

やっと口を開いた晴人に明は首をかしげる。

「というのは?」

とりあえず、それらしい指抜きが見つかった。後は雅子に確認してみるしか手はない。

違っていたら、また、振り出しに戻るだけだ。

それでいいのではないかと明は割り切っていたのだが、どうも晴人は、そう簡単には割り切れないようだった。

執着までは行かないだろうが、買い取った指抜きがかなり気になるようだ。

「……竹田らしき者が売りに来た。だから、この指抜きが探し物なのだろう」

「ああ、そうだといいな」

どこか口重な晴人へ明は答える。

「君、なんとも思わないのかね?」

晴人が明へ迫る。

突然のことに、明は面食らいながらも、訳がわかず返す言葉がない。

「領収書だよ」

「ん?晴人、どういうことだ?」

店主は、売りに来た婦人──、竹田であろう者は、領収書を欲しがったと言った。

「手元にあると困る物をさばいた。当然、足は付けたくない。なのに、売った証拠を欲しがった……」

「なるほど。なんだか変だな」

晴人の言い分に明もやっと何かがおかしいと感じ始める。

「晴人。俺たちには時間があるんだ。コーヒーを飲みながらゆっくり考えようじゃないか」

「まあ、車の中では、落ち着いて考えられないからな。しかし……時間があるのは俺たちだけで、雅子は違うはずだ……」

晴人は、雅子のことを心配した。

「はっ、結局のろけか」

「いや、のろけではなく、気遣いだよ」

まさか晴人が真顔で返してくるとは思わなかった明は、肩をすくめて呆れた。

こうして二人はいつものカフェに戻ったのだが……。

「あら!二人してどこへ出かけていたの?」

雅子が、カウンター席に陣取っていた。

二人がやってくるまでマスターと話をしながら時間潰しをしていたようだ。

「君こそ」

晴人が驚く。

雅子に聞かねばと思っていた矢先、その雅子が待ち構えていたのだから。

「もう、待ちくたびれたわよ」

雅子の機嫌は悪い。

「何か話でも?」

晴人は、さらりと雅子をかわした。

「ええ。指抜きの件、分かったわよ」

言って、雅子は立ち上がり、晴人たちのお決まりの席、店の奥のテーブル席へ向かった。

「やっぱり竹田だったわ」

腰を下ろしたとたん雅子が言う。

手っ取り早く竹田を絞り上げたのだと──。

「渋々白状したのよ。母への嫌がらせだったと。元妾は我が家の女主人にふさわしくないってね……」

そこまで言うと、雅子はクラッチバッグから紙切れを取り出した。

「これが証拠」

領収書だった。

アンティーク沙羅と記されている。

「晴人!」

明が驚きを隠せない。

「で?」

晴人は、焦る明を遮るように落ち着いた声で雅子へ問うた。

「まあ、結局、こちらのゴタゴタだから。あなたたちは、巻き込めない。後は何とかするわ」

「ああ、君が決めたならそれがいい。僕たちも口出しはしないよ。ただ……」

晴人は、テーブルに置かれたアンティーク沙羅の領収書を見ている。

確かに一円の記載があった。

「ああ、これね。どうやら、この領収書を証拠としたかったらしいわ」

竹田は、女主人を陥れるため、大切な指抜きを売った。そして、売った証拠、つまり、領収書をあえて残したのだ。

「母の部屋から、この領収書が出てきたの……もちろん、竹田の仕業」

大伯母の前で、領収書が見つかるように仕向けるつもりだったらしい。

「いや、まあ、でも、そこまで……」

手の込んだ陰湿さに、明は驚いたようだった。

「明。雅子の家のことだ。俺たちが深入りすることじゃない」

晴人が、明を制する。

「まったく。なんなの!」

雅子は苛ついたが、ふっと息を吐き、晴人へ言う。

「で、指抜きは、このアンティーク沙羅とかいう店にあるはず。どうせ暇なんでしょ?買い取りに行ってくれないかしら?」

これ以上動くのはバカらしいのだと雅子はやや落ち込んだ素振りを見せる。

確かに、雅子にはまだやるべきことがあった。この件をどう穏便にまとめるか──。

竹田をこれ以上追求しては事が表に出る可能性がある。何事もなかったようにするのが、余計なゴタゴタを巻き起こさなくても済み、丸く収まるというものだ。

しこりは残るが、いわゆる大事になるよりは良いだろう。

頬杖をついて、どこか虚ろな瞳をしている雅子の様子に晴人は、そこまで読み取る。

「心配するな」

言って、晴人は例の包をテーブルに置いた。

「開けてごらんよ」

少し挑戦的に晴人は口角を上げて雅子を見た。

怪訝な顔をして、雅子が包を開ける。

「まあ!これよ!」

出てきた指抜きを見た雅子は歓声をあげた。

そして数日後──。

「暇だな……」

「ああ、そうだなあ……」

晴人と明は、また、カフェに居座りコーヒーを飲んでいる。

「ブラジルコーヒーにもそろそろ飽きた」

晴人が言う。

「……で?雅子さんのところはどうなったんだい?」

「知らんよ」

晴人のあっさりした返しに明は黙りこくる。

「……雅子のことで暇つぶしはできないだろう?」

「まあ、そうだな」

晴人の呟きに、明も妙に納得した。

他所様の醜聞を楽しむほど、暇ではないのだと晴人は言いたいのだと。

「あっ、いたわね!」

すると、噂の雅子が店に飛び込んでくる。

「ダニエル!あなた、どう思う?!」

「……雅子、いい加減そのダニエル呼ばわりはよしてくれ」

晴人の冷たい受け答えに雅子は機嫌を損ねる。

「まあまあ、どうしたんですか?雅子さん」

明が取り持った。

「そうそう!西田子爵のご令嬢、恵子様なんだけどね……」

雅子は、晴人の隣に腰かけて、

「……最近、どこにも外出されないそうなのよ」

意味ありげに言った。

「……妙な話だな」

「でしょ?」

雅子は黙って晴人を伺っている。

わからないのは明で、

「おいおい、婚約者同士、なに意気投合してるんだい?」

と、悔し紛れに言っている。

「……暇つぶしができるかもよ?」

ふふっと、雅子が笑う。

「そうだな。何か訳がありそうだ」

晴人はすまして言うが、どこか楽しげだ。

「マスター!話が長くなりそうだ!コーヒーおかわり!」

明が声を挙げる。

「雅子、続きを話してくれ」

言って晴人は、新たな暇つぶしができたとばかりに、ニヤリと笑った。