「ああ、しまった。参ったな」
明が顔を歪める。
「そうだ、大きな失態だ」
晴人も悔しげに言う。
「……こちら、数日前に仕入れたばかりで……」
店主が、ハンカチに包まれた指抜きを持って戻って来た。
金の指抜きだった。
「お客様がお探しのものかどうかはわかりませんが、さる御婦人が持ち込んできた品物です……」
店主は、ひょっとしたらと、晴人に差し出してくる。
確かに金色に輝いているが、本当に金製なのか、そして、雅子が探しているものか、判断がつかない。
「……」
晴人は、言葉に詰まる。
明も、凝視するだけで何も言えない。
「……お探しのものではありませんか?」
店主が、少しがっかりした素振りを見せる。
「いや……これなのですが……」
晴人が店主に言う。
明は、言い切った晴人を小突いた。現物を見たことがないのに、これだと言い切って良いのかと……。
「おお、それは良かった」
探し物が見つかったのかと店主は笑みを浮かべる。
「……一つ気になることが。これは、さる御婦人が持ち込んだと言われましたな?」
「ええ、上品な方でした。ひと言、買い取って欲しいと……」
「白髪交じりの痩せ型の……年配者……では、なかったですか?」
晴人が言う横で、明は息を呑む。
それは、竹田の容姿そのものだったからだ。
「ええ、そうです。眼鏡をおかけでしたね」
主人の言葉に、晴人は目を細める。
カマかけで、竹田の容姿を語ってみたが、眼鏡まで言い当てられた。
指抜きを持ち込んだのは、竹田に間違いないだろう。
「あー、それから上品な山の手言葉を使ってました。だから、それなりのお家の方だろうと思って、こちらも、信用したんですよ」
女中ではあるが、竹田は皆を取りまとめる役目を負っている。しかも、伯爵家に勤めるとなると、立ち居振る舞いも立派なもので、下手な奥様と呼ばれる者よりよっぽど品も貫禄もある。
店主が信用するのも頷けた。
「……では……失礼ですがこの指抜きは……」
店主は、何らか事情がある物だと察したのか口重に言った。
「いくらで買い取ったのですか!」
明が身を乗り出す。
「ああ、えっと……仕入れ帳を見れば分かります。それと領収書の控えもあります」
言って、店主は再び裏へ下がった
「……領収書……?」
「おい、晴人!」
「ああ。そんな足がつくものを……」
「だが、それこそ捨てればいいんじゃないか?」
「確かにそうだが……仮に竹田なら、そもそも発行させないはずだ」
捨てたとしても、控えが店に残る。実際、店主は控えがあると言っている。
晴人は、考え込んだ。
「何かあるということか?」
明は、訳がわからぬと混乱しきっている。
「お待たせを」
店主が戻ってきた。
「一円……で、買い取っています」
「一円ですか」
晴人は言って、チラリと明を見た。
「ああ、妥当な金額だ」
明が納得している。
「そうなのか?」
「金そのものの価値だけを考えても、そんなものだろうな。だが、これは指抜きだ。それに純金かどうかも、その場では確かめられなかった」
明は指抜きを覗き込む。
「古い品なら、金の値段だけで買うわけにもいかない。まして、どこの細工師が作ったものか分からないなら、一円で買い取って様子を見るくらいはするさ」
明のうんちくに店主は大笑いした。
「いやいや、私より商売上手ですね」
「それほどでも……」
明は語りすぎたとばかりに頭をかいた。
「ところで、なぜ領収書が?」
晴人が言い淀む。
「え?金銭が動きますから。そこは必要になりますよ」
店主は当然だと言いたげだった。
「では、売主の名前が記されるということですか?」
明が、はたと気が付いた様子で店主に攻め寄った。
「ああ、指抜きをどなたが売りに来たか知りたいのですね?」
ところが店主の方が一枚上手だった。
「……教えられないと?」
晴人が落ち着いた口調で店主に掛け合う。
「まあ、そういう時もありますが、今回はお名前は分からないのです。名乗られませんでしたし、指抜き一つのことでしたから、こちらも特に気に留めていなかったのです」
店主の言葉に晴人と明は顔を見合わせる。
竹田のことだ、名前を明かしたとしても偽名を使うことだろうし、受け取った領収書は捨ててしまえばそれで片付く。
謎はわからぬままになった。
「あっ、とりあえず、その指ぬき一円で買い取ります」
明は、話をきり上げる事で上着から財布を取り出した。
晴人もどこか上の空だった。お手上げということなのだろう。
ここは、指ぬきを買い取り退散するのが一番。ただし、雅子が言っていた指抜きがどうかは定かではないが。まあ、それに近いものが見つかった。今はそれでよいのではないか。
晴人もそう感じているのか、特に何も言わない。
「あっ、ではお包みします」
店主も深入り無用と判断したのがやけにあっさりしている。
「それはご丁寧に……」
晴人が力なく言った。わからぬ、と言うのが堪えているのだろう。
と、そこへ……。
「領収書、いかがいたします?」
店主がさらりと言う。
「必要ありませんよ。そこまで律儀にしなくても……」
明が笑った。
「ああ、それならば。いえね、思い出したのですが、御婦人は、領収書をえらく欲しがったので、お客様も……ご入用かなと」
余計なことをと店主は謝りつつ、指抜きを包み始めた。
明が顔を歪める。
「そうだ、大きな失態だ」
晴人も悔しげに言う。
「……こちら、数日前に仕入れたばかりで……」
店主が、ハンカチに包まれた指抜きを持って戻って来た。
金の指抜きだった。
「お客様がお探しのものかどうかはわかりませんが、さる御婦人が持ち込んできた品物です……」
店主は、ひょっとしたらと、晴人に差し出してくる。
確かに金色に輝いているが、本当に金製なのか、そして、雅子が探しているものか、判断がつかない。
「……」
晴人は、言葉に詰まる。
明も、凝視するだけで何も言えない。
「……お探しのものではありませんか?」
店主が、少しがっかりした素振りを見せる。
「いや……これなのですが……」
晴人が店主に言う。
明は、言い切った晴人を小突いた。現物を見たことがないのに、これだと言い切って良いのかと……。
「おお、それは良かった」
探し物が見つかったのかと店主は笑みを浮かべる。
「……一つ気になることが。これは、さる御婦人が持ち込んだと言われましたな?」
「ええ、上品な方でした。ひと言、買い取って欲しいと……」
「白髪交じりの痩せ型の……年配者……では、なかったですか?」
晴人が言う横で、明は息を呑む。
それは、竹田の容姿そのものだったからだ。
「ええ、そうです。眼鏡をおかけでしたね」
主人の言葉に、晴人は目を細める。
カマかけで、竹田の容姿を語ってみたが、眼鏡まで言い当てられた。
指抜きを持ち込んだのは、竹田に間違いないだろう。
「あー、それから上品な山の手言葉を使ってました。だから、それなりのお家の方だろうと思って、こちらも、信用したんですよ」
女中ではあるが、竹田は皆を取りまとめる役目を負っている。しかも、伯爵家に勤めるとなると、立ち居振る舞いも立派なもので、下手な奥様と呼ばれる者よりよっぽど品も貫禄もある。
店主が信用するのも頷けた。
「……では……失礼ですがこの指抜きは……」
店主は、何らか事情がある物だと察したのか口重に言った。
「いくらで買い取ったのですか!」
明が身を乗り出す。
「ああ、えっと……仕入れ帳を見れば分かります。それと領収書の控えもあります」
言って、店主は再び裏へ下がった
「……領収書……?」
「おい、晴人!」
「ああ。そんな足がつくものを……」
「だが、それこそ捨てればいいんじゃないか?」
「確かにそうだが……仮に竹田なら、そもそも発行させないはずだ」
捨てたとしても、控えが店に残る。実際、店主は控えがあると言っている。
晴人は、考え込んだ。
「何かあるということか?」
明は、訳がわからぬと混乱しきっている。
「お待たせを」
店主が戻ってきた。
「一円……で、買い取っています」
「一円ですか」
晴人は言って、チラリと明を見た。
「ああ、妥当な金額だ」
明が納得している。
「そうなのか?」
「金そのものの価値だけを考えても、そんなものだろうな。だが、これは指抜きだ。それに純金かどうかも、その場では確かめられなかった」
明は指抜きを覗き込む。
「古い品なら、金の値段だけで買うわけにもいかない。まして、どこの細工師が作ったものか分からないなら、一円で買い取って様子を見るくらいはするさ」
明のうんちくに店主は大笑いした。
「いやいや、私より商売上手ですね」
「それほどでも……」
明は語りすぎたとばかりに頭をかいた。
「ところで、なぜ領収書が?」
晴人が言い淀む。
「え?金銭が動きますから。そこは必要になりますよ」
店主は当然だと言いたげだった。
「では、売主の名前が記されるということですか?」
明が、はたと気が付いた様子で店主に攻め寄った。
「ああ、指抜きをどなたが売りに来たか知りたいのですね?」
ところが店主の方が一枚上手だった。
「……教えられないと?」
晴人が落ち着いた口調で店主に掛け合う。
「まあ、そういう時もありますが、今回はお名前は分からないのです。名乗られませんでしたし、指抜き一つのことでしたから、こちらも特に気に留めていなかったのです」
店主の言葉に晴人と明は顔を見合わせる。
竹田のことだ、名前を明かしたとしても偽名を使うことだろうし、受け取った領収書は捨ててしまえばそれで片付く。
謎はわからぬままになった。
「あっ、とりあえず、その指ぬき一円で買い取ります」
明は、話をきり上げる事で上着から財布を取り出した。
晴人もどこか上の空だった。お手上げということなのだろう。
ここは、指ぬきを買い取り退散するのが一番。ただし、雅子が言っていた指抜きがどうかは定かではないが。まあ、それに近いものが見つかった。今はそれでよいのではないか。
晴人もそう感じているのか、特に何も言わない。
「あっ、ではお包みします」
店主も深入り無用と判断したのがやけにあっさりしている。
「それはご丁寧に……」
晴人が力なく言った。わからぬ、と言うのが堪えているのだろう。
と、そこへ……。
「領収書、いかがいたします?」
店主がさらりと言う。
「必要ありませんよ。そこまで律儀にしなくても……」
明が笑った。
「ああ、それならば。いえね、思い出したのですが、御婦人は、領収書をえらく欲しがったので、お客様も……ご入用かなと」
余計なことをと店主は謝りつつ、指抜きを包み始めた。


