大正道楽事件簿

翌日。

明は、いくつかの古美術商へ電話をかけていた。

金の指抜きを買い取った店がないか、片っ端から聞いてみたのだ。

そして──。

「晴人、見つかったぞ」

「本当かい?」

「ああ。心当たりの店が一軒ある」

「それは、ずいぶん早かったな」

明が、息せき切っていつものカフェに飛び込んできた。

マスターが何事かとカウンター越しに首を伸ばしている。

「うちの銀行の取引先に、古美術商の元締めめいた者がいてね……つてを借りたのさ」

「……銀行家の人脈は流石だな」

晴人は読んでいた新聞を畳むと、どこ吹く風で言う。

「おい、もう少し俺の労力をいたわってくれてもいいんじゃないか?」

「いたわる?君が粘れると言ったじゃないか」

「おいおい!」

そりゃないぞと、明はがっくり席に座り込む。

「どうぞ……」

明へマスターがコーヒーを運んできた。

「いや、さすがですよ。ご実家が天下の帝都銀行ですからね。繋がりもしっかりしたものでしょう」

「マスター!それなりに大変だったんだ!分かってくれるか?!」

明はマスターへ泣きついた。自分の労力は晴人には通じないもどかしさから──。

「……まあいい。君、コーヒーなどと言っている場合じゃないだろう?」

晴人が席を立つ。

「え?!」

「暇すぎて退屈していたんだ。そろそろ退屈しのぎと行こうじゃないか?」

「おい、俺は今来たところだぞ!」

「それで?」

晴人は、椅子の背に掛けていた上着を羽織ると歩み出す。

「いや、おい、待てよ晴人!」

有無を言わさずの態度に明も慌てて後を追った。

「まったく……」

明が、悪態をつく。

二人は明が乗ってきた車で、指抜きがあるだろうアンティークショップへ向かっている。

「やはり車はいいな。人力車は揺れていかんし、窮屈だ」

「けっ、伯爵家の車独り占めしてるだろ?人力車なんか乗らないくせに」

明は肩をすくめて隣の晴人へ悪態をついた。

「……で?」

「はあ?」

「そんな愚痴より、今は指抜きの話だろう?その店には確実に指抜きはあるのかい?」

晴人は、明に店へ確かめたのかと問いただす。

「あー、それがその店には電話がまだない。というより、小規模、個人経営だから行ってみなきゃ分からないんだ」

「おい、君……」

晴人が怪訝な顔をする。

「だから、心当たりと言っただろう。晴人、君が、勝手に早とちりしたんだよっ」

してやったりと、明は薄ら笑む。

やられたとばかりに、晴人は、眉をひそめるが、明は運転手に車を停めろと指示を出していた。

「このあたりのはずなんだ。ここから先は通りも雑多だ。この大通りで車を待たせておくのが得策だと思う」

「ああ、そうしたまえよ」

好きにしろと言い放つ晴人は、確かに不機嫌だった。

こうして二人は車を降りて目指すアンティークショップへ歩いて行った。

暫く行くと、それらしき店構えが見える。

ショーウィンドウに、絵画や、ランプ、西洋の小物が飾られている。

「アンティーク沙羅か……」

掲げられた小さな看板を明が読みあげた。

「良さそうな店だ。飛び込みの客から品物を買い取りそうじゃないか?」

「晴人……また勘か?」

「なんとでもいいたまえ」

ふんと鼻で笑うと晴人はドアを開けた。

店は予想以上に小さかった。

飾り棚に所々空きがあり、品揃えはまばらだった。

「いらっしゃいませ」

しかし、出てきた店主に二人は驚かされる。

外国人だ。

「ああ、横浜生まれの横浜育ちですからね言葉は大丈夫ですよ」

いつものことなのか、店主は慣れた顔で言い放つ。

「まだ、開店したばかりなので、商品を並び終えてないので……」

店主は、店構えの寂しさの理由を述べてきた。

「なるほど。では、商品の買い取りも積極的にされるのですか?」

晴人が言う。

「ええ、物によりますけどね」

「じゃあ、指抜きは?!」

明が急いた。

「指抜き!ああ!ありますよ」

少々お待ちをと店主は裏へ下がる。

「晴人!どうやらここのようだな!」

明が嬉しげに言う。

「さあ、どうだか……物をみてみないと……」

そこまで言って晴人が黙り込む。

そして、しまったと呟いた。

「こちらなどいかがですか?」

そこへ店主が小箱を持って戻ってきた。

指抜きが何個か入っている。

「……あっ」

明がとっさに晴人を見た。

「……」

晴人は渋い顔を見せ、そっと首を振る。

全て陶器製の指抜きだった。

白磁に花の絵柄が描かれていたりと、実用品にしては手が込んでいた。

「……これだけかね?」

晴人が店主に尋ねる。

「売り物は、これだけです。イギリス貴族の奥方が使っていたもの、フランス製のものと、出どころは様々ですがね」

「晴人……」

明が残念そうにしていた。

「……他には?金属製の物を探しているのだが……」

「ああ……普通指抜きは金属製が主流ですからね……お母様へのプレゼント?ならば、この陶器製でも問題ないかと。見た目が美しいですし」

店主は商売気を出した。

「いや、こちらに売られた指抜きがあるはず……。亡き母の形見が、うっかり外へ流れてしまったようなのだ……純金の指抜きなのだが……」

晴人は、いかにも困った素振りを見せて、店主の気を引いた。

「ああ、探しているんですよ。こうやって店を回ってるんですが、手がかりがなくて。何か情報だけでもあれば……」

明も、晴人の芝居に乗っかる。

「……純金製……」

何か心当たりがあるのか、店主は再び裏へ下がった。

「晴人。君、なかなかやるな」

「まあな。これくらいは誰でもできる。しかしだよ、指抜きを見ても、僕たちには判断がつかないんだ」

「ん?」

「もしも、金の指抜きが何個かあったら?」

「あっ?!」

明は息を飲む。

そう、二人共、金の指抜きという話を聞いただけで、現物をみたことがない。

つまり、見つけたとしたも、それが雅子が探している指抜きとは限らないのだ。